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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行
永久凍土都市 1
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ケイと清音が飛び込んだその直後に鏡は粉砕した。
鏡を潜った先で湿った熱気で第7層とは違い、流した汗が凍ってしまいそうな冷気がカンダタたちを迎えた。
凍りそうな気温に身を震わせるよりも前にケイは感情のままに瑠璃の胸ぐらを掴み持ち上げると背中をコンクリートの壁に打ちつけた。壁が作る暗い影にケイと瑠璃が包まれ、二人を隠す。人型のケイは瑠璃より背が高い。その差はつま先を浮かせた。
「なぜだ」
淡白であるはずのケイは感情まみれの声色で短く瑠璃を問い詰める。この勢いで殴ってしまいそうだったが、押し止まった。幾許かの理性はあるようだ。
「農夫の目を逸らす為よ。奇襲をかけやすかったでしょう」
それが瑠璃の言い分。だが、カンダタから見てもあれは悪手だった。
農夫はパイプ下に潜むカンダタたちにも頭上で待機するケイたちも気付いていなかった。瑠璃が行動を移さずともあの場をやりすごせたのだ。寧ろ、瑠璃の誤ちが農夫を怒らせ、鬼を苗床に招く結果となり、意味もなく清音を危険に晒した。
そういった考えも適当な弁解も瑠璃らしくない。長くつるんだわけではないので彼女の思考は見通せない。しかし、今回のは浅慮だと思わざるを得ない。そこまでの阿呆ではないのだ。
「先に清音じゃないか?根が絡んだんだ」
頭に登っ血を下げようと瑠璃を責めるよりも清音を心配するようケイに示唆する。
カンダタの言い分は最もだと納得したようだ。ケイは瑠璃を下ろし、清音へと向かう。瑠璃は静かに怒り、少し荒々しい仕草で乱れた襟首を正す。
ケイは清音の前で膝をつく。彼女を前に声をかけたいが、言葉は見つからず挙動不審に身体を揺らす。
「絡まれただけ。ありがとう」
わたわたと落ち着きのないケイに清音は安心させるような笑顔を向ける。疲弊しているが、清音の顔色はいつも通りだ。
「すまなかった」
ケイが頭を下げた。珍しく興奮し、清音の安全を後回しになってしまったことを反省しているようだった。
ケイと清音のやりとりを見てから瑠璃へと意識を向ける。傷を縫い終わった彼女は無表情で感情が読めない。
「瑠璃」
「話す事はないわ」
ケイの代わりに質問してみようとしたが、言葉を紡ぐ前に拒絶されてしまった。強情な態度にケイは立ち上がり、瑠璃を睨んだ。
「協力できない」
決意を固め、冷徹に告げたケイ。瑠璃の身勝手な行動が続くようなら別れると言っているのだ。
「待ってくれ。そうしたらケイはどうするんだ?」
「帰す」
「清音を?どうやって?」
鼻で笑ったのは瑠璃だ。怒る原因となった人が更に逆撫でする。
「黙っててくれ」
瑠璃なりの考えがあるだろうと信じたいが、それを考慮したとしても、カンダタは苛立ちを隠せない。
ケイがいなくなるのは困る。この先、カンダタと瑠璃だけでは生きていけるかわからない。
「瑠璃を見定めると言っていただろ。それを反故するのか?」
ケイが瑠璃たちの前に現れたのは白い刀を取りに渡す為だ。それが自身の存在理由だと本人が言っていた。
しかし、大切な刀を今の瑠璃には渡せないとケイが判断し、託せる時期を見定めると瑠璃に同行していた。
塊人の仕組みは知らないが、彼らにとって存在理由は第一に優先するものであったはずだ。己の存在理由よりも清音を優先するようになってしまったようだ。
カンダタとしてはケイという手札を失いたくない手札を持ち続けるには清音を留まらせる理由を提示する必要がある。
それを見つけようにも清音に危害を加えた瑠璃がいるせいでそれができない。
瑠璃の言動は不明点が多い上に今も清音を敵視している。同じようなことが起きないとも断言できない。
ケイは淡白でも冷徹ではないのだ。少ない情に訴えれば許してくれるかもしれないが、反省する様子もなく、謝罪の言葉も言わない瑠璃を見ればその訴えも無駄になりそうだ。
「固まって動いたほうがいいよ」
助け舟を出したのは意外にも清音だった。
「瑠璃だってそれなりに考えているわけだし。ね?」
