糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
441 / 644
4章 闇底で交わす小指

決断 4

しおりを挟む
 迫る子取りを背にして、カンダタたちは来た道を戻る。
 「マ、マアッアアッ!」
 背後から聞こえるのは子取りの怒声。いや、置いていかれ見捨てられる胎児たちの必死の叫びだ。
 カンダタたちは生きたいから走っているだけだと言うのに「生まれた命の責任を負え」と責めたてる叫び声だった。
 瑠璃も同じく聞こえているのか、冷たいはずの瞳から涙が2粒3粒と落ちていく。
 輪切りにされ、身体の半分がなくなった大蛇は死んで筋力が失っても尚、蠍の鬼に力なく絡み付いていた。それを振り払って解く時間も欲しいのか、その状態のまま鬼は子取りを追う。
 来た道を戻る逃走の途中、死にかけの大蛇まで戻ってきた。カンダタたちがその横を通りすぎると虫の息であった大蛇が大きな息を吐く。
 大蛇の目に映ったのは子取りを追う蠍の鬼。怠そうに上体を起こすと毒牙を剥く。
 子取りの横を過ぎた大蛇は蠍の鬼に組み敷く。蠍の鬼の足止めにはなってくれたが、子取りはそのままカンダタたちを追う。
 逃げきれるだろうか。カンダタは清音を背負い、瑠璃は疲労困憊だ。そんな不安が脳裏を過ぎる。子取りの足が遅いとは言え、体力はあちらの方が上だ。
 カンダタが入ってきた裂け目に着く。その下ではキケイが泣きがら待ってくれていた。
 瑠璃が裂け目へと落ちるとキケイが受け止める。カンダタは落ちるその前に振り向き、子取りを確認する。
 子取りは鬼の形相で怨念と無念さを重ねた雄叫びを上げながら迫りくる。
 カンダタが裂け目に落ち、その身体もキケイが受け止める。
 「コ、コトトリ?」
 キケイが首を傾げ、天井の裂け目を見上げる。
 「逃げるぞ!」
 カンダタがキケイに怒鳴るように呼びかけるも反応が薄い。瑠璃が腕を軽く叩いても裂け目の向こうにいる子取りを見つめる。
 もたつけばこちらが危うい。キケイを置いていくしかない。その意図を含めて瑠璃を呼ぶ。瑠璃の目には迷いが生じていた。キケイに逃げようと促す。
 今の瑠璃には幼くて弱い子供を置いていく選択ができない。折角、約束を果たしたというのにそれを無下にして見捨てることができない。
 そもそも、ここまで行動してきたのが過ちだった。カンダタたちが助けられる数は限られているのに、それ以上の責任を負ってしまった。
 今更、それに後悔しても遅い。子取りは裂け目を割り、こちらへと侵入してくる。
 瑠璃は苦い後悔を噛み締め、キケイから離れる。
 「ルゥリィ」
 離れていく瑠璃にキケイは彼女を呼んだ。間延びしていたが、「瑠璃」と発音していた。
 「ばぁいばい」
 泣いてはいなかった。憂いて笑う顔は別れを受け入れていた。
 キケイは腕を伸ばし、ブドウコの天井を掴むと欠損した脚で立とうとする。不揃いな脚では立つのも難しく、身体の重心が揺らぎ、今にも転びそうだ。
 キケイを支えるように手を差し伸べたのは子取りだった。裂け目から身を乗り出し、キケイの腕を掴み、支える。子取りは、この時だけ怨念と無念さを忘れた表情でキケイを見つめていた。
 「かぁえろぉ、いっしょ、ずうっといっしょ」
 キケイから発せられる声は遠く、それを理解する余裕はカンダタと瑠璃にはない。
 子取りは言葉以上にキケイの心中を理解していた。理解しているというより感情に同調しているようだった。
 子取りが泣き出しそうに顔を歪めればキケイも同じ顔をする。キケイがその身を寄せようとすれば子取りがキケイを持ち上げるように密接する。
 カンダタと瑠璃は危機感を忘れ、その様子を眺めていた。
 互いの身を寄せ合い、触れた肌の部分からキケイは子取りの身体に沈んでいく。息を呑む暇もなく、キケイは子取りに取り込まれていく。
 頭に浮かんだのは河原の子たちの言葉「病院の友達も壺の友達も一緒に行かないと。ぼくたちは同じだから。一緒じゃないと駄目なんだ」
 なぜ今になってそれを思い出したのか、カンダタにもわからない。言葉では言い表せない前兆みたいなものに似ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...