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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
絡まる思慕 11
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気まずい空気に耐えられなくなる前に光弥たちがなるべく早く到着するのを願う。
そうなる前に清音が指を差す。
「あれってもしかして、鏡?」
区域の端にひとりでに立つ等身大の鏡がそこにあった。目的のものが目の前に現れた。
夢見草の光が淡くともる薄闇の中、不意に強い光が差し込んだ。淡彩の艶やかな光ではなく、暗闇を許さない区域全体を照らす人工的な光だ。
途端に下で群がっていた囚人たちが白光を避けるように管から散りぢりとなって去っていく。
強い白光は頭上から降り注いでいた。天井を仰ぎ、見開いた男には四角く空いた穴ができていた。その中で逆光となって浮かぶのは巨大な手の形。
群生する夢見草、他と比べて狭い区域、突然できた四角い窓。ようやく繋がった。ここは夢見草の温床だ。あの巨大な手は農夫のものだ。
窓から手の影が伸びる。瑠璃は咄嗟に管から降り、腰を屈め、影に隠れる。カンダタ、清音も瑠璃に倣い、同じく体を低くさせる。なるべく空気に同化できるように努めた。
突然のことなので隠れる場所はここしかない。
農夫はゆっくりとした動作で夢見草の花を摘む。得られた動作は通常の作業だと確信させ、それがこちらにに気付いていないのだと僅かながらの安心を与える。
ただ、カンダタ内にあるものは安心ではなかった。
少し歩いた先には鏡がある。突然現れ突然消える。消える前に潜りたい。
作業を3回繰り返し、4本目の花を摘む。未だに気づかれていない。鏡もそこに佇む。5本目を摘んだ時にはなくなってるかもしれない。
焦燥はあるものの隠れる場所は管しかない。瑠璃と清音もいるのだ。無謀なことはできない。
焦りながら目を彷徨わせ、瑠璃と目が合う。すると彼女の視線は上へと向けられる。
同じ方向に視線を向く。四角い窓の反対側には折れた管がある。カンダタたちが通ってきた道だ。そこに黒猫がじっとこちらを見つめていた。
ケイと光弥が来てくれたのだ。これで絶望的な状況に陥ることはなさそうだ。
農夫の手は4本目の花を摘み終え、窓の中へと戻っていく。鏡もまだそこにある。
何事もなく災厄が去っていく。ケイも下手に動かず、農夫の作業が終わるのを待つ。
カンダタ、清音、ケイはその場を黙ってやり過ごすと沈黙の了解がなくとも利己的に選択していた。その中で瑠璃だけが別の選択をした。
瑠璃の決断は早く、また行動も早い。清音の背中に手を当てると力の限り押した。
裏切りとも言える行動だ。唐突のことでカンダタは唖然となり、清音は虚をつかれ、押された方向に従って倒れる。
白光の下に晒され、清音の姿は農夫から視認される位置だ。
「キヨネ!」
地に這いつくばって清音を救おうと一番手に動いたケイ。張り上げた声は白光の向こうにいる農夫にまで聞こえた。
農夫は夢見草の花から温床に巣食う清音へと思考が移行する。花を摘むのに集中していた優しい手つきは害虫に対する怒りとなり、荒々しくなった手は苔の上に転がる清音を掴もうとしする。
農夫の手が清音の上で止まると瑠璃が腰を上げ、管の影から飛び出した鏡に向かって走り出す。
清音を囮に使った。その事実にケイは今まで感じたことのない激しい怒りを覚えた。
管から飛び降り、空中で人の姿へとなると刀を構える。
農夫の手が清音に触れる前にケイは太い指に着地し、白い刀が弧を描く。人差し指から薬指までが清音に転がった。
農夫にも痛覚があるのか、低く呻いて欠落した手が退がる。ケイは農夫の手から降り、苔の上に降りた立つ。そして、倒れている清音を抱き上げる。
瑠璃はこちらに気も止めずに一直線に鏡へと走っていく。一切振り返らずに走る背中はこちらを見捨てているようにも見える。
ケイはそんな瑠璃に怒りを表した。猫が威嚇する高波の声を発し、白い刀の持ち方を変える。
柄を下から握り、頭上に掲げる。平行になった刀身が向いているのは瑠璃だ。
ケイが大股で力強く、片足で苔を踏みつけ、同時に柄を持つ腕が大きく振られた。刀は投擲に変貌し、夢見草の光で反射した薄藤色の閃光が一直線の尾を引く。
その光は瑠璃の左腕を掠め去った。掠めたとしても強い一撃は瑠璃に大きな衝撃を与えた。抉られた上腕から生き血が散り、瑠璃は前のめりになって転倒する。
瑠璃の血を僅かに垂らした白い刀は鏡に突き刺さり、刀を中心にして罅を広げた。
「鏡が壊れるぞ!」
管の上にいる光弥が叫んだ。
鏡に入った罅は深さと広さを増し、粉砕の一歩手前まで来ていた。
光弥の叫び声で呆然としていたカンダタは我に返り、止まっていた思考を巡らせた。
瑠璃は腕を怪我しただけだ。走れる。清音も放心していたが、そこから立ち直っている。問題なのはケイだ。