首を傾げ、上目遣いで清音なりにケイを説得する。それで心変わりするのか怪しい。
カンダタには今一だったが、ケイは迷いを見せ俯いた。単純なケイに呆れるもそれは心の内に隠しておく。
鏡を潜った先で湿った熱気で第7層とは違い、流した汗が凍ってしまいそうな冷気がカンダタたちを迎えた。
凍りそうな気温に身を震わせるよりも前にケイは感情のままに瑠璃の胸ぐらを掴み持ち上げると背中をコンクリートの壁に打ちつけた。壁が作る暗い影にケイと瑠璃が包まれ、二人を隠す。人型のケイは瑠璃より背が高い。その差はつま先を浮かせた。
「なぜだ」
淡白であるはずのケイは感情まみれの声色で短く瑠璃を問い詰める。この勢いで殴ってしまいそうだったが、押し止まった。幾許かの理性はあるようだ。
「農夫の目を逸らす為よ。奇襲をかけやすかったでしょう」
それが瑠璃の言い分。だが、カンダタから見てもあれは悪手だった。
農夫はパイプ下に潜むカンダタたちにも頭上で待機するケイたちも気付いていなかった。瑠璃が行動を移さずともあの場をやりすごせたのだ。寧ろ、瑠璃の誤ちが農夫を怒らせ、鬼を苗床に招く結果となり、意味もなく清音を危険に晒した。
そういった考えも適当な弁解も瑠璃らしくない。長くつるんだわけではないので彼女の思考は見通せない。しかし、今回のは浅慮だと思わざるを得ない。そこまでの阿呆ではないのだ。
「先に清音じゃないか?根が絡んだんだ」
頭に登っ血を下げようと瑠璃を責めるよりも清音を心配するようケイに示唆する。
カンダタの言い分は最もだと納得したようだ。ケイは瑠璃を下ろし、清音へと向かう。瑠璃は静かに怒り、少し荒々しい仕草で乱れた襟首を正す。
ケイは清音の前で膝をつく。彼女を前に声をかけたいが、言葉は見つからず挙動不審に身体を揺らす。
「絡まれただけ。ありがとう」
わたわたと落ち着きのないケイに清音は安心させるような笑顔を向ける。疲弊しているが、清音の顔色はいつも通りだ。
「すまなかった」
ケイが頭を下げた。珍しく興奮し、清音の安全を後回しになってしまったことを反省しているようだった。
ケイと清音のやりとりを見てから瑠璃へと意識を向ける。傷を縫い終わった彼女は無表情で感情が読めない。
「瑠璃」
「話す事はないわ」
ケイの代わりに質問してみようとしたが、言葉を紡ぐ前に拒絶されてしまった。強情な態度にケイは立ち上がり、瑠璃を睨んだ。
「協力できない」
決意を固め、冷徹に告げたケイ。瑠璃の身勝手な行動が続くようなら別れると言っているのだ。
「待ってくれ。そうしたらケイはどうするんだ?」
「帰す」
「清音を?どうやって?」
鼻で笑ったのは瑠璃だ。怒る原因となった人が更に逆撫でする。
「黙っててくれ」
瑠璃なりの考えがあるだろうと信じたいが、それを考慮したとしても、カンダタは苛立ちを隠せない。
ケイがいなくなるのは困る。この先、カンダタと瑠璃だけでは生きていけるかわからない。
「瑠璃を見定めると言っていただろ。それを反故するのか?」
ケイが瑠璃たちの前に現れたのは白い刀を取りに渡す為だ。それが自身の存在理由だと本人が言っていた。
しかし、大切な刀を今の瑠璃には渡せないとケイが判断し、託せる時期を見定めると瑠璃に同行していた。
塊人の仕組みは知らないが、彼らにとって存在理由は第一に優先するものであったはずだ。己の存在理由よりも清音を優先するようになってしまったようだ。
カンダタとしてはケイという手札を失いたくない手札を持ち続けるには清音を留まらせる理由を提示する必要がある。
それを見つけようにも清音に危害を加えた瑠璃がいるせいでそれができない。
瑠璃の言動は不明点が多い上に今も清音を敵視している。同じようなことが起きないとも断言できない。
ケイは淡白でも冷徹ではないのだ。少ない情に訴えれば許してくれるかもしれないが、反省する様子もなく、謝罪の言葉も言わない瑠璃を見ればその訴えも無駄になりそうだ。
「固まって動いたほうがいいよ」
助け舟を出したのは意外にも清音だった。
「瑠璃だってそれなりに考えているわけだし。ね?」
首を傾げ、上目遣いで清音なりにケイを説得する。それで心変わりするのか怪しい。
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