糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
475 / 644
5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

温室栽培 10

しおりを挟む
 あたしは立ち上がって清音を睨む。
「危なかったねぇ」
 ひとしきり笑ったあと、そいつが言う。
「えぇ、そうね」
 道がなくなったわけじゃない。折れたのは一本だけ。道が細くなって不安があるものの隣のパイプを歩けばいい。
 あたしはハクの背中を撫でて、興奮を鎮める。
 こいつは危険だと本能が訴えている。ハクが興奮するのもわかる。
 だからといってこいつを負ける自信がない。道となっているパイプは老朽化している。錆だらけだからさっきみたいに折れそうなのか一目見ただけじゃ判断できない。
 それにこいつから逃げるつもりもない。こいつの正体を知っておきたい。
 今のところ、こちらに危害を加えるつもりはないみたいで、気味悪い笑みを浮かべているだけ。
 ハクに抱えてもらって逃げるのは最終手段として取っておく。
 あたしは頭痛に悩まされながら先に進む。歩調は緩く、石畳を叩く気分でパイプを踏む。
 勢いがなくなったあたしにあいつはクスクスとした声で聞いてくる。
「すっかり怯えちゃったんだねぇ。そんなに怖かったの?」
 自分の本性を隠すつもりはないみたいで、あたしを挑発してくる。
「恐れ知らずの高飛車さんはどこいっちゃったのかな」
 足元ばかりを気にしているからあいつが嘲笑を含めた台詞を吐く。
 あたしの格好は猫背でコツコツと足で叩いてから進むから地道になっているから覇気と言うものがない。そうした姿が可笑しいとあいつが言う。
「気をつけてね。下ばかり見てると予想外なとこから来るかもよ。例えば頭上から」
「大丈夫よ」
 不安かきたてるあいつの喋りを遮る。
「白い隣人がいてくれるから」
 ハクは誰にも見えていない。他人からしてみれば頭がいかれたとしか思えないわね。
 それでも、幻覚みたいなハクが信頼できて安らげる。
 あたしから信頼を得たハクは誇らしく胸を張って微笑んだ。
「そう」
 あいつは息を吐くように短く返す。すると彼女から笑みが消えた。
 そこには平凡な女子高生はいなかった。表情はなく感情も読み取れない。
「私もね」
 静寂をまとったあいつが声色のない声で言う。
 「見えないオトモダチがいるの」
 急に戻った静寂に不気味なものを感じるも足元のパイプから目を離さない。
 こつこつと叩いたパイプが揺れる。ここは危険だと判断して、避ける。振り返らない。彼女に対する警戒心がそうさせた。
「瑠璃のオトモダチは大きくて頼りになるね」
 片隅に置いやっていた恐怖が一気に膨れた。
「見た目は怖いのに甘えん坊だったり、わんこちゃんみたいで可愛いよね」
 あたしにしか見えていないハクの容姿をわかっている台詞。清音がハクを認識したことないのに。
 見えるようになった?いつから?今も見えてる?
 清音の目がハクを追っているか確認したい。そうしたいのに首が回せない。純粋な恐怖が彼女の視認を拒んだ。
 まさか、あたしが清音に、清音が纏うに静寂に恐れを抱くなんて。
 いや、違う。
 あたしは清音じゃなく、清音を装った何かに恐れている。
 ハクと言う秘密を暴かれたのに、あたしはあいつの正体をひと欠片も掴めていない。
 恐怖が心臓を握って恐慌を誘う。
 あたしに冷静さが失われなかったのは皮肉にも頭痛のせいで、思考の邪魔をしてきたのにハンマーに殴られたような痛みがパニックを遠ざけた。
「大丈夫?休んだほうがいいんじゃない?」
 清音から心配していない台詞が聞こえてくる。
 強い波が弱い波になるのを待ってから止まっていた足を動かす。
「疲れてるんだよ。横になって休もうよ」
 頭痛に悩まされ、その上にあいつの言葉に耳を傾けているから体力がごっそりと削られる。
「そしたら夢の続きが見れるよ」
 夢?何の話?
 そういえば、調理場でも夢の内容を聞かれた。
 反応してはいけないと心がけているのに、足を止めてしまう。耳を傾けてしまう。
「夢の中でさぁ、探しに行かないと」
 また頭痛が酷くなり蹲る。
「どうして人は忘れちゃうんだろうね」
 夢、待ち人、探し物。
 鈍痛が響く頭の中で関連性のないワードが飛び交う。
 思考なんてものをしようものなら、支離滅裂なワードで埋め尽くされる。
 嫌な汗ばかりが額から流れて、鼻から垂れて落ちる。
「あら、こんなところに鏡が」
 あいつの話題が変わった。
 あたしも同じ方向に向いてみると先ほどまでなかった姿見がそこにあった。
 それはパイプの上で立っていなくて、宙に浮いている。
 あたしがよく見る姿見とはフォルムが違う。鏡をはめる枠もなく、コップの中の水を床に零したしたような奇妙なシルエットの姿見。
 奇妙な鏡には蹲っているあたしとあたしを見下ろす清音が写っている。
 清音の姿を鏡越しで見つめる。そして、鏡に映るもう一人の人物に息を呑んだ。
 頭痛も嫌な汗も恐怖も忘れた。
 姿見から目を離して清音の隣を見る。そこには何もない。
 再び鏡に視線を戻す。
 やっぱり、あの少年は実態は無いのに、鏡にだけ姿を現している。
 少年は清音から絶対離れないと意思を表明していて、スカートの裾を握って、ぴったりと寄り添っている。
 10歳~12歳の背格好で、頭・手・足以外は深い影で塗って作ったような衣類に身を包んでいる。生きとし生けるもの全てを憎み忌諱する目は赤い色。カンダタと同じ色。
 どうして?なんで?
 混乱して、疑問ばかりが浮かぶ。
「預かってるんだ」
 当たり前のようにあいつが言う。
 目を歪ませ、口角を上げた清音。彼女の首には黒い糸が巻かれている。
「父親似だよね、この子」
 鏡の中の少年を凝視する。目を凝らせばはっきりとわかる。少年の首に巻いてある黒い糸。
 あぁ、そうか。そうだったのね。
 頭痛と混乱で悩む頭で一つの結論を出す。
 全部あいつの掌の上だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

捨てられた者同士でくっ付いたら最高のパートナーになりました。捨てた奴らは今更よりを戻そうなんて言ってきますが絶対にごめんです。

亜綺羅もも
恋愛
アニエル・コールドマン様にはニコライド・ドルトムルという婚約者がいた。 だがある日のこと、ニコライドはレイチェル・ヴァーマイズという女性を連れて、アニエルに婚約破棄を言いわたす。 婚約破棄をされたアニエル。 だが婚約破棄をされたのはアニエルだけではなかった。 ニコライドが連れて来たレイチェルもまた、婚約破棄をしていたのだ。 その相手とはレオニードヴァイオルード。 好青年で素敵な男性だ。 婚約破棄された同士のアニエルとレオニードは仲を深めていき、そしてお互いが最高のパートナーだということに気づいていく。 一方、ニコライドとレイチェルはお互いに気が強く、衝突ばかりする毎日。 元の婚約者の方が自分たちに合っていると思い、よりを戻そうと考えるが……

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...