糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
474 / 644
5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

温室栽培 9

しおりを挟む
 あたしが歩き出すとすかさず清音がついてくる。平然と歩いている清音を一瞥してから視線を前方に戻す。
 ちょっと躓いても落ちることは無い。頭で理解できても感情までがそれについてでいくとは限らない。
 あたしはある程度、肝が座っているからパイプの上でも歩けるけれど、清音は真逆の性格をしている。
 見下ろせば肉団子に群がる鬼たち。歩くたびに振動するタイプ菅。高さだってそれなりにある。この高さで落ちれば鬼に食われるより先に死ねる。
 なのに、彼女はそういった怯えを見せない。歩行する足も震えていない。
 何か、違和感がある。
 そもそも、この違和感は清音が地獄にいることから始まっている。
 未だにその違和感を解消させる答えを清音からもらっていない。
「そろそろ、あなたがゴミ溜めの地獄にいる理由を知りたいわね」
 聞くのは今しかないとあたしは立ち止まって清音を睨む。
 棘のある態度に清音はたじろいで目線を下ろす。その先には肉団子を貪る鬼たちがいる。
 「それよりも先に行こうよ」
 恐怖からそう言ったかもしれない。だとしても、冷静すぎる。あたしが目覚めた時、パニックになっていたのに。
 質問をはぐらかされた。そんな気がして癪に触る。
「行きたかったらお先にどうぞ。あたしはあなたの後ろを歩くから」
 嫌みたらしく親切に道を譲る。そんなあたしに清音は眉を顰める。
「もしかして怒ってる?私、何かしちゃった?ごめんね?」
「あなたと対峙すれば怒るに決まってるじゃない。元から嫌ってるんだから」
 「なんか、酷いね。こんなにはっきり言われたの初めて」
「あなたがいつもとは違うせいかしらね。人格のイメチェンでもした?」
 あたしは清音を睨み、清音もあたしを見つめ返す。その瞳に佇む深淵があたしを写す。
 見つめ合ったままあたしたちは静寂を作っていた。
 清音は不意に表情を崩して笑い、緊張していた静寂を壊す。
「もう、そんな怖い顔しないでよ。私はただ長話する所じゃないからさ、あとでてもいいって思っただけ」
「今話して」
 あたしの圧に清音は観念して話し始める。
 ガスマスクをつけた謎の男が現れ、意識を失っている間に地獄に連れていかれたことやそこでカンダタたちと出会したこと。そして、鬼があたしと清音をさらってあの調理場まで運ばれたところまで清音は終始笑顔で話した。
「ちゃんと話したよ。早く行こう」
 催促する時でさえ、笑顔だった。
「わかったわ」
 求めていた返答は貰った。けれど、違和感は解消されなかった。それどころかさらに深まって、疑惑に変わっていた。
 あたしは清音に背を向けて、また歩き出す。
 背を見せるには抵抗があるものの、ハクが遮るように間に立ち、常に警戒して清音に目を光らせてくれた。
 首を回してチラリと清音を見る。ハクの後ろで歩く清音は今も笑を浮かべている。
「楽しそうね。地獄だってこと忘れてない?」
 目線を戻して問いかける。
「そうかな?開き直ったのかも。これまでも経験してきたことでしょ。私たちはさ」
「あなたと一括りにされたら堪らないわね」
 これまで清音と同じ思想を抱えて災難をかい潜った記憶がない。あたしも清音も自分の命を優先してきたのだから。
 清音のこの馴れ馴れしさはどこから来てるのよ。
 この疑惑を解こうと思考に耽っていると脳内で電撃が走る。
 あたしは眉を顰めて、頭痛に耐える。
 考え事をしているとこれだ。嫌になるわね。
 頭痛にも弱い波と強い波があって、それが交互にやってくる。
 弱い波は我慢できる。思考の邪魔にもならない。強い波となると余裕がなくなり、それが顔に出る。死体に手を当てて、痛みを和らげようとしてしまうのも仕方がない。
 「辛いの?」
 清音があたしの様子を伺う。
 にまにまと薄っぺらい笑を浮かべているのが声色でわかった。
 彼女から怯えがなくなっている。
「心配されるほどのことでもないわよ」
 適当に返して、頭痛を無視するように歩調を早める。
 踏む足も力強いものになって、空洞のパイプが軋む。
 笑ってばかりの清音に苛立ち、頭痛のせいで考え事もままならない。余裕がなくなっていた。
 錆で軋むパイプは小人の体重でさえ支えられないくらいに老朽化が進んでいるものも中にはあった。
 力強く踏み込んだ足は赤錆のパイプを一瞬で折った。がくん、と視界が下がり、全身にかかる重力に従う。
 ハクは傾くあたしを捕え、後ろへと引っ張り上げた。
 あたしより後ろは丈夫みたいで尻もちをついても折れなかった。
 地をつけた足が一瞬で浮かぶ感覚が残っている。ハクの反応が遅かったら肉団子と同じ結末になっていた。
「ふふっ瑠璃ったら。ふふふ」
 あたしとハクの背後で笑い声がした。
 尻もちをつくあたしを見下ろして清音の目が細める。
 こいつ、誰?
 清音ならここで笑ったりしない。
 ハクは牙を剥きだして、得体の知れない者に敵対心を見せる。それも相手に見えなければ意味がなくて、清音を装うそいつは笑い続ける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...