糸と蜘蛛

犬若丸

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4章 闇底で交わす小指

決断 6

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 ブドウコの崖の縁につき、カンダタと瑠璃がその下を眺める。それほど高くはない。だが、両手が塞がっているカンダタでは崖を降りられない。
 瑠璃が両腕を上下に回すとその腕に巻かれるように白銀の糸が括られて現れた。取り出した白糸で清音の両手首を縛り、清音とカンダタの胴を巻くと背から落ちないよう固定する。
 「帰り道はわかるか?」
 胚羊水に入る前に括った白糸は戻る為に必要になる目印だ。
 これまでカンダタたちは川に流され、追われを繰り返した。折角の目印が見失ったのではないかと危惧していた。
 「糸はまだ切れてない」
 瑠璃が答えると先にブドウコの崖を降り始める。
 カンダタも崖を降りようとしてもう一度、子取りを見る。
 肥満した巨躯では自由に動けず、動作は鈍間になっている。キケイを取り込んだ分、大きくなってせいだ。
 重くなった身体を無理に引き摺り、瑠璃の姿がなくなると、彼女を求める叫びは高くなる。無限の愛情をくれる者を求めている。
 それが切なく、悲しく、胸を締め付ける。
 すまないと言える立場ではない。その罪悪感も自己満足だ。謝罪したところであの子たちを置いていくことには変わりない。
 ブドウコの崖は登りの時よりも早く降りれた。靄のかかる平面の地面は安定していた。
 背中の清音を整え、暗い靄の中を走る。しばらくして、地響きが背後から伝わる。子取りが崖から落ちたのだと察し、足を速める。
 地響きと胎動が静寂を切り裂き、それは逃走する2人に負い目を深くさせる。それに見て見ぬふりをして闇底を駆け抜けて行った。



 胚羊水に入る直前、階段の手すりに括っておいた白糸。意識を集中させるとその糸が帰り道の目印としてあたしを導く。
 遠くから子取りが叫び、その声に感化され意味もなく泣きそうになる。子取りの中に囚われていた時の思念がまだ残っている。
 涙を拭っても感情は切り捨てられない。また呑まれそうになる。
 危うい感情をぶら下げて、辿り着いたのはキケイがあたしを掬い上げたあの羊水の湖だった。
 けれど、湖の面影はなくなっていた。満たされていた羊水は一滴も残っておらず、ぽっかりと空いた丸い空洞に変わっている。
 目印の白糸は空洞の中の暗いどん底を示していた。
 あたしは振り向き、カンダタを一瞥すると静寂の中で谺する子取りの叫びを聞いた。
 走っていくうちに距離が広がったみたいで、子取りの姿は見えなくなっている。
 子取りの足は遅いからあたしたちが走れば当然、距離は遠くなる。それがどことなくもどかしくなる。
 そんな迷いを捨てたくて、あたしは深く考えずに空洞へと跳ぶ。
 カンダタから止めるような声が聞こえたけれど、無視した。
 着地した先は黒い秘密箱の山が積もる大広間だった。着地しても無事とはいえず、あたしは秘密箱の上を転がった。
 しばらくすると清音を背負ったカンダタが空洞から落ちてくる。背中に清音がいるのにバランスを崩さずに降りてきて、あたしの前に立つ。
 子取りの叫びが空洞から反響してきた。
 かなり離れているのに求める声がここまで届いてしまう。
 その声を聞くと迷いを捨てきれていないと自覚をさせられる。
 「また、胚羊水に呑まれそうか?」
 あたしの表情でカンダタは内心にある迷いを悟った。
 カンダタが杞憂するのはわかる。「呑まれるな」と忠告していたのに結果、清音と同じ轍を噛むところだった。
 黙っていたのは自信がなかったから。胎児ちに対する感情に気付いてしまえば、捨てようにも捨てられなくなってしまった。
 「次は頭突きで目を覚まさせる。あれは痛かったからな」
 カンダタが真剣になって何を言うかと思えば、仕返しの宣言。
 よく見れば、カンダタの鼻は青アザが残っている。
 「何よ、わざと怒らせたそっちが悪いんじゃない」
 呑まれそうになったあたしを引き戻す為の機転だとしてもあれには虫酸が走った。
 「カンダタはどうなの?」
 子取りの叫びを聞きながら質問してみる。今度はカンダタが黙り、叫び声が静寂に谺する。
 「これでいいのか、とは思う。けど、俺たちでは助けてやれない」
 自分たちのことで手一杯。それはあたしも痛感している。
 そうだとしても、迷ってしまう。
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