糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

絡まる思慕 12

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 怒りの矛先はあくまで瑠璃だ。カンダタには手を出さないだろう。
「待っ」
 ケイを停止させようと声を張る。ケイからしてみれば障害物としか捉えられない。1つの単語さえも終わらないうちにケイは顔面を狙って拳をくり出していた。
 背中を退け反って、拳を避けも右手は襟を掴み、刹那に視界が上下に反転した。
 カンダタの頭、肩が地面に衝突する。我を失ったケイはカンダタに詫びも関心もなく眼前のものを見据える。
 再びケイが踏み出そうと片足を上げた。カンダタはお留守になった足首を捕らえると下に強く引いた。
 苔を踏む直前の不意打ちにケイは対応できず、膝から崩れる。反対にカンダタは立ち上がり、態勢を変えるとケイの視界に瑠璃が入らないよう塞いで立つ。
 転ばされたケイはカンダタを睨む。顔半分が仮面で覆われているというのに怒りから生まれた覇気がカンダタを強張らせた。立ち上がり、重々しい一歩で苔を踏み潰す。
 障害物と捉えていてものが敵になった。そうした認識の変化が纏っている覇気で感じ取った。カンダタは制止を乞い願い、手のひらを広げ相手に敵はないのだと示す。
「話は後で聞けばいい」
 早口で短略化した台詞を吐く。時間が惜しい。
「話?」
 怒気を滲ませた短い言葉。それだけの言葉にケイの意思が読める。
 清音を突き倒し、逃げた奴の弁解は聞くに耐えない。それがケイの言い分だ。
 淡白なケイとは思えないの激情に呑まれた声だ。
 気持ちはわからなくもない。これが紅柘榴ならならばカンダタも黙ってはいられないからだ。
 だが、今だけは冷静になるよう努めてほしい。
 そうした訴えは効かず、ケイがカンダタを敵とみなし、声の唸り声を出す。
 一人と一匹が対峙している苗床を揺るがす金切り声の咆哮が谺した。カンダタが聞き慣れた鬼の声だ。
 元凶は苗床の外側にいるの農夫だ。指を切られたとしても農夫は創造者が作った通りのプログラムで行動する。
 この場合、苗床にいる害虫を駆除するため、鬼を放つ。指を斬られた手には4体の鬼が早く解放しろと声を響かせ喚いていた。
 苗床にいる者全員が涎を垂らす黒い野獣に釘付けられていた。その中で応戦態勢に入ったのはケイだけであった。軽く身を屈ませ、右手を握る。そこには常時持っていた白い刀がない。
 常に持っていたはずのものがなくなっている。当たり前だ。さっき瑠璃に投げたのだから。
 白い刀は鏡に蜘蛛の巣の罅を作り、突き刺さったままでいる。そこでようやくケイは理性を取り戻す。
 農夫の手がひっくり返り、鬼たちが次々と落ちてくる。
 金縛りのように動けなくなっていたカンダタたちは動き出す。
「助けて」
 清音だけはその場に留まり、声を上げる。足に夢見草の根が絡まっている。
 助けに向かったのはケイだ。
 絡まる根を手で千切り、清音を肩に担ぐ。
 4体の鬼が苔の上に降り立ち、それぞれの獲物を決める。
 瑠璃とカンダタは走り出し、ケイは清音を担いだまま、清音は肩に垂れ下がり、この後の行く末に怯える。
 鬼が2体、ケイと清音を狙い、前に立ちはだかる。一体が牙を剥き出し、突進してくる。ケイは跳び、低くなった鬼の頭を左足で踏み、右足を骨張った背中に置いて踏み込み、また跳んだ。
 高くなった飛脚はもう1体の鬼の頭上を超え、背後に着地する。走り、揺れる肩の上で清音は横目で睨む鬼を見つめていた。
 瑠璃を襲ってくる鬼が背中を狙い、鉤爪を振りかぶる。瑠璃は目線だけ後ろを向き、照明で反射する鉤爪を確認したが、焦りはなかった。なぜならその後にはカンダタがいたからだ。
 カンダタは鬼の膝裏を蹴る。均衡を崩され、転倒した鬼を踏みつけ、瑠璃の背中を追う。
 目前の鏡は罅が広がり、細かい破片が落ちてくる。
 あんな鏡で上の層に行けるのかと不安になったが、瑠璃は迷いもなく突進し、鏡の中へと消える。瑠璃の姿が見えなくなり、鏡はカンダタを写さなかった。
 迷いを消し、速度を下げずに鏡に走る。
 鏡の中へと潜る。その小さな揺れでも鏡の破片が剥がれる。
 残ったのはケイと清音。後ろに鬼2体、前にも2体。カンダタと瑠璃がいなくなり、4体がケイたちに集中する。
 退路を探す。今更になって白い刀を投げてしまったのを後悔する。清音を担いだまま4体の鬼は相手にできない。鏡が剥がれている。時間がない。
 清音の重りがあっても走力は鬼よりもケイが上だ。
 鬼は頭を高くし、こちらを待ち構える。体躯は鬼の方が大きい。あれでは跳び越えられない。
 フェイントをかけて脇の横を通ってみるか。
 こうして思案している間にも鬼とケイとの距離が縮まっていく。
 意を決して形は右側の方へと身体を向けた。
 前方の鬼も動きに合わせていくかと思いきや、鬼はケイたちを無視し、頭上を跳んでケイを超えていった。
 目前の獲物を逃した鬼の行動にケイでも驚きを表し、動きを止める。
 前方の2体と後方の2体が争い、食い合っていた。
 時によって鬼でも共食いはする。だとしても目前のケイを無視するのはありえないのだ。
「早く!」
 清音が急かす。
 不安はあるものの、ケイたちを妨げるものはなくなった。ケイは清音の声に従い、鏡を潜る。
 突き刺さった白い刀は残され、鏡は砂が溢れるように崩れた。その様は光弥だけが見ていた。
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