ケイは瑠璃の奇行に対して驚きより先に怒りがたっていた。激情は冷めることなく髪の毛を逆立ちさせ、威嚇の鳴き声を唸らせる。
管の影から飛び出し、ケイの前に立ち塞がる。
そうなる前に清音が指を差す。
「あれってもしかして、鏡?」
区域の端にひとりでに立つ等身大の鏡がそこにあった。目的のものが目の前に現れた。
夢見草の光が淡くともる薄闇の中、不意に強い光が差し込んだ。淡彩の艶やかな光ではなく、暗闇を許さない区域全体を照らす人工的な光だ。
途端に下で群がっていた囚人たちが白光を避けるように管から散りぢりとなって去っていく。
強い白光は頭上から降り注いでいた。天井を仰ぎ、見開いた男には四角く空いた穴ができていた。その中で逆光となって浮かぶのは巨大な手の形。
群生する夢見草、他と比べて狭い区域、突然できた四角い窓。ようやく繋がった。ここは夢見草の温床だ。あの巨大な手は農夫のものだ。
窓から手の影が伸びる。瑠璃は咄嗟に管から降り、腰を屈め、影に隠れる。カンダタ、清音も瑠璃に倣い、同じく体を低くさせる。なるべく空気に同化できるように努めた。
突然のことなので隠れる場所はここしかない。
農夫はゆっくりとした動作で夢見草の花を摘む。得られた動作は通常の作業だと確信させ、それがこちらにに気付いていないのだと僅かながらの安心を与える。
ただ、カンダタ内にあるものは安心ではなかった。
少し歩いた先には鏡がある。突然現れ突然消える。消える前に潜りたい。
作業を3回繰り返し、4本目の花を摘む。未だに気づかれていない。鏡もそこに佇む。5本目を摘んだ時にはなくなってるかもしれない。
焦燥はあるものの隠れる場所は管しかない。瑠璃と清音もいるのだ。無謀なことはできない。
焦りながら目を彷徨わせ、瑠璃と目が合う。すると彼女の視線は上へと向けられる。
同じ方向に視線を向く。四角い窓の反対側には折れた管がある。カンダタたちが通ってきた道だ。そこに黒猫がじっとこちらを見つめていた。
ケイと光弥が来てくれたのだ。これで絶望的な状況に陥ることはなさそうだ。
農夫の手は4本目の花を摘み終え、窓の中へと戻っていく。鏡もまだそこにある。
何事もなく災厄が去っていく。ケイも下手に動かず、農夫の作業が終わるのを待つ。
カンダタ、清音、ケイはその場を黙ってやり過ごすと沈黙の了解がなくとも利己的に選択していた。その中で瑠璃だけが別の選択をした。
瑠璃の決断は早く、また行動も早い。清音の背中に手を当てると力の限り押した。
裏切りとも言える行動だ。唐突のことでカンダタは唖然となり、清音は虚をつかれ、押された方向に従って倒れる。
白光の下に晒され、清音の姿は農夫から視認される位置だ。
「キヨネ!」
地に這いつくばって清音を救おうと一番手に動いたケイ。張り上げた声は白光の向こうにいる農夫にまで聞こえた。
農夫は夢見草の花から温床に巣食う清音へと思考が移行する。花を摘むのに集中していた優しい手つきは害虫に対する怒りとなり、荒々しくなった手は苔の上に転がる清音を掴もうとしする。
農夫の手が清音の上で止まると瑠璃が腰を上げ、管の影から飛び出した鏡に向かって走り出す。
清音を囮に使った。その事実にケイは今まで感じたことのない激しい怒りを覚えた。
管から飛び降り、空中で人の姿へとなると刀を構える。
農夫の手が清音に触れる前にケイは太い指に着地し、白い刀が弧を描く。人差し指から薬指までが清音に転がった。
農夫にも痛覚があるのか、低く呻いて欠落した手が退がる。ケイは農夫の手から降り、苔の上に降りた立つ。そして、倒れている清音を抱き上げる。
瑠璃はこちらに気も止めずに一直線に鏡へと走っていく。一切振り返らずに走る背中はこちらを見捨てているようにも見える。
ケイはそんな瑠璃に怒りを表した。猫が威嚇する高波の声を発し、白い刀の持ち方を変える。
柄を下から握り、頭上に掲げる。平行になった刀身が向いているのは瑠璃だ。
ケイが大股で力強く、片足で苔を踏みつけ、同時に柄を持つ腕が大きく振られた。刀は投擲に変貌し、夢見草の光で反射した薄藤色の閃光が一直線の尾を引く。
その光は瑠璃の左腕を掠め去った。掠めたとしても強い一撃は瑠璃に大きな衝撃を与えた。抉られた上腕から生き血が散り、瑠璃は前のめりになって転倒する。
瑠璃の血を僅かに垂らした白い刀は鏡に突き刺さり、刀を中心にして罅を広げた。
「鏡が壊れるぞ!」
管の上にいる光弥が叫んだ。
鏡に入った罅は深さと広さを増し、粉砕の一歩手前まで来ていた。
光弥の叫び声で呆然としていたカンダタは我に返り、止まっていた思考を巡らせた。
瑠璃は腕を怪我しただけだ。走れる。清音も放心していたが、そこから立ち直っている。問題なのはケイだ。
ケイは瑠璃の奇行に対して驚きより先に怒りがたっていた。激情は冷めることなく髪の毛を逆立ちさせ、威嚇の鳴き声を唸らせる。
管の影から飛び出し、ケイの前に立ち塞がる。
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