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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
絡まる思慕 1
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ビニールハウスを脱出後、カンダタたちは肥溜めと呼ばれるところに着いていた。
肥溜めの悪臭は子供時代を思い出す。
カンダタが盗賊の下っ端として働いていた頃、さんざん使われた挙句に切り捨てられ、肥溜めに落とされた。野壺に溜められた屎尿の味は二度と思い出したくない。
カンダタたちが着いた肥溜めは荒屋のような屋内で設置されており、室内でこもった臭いは人間の醜悪さを詰め込まれていた。
野壺の中心には板だけ浮かせたような細い渡橋がある。
そこは農夫が通るための道だと光弥が話していた。なので、カンダタたちは壁際の縁を歩くことになった。農夫では立てない端ではあるが、小人となったカンダタたちにしてみれば立派な道だ。
光弥はここを肥溜めと呼称するものの、カンダタには別世界に見えた。
醜悪そのものを表した屎尿は泡を吹き、悪臭を撒き散らす。その沼の上に苔を丸めた大玉が浮かんでいる。その大玉から天高く、背筋を伸ばす耳掻き草が生えている。草の天辺では白亜と藤色の愛らしい花が咲いている。
そういったものがいくつも浮かぶ植物は極楽の幻想を思わせる美しさがある。
肥溜めは地獄と極楽の合間のようだ。そうした感想を持ち、そういえばここは地獄だったと思い直す。
「あれは夢見草だよ」
光弥が言う。あの草に桜の別名をつけるとは変わっているな、とカンダタは関係のないことを考えていた。
「猜疑と理想で作られてるんだ。あれの根っこは厄介だよ。それにしても臭いが酷いな。鼻がおかしくなる」
光弥が袖口を引っ張り、鼻口を抑え咽せ返る。カンダタも喉元までくる吐き気を堪えていた。2人でさえ、気分を害しているのだから鼻が利くケイが気掛かりになり、振り返る。
ケイは人の姿になり、片手にはいつでも応戦できるよう白い刀を握る。毅然とした態度は悪臭をものともしていない。
視線を前方に戻す。
ケイの嗅覚が効かなくなっている。
肥溜めが大きく波打つ。跳ねた汚水の雫が足にかかり、光弥はそれを避ける為、壁に背を合わせた。
荒屋の出入り口から農夫が現れる。大きく波打った原因だ。肥溜めに現れた農夫は鋏ではなく、玉網を携えていた。
壁際で小さくなっているカンダタたちには気づかず、農夫はこちらに背を向けている。
柄の長い玉網を肥溜めに沈め、何かを探るように掻き回す。
農夫はこちらの存在に気づいていない。その間に進むべきだ。
なるべく足音を立てないよう早足で進む。
「上から行こう」
小言でケイが伝えてくる。ケイが示しているのは、天井から垂れ下がっている蔓だった。古い荒屋には役割を果たさなくなった木材や枯れた草木などが落ちている。
垂れる蔓の先を追って見上げてみればいくつもの管が天井を埋め尽くしている。あの太さならば走って渡るのも問題はなさそうだ。
ケイの提案に賛同し、蔓の所で一旦止まる。
蔓もカンダタたちにはを大きく、登るには問題はなさそうだ。
先に荒野を登らせる。農夫の様子を伺えば、玉網を上げ、中に引っかかった固形物を取り除いている。農夫はそれをブリキのバケツに入れ、また玉網を沈めた。
簡単な作業を2、3回繰り返しただけでブリキのバケツは一杯になった。ひと作業終えた農夫は肥溜めの部屋から出ていく。
見つからなかったことに安堵し、カンダタは農夫が玉網で掻き回していた沼を見遣る。
ビニールハウスでは囚人の果実を採取していた。ここでは何をしているのか。肥溜めと言っていたので、屎尿しかないと思っていたが、ここは地獄だ。単純なものではない。
肥溜めの悪臭は子供時代を思い出す。
カンダタが盗賊の下っ端として働いていた頃、さんざん使われた挙句に切り捨てられ、肥溜めに落とされた。野壺に溜められた屎尿の味は二度と思い出したくない。
カンダタたちが着いた肥溜めは荒屋のような屋内で設置されており、室内でこもった臭いは人間の醜悪さを詰め込まれていた。
野壺の中心には板だけ浮かせたような細い渡橋がある。
そこは農夫が通るための道だと光弥が話していた。なので、カンダタたちは壁際の縁を歩くことになった。農夫では立てない端ではあるが、小人となったカンダタたちにしてみれば立派な道だ。
光弥はここを肥溜めと呼称するものの、カンダタには別世界に見えた。
醜悪そのものを表した屎尿は泡を吹き、悪臭を撒き散らす。その沼の上に苔を丸めた大玉が浮かんでいる。その大玉から天高く、背筋を伸ばす耳掻き草が生えている。草の天辺では白亜と藤色の愛らしい花が咲いている。
そういったものがいくつも浮かぶ植物は極楽の幻想を思わせる美しさがある。
肥溜めは地獄と極楽の合間のようだ。そうした感想を持ち、そういえばここは地獄だったと思い直す。
「あれは夢見草だよ」
光弥が言う。あの草に桜の別名をつけるとは変わっているな、とカンダタは関係のないことを考えていた。
「猜疑と理想で作られてるんだ。あれの根っこは厄介だよ。それにしても臭いが酷いな。鼻がおかしくなる」
光弥が袖口を引っ張り、鼻口を抑え咽せ返る。カンダタも喉元までくる吐き気を堪えていた。2人でさえ、気分を害しているのだから鼻が利くケイが気掛かりになり、振り返る。
ケイは人の姿になり、片手にはいつでも応戦できるよう白い刀を握る。毅然とした態度は悪臭をものともしていない。
視線を前方に戻す。
ケイの嗅覚が効かなくなっている。
肥溜めが大きく波打つ。跳ねた汚水の雫が足にかかり、光弥はそれを避ける為、壁に背を合わせた。
荒屋の出入り口から農夫が現れる。大きく波打った原因だ。肥溜めに現れた農夫は鋏ではなく、玉網を携えていた。
壁際で小さくなっているカンダタたちには気づかず、農夫はこちらに背を向けている。
柄の長い玉網を肥溜めに沈め、何かを探るように掻き回す。
農夫はこちらの存在に気づいていない。その間に進むべきだ。
なるべく足音を立てないよう早足で進む。
「上から行こう」
小言でケイが伝えてくる。ケイが示しているのは、天井から垂れ下がっている蔓だった。古い荒屋には役割を果たさなくなった木材や枯れた草木などが落ちている。
垂れる蔓の先を追って見上げてみればいくつもの管が天井を埋め尽くしている。あの太さならば走って渡るのも問題はなさそうだ。
ケイの提案に賛同し、蔓の所で一旦止まる。
蔓もカンダタたちにはを大きく、登るには問題はなさそうだ。
先に荒野を登らせる。農夫の様子を伺えば、玉網を上げ、中に引っかかった固形物を取り除いている。農夫はそれをブリキのバケツに入れ、また玉網を沈めた。
簡単な作業を2、3回繰り返しただけでブリキのバケツは一杯になった。ひと作業終えた農夫は肥溜めの部屋から出ていく。
見つからなかったことに安堵し、カンダタは農夫が玉網で掻き回していた沼を見遣る。
ビニールハウスでは囚人の果実を採取していた。ここでは何をしているのか。肥溜めと言っていたので、屎尿しかないと思っていたが、ここは地獄だ。単純なものではない。
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