糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

永久凍土都市 13

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 ビルが崩壊する刹那の音を背景にして、行き止まりになるまで進む。行き止まりになったのはビルの2階から4階あたり。
 明確な数字はカンダタにもわからない。そこまで考えていなかった。
 階段は中途半端なところで赤い川によって浸水されていた。
 これ以上進められないとならば、近くの扉から屋内に戻るしかない。
 ケイは扉に耳を当て、中が静かであることを確認してから開ける。
 人をおかしくさせる狂騒も身の毛が弥立つが、何もない静寂も予測できない恐怖がある。僅かな音でも静寂に響く。キーボードを叩く音が微かに聞こえた。
 囚人が業務している階だ。鉄夫人もいる。
 清音の腕を解く。唐突に解かれた腕に清音は不安げに目を泳がせた。
「非常階段に鏡はなかったから、行けるところから探すしかないわね」
 静寂に合わせて瑠璃が小声で話す。カンダタもそれに賛成だ。
 廊下とオフィスは壁で区切られている。窓もついていないので廊下を渡っても鉄夫人には見えないはずだ。なのに、根拠のない嫌な予感がカンダタと瑠璃にあった。
「カンダタが先に行きなさいよ」
「言うと思った」
 同じやりとりをつい先程したばかりだ。カンダタとしては反論したいが、どうせ無駄だと諦める。
 何度も死んでも元通りになる。嫌な役割だ。
 犬死をしに行くかとカンダタは憂鬱に廊下と向き合う。
 そうした決意を台無しにしたのは静寂を切り裂いてた鐘の音だ。
 それが何を合図するのか、身をもって知ってしまっている。瑠璃たちは出現する鬼に警戒したが、カンダタは警戒とは別のものが頭を過った。
 鐘の音が鳴るまでの時間が短くなっている。
 危機感に近いこの疑問をひとまず頭の隅に置く。鐘の音が鳴ったなら、ゆっくりと姿見を探すことはできない。
 待機していた3人と1匹はカンダタに向かって廊下を走ってくる。
 鬼は室内に出現しているようで、壁越しから金切り声や悲鳴が谺して聞こえてくる。
 オフィスに鏡があるのか見たいところだが、それはできそうにない。
 このまま廊下を走り回るのも浅慮というものだ。だからといって宛てはない。
 走りながら様々と思考を巡らし、思案してはそれを没にする。頭の回転は早かったが、走る速さは変わらない。
 非常階段からまっすぐ走り、目前の角を曲がろうとする。
「カンダタ!前の!壁から!」
 後ろでついてきた瑠璃が前方を見上げながら警告を出した。それと同時に鉄夫人がゆるりとした動作で壁をすり抜けてきた。天井につきそうな頭を低くさせ、陶器の瞳は冷徹な眼差しでこちらを見下ろす。
 急ぎ、走っているを脚を止め、踵を返す。背を向ける際の視線の端で鉄夫人が片腕を上げ、振り上げていた。
 カンダタ・瑠璃は腰を曲げ、薙ぎ振るわれる鉄夫人の腕を避ける。鉄夫人としては1人でも捕らえておきたかったのだろうが、長い腕をもってしても清音とケイまでは届かなかった。
 掠めた腕の風圧を背中に感じながら、カンダタは曲げた腰を伸ばす。こうして走って行けば、出てきた非常階段があるはずだった。
 そこに立っていたのは四角い枠の姿見だった。それを認識するとこの層の構造が1つ理解できた。
 カンダタは姿見を目指す。オフィスから鬼や狂騒から逃げようと囚人がうじゃうじゃと湧き、姿見に向かう。
 いよいよ混乱が始まると心構える。しかし、床が大きく揺れコンクリートの壁に罅が入り、天井から粉が降る。床にも同じような罅が入り、僅かに傾く。
 カンダタの脳裏に浮かんだのは非常階段で見たビルの崩壊の光景。
 今も尚コンクリートを侵食し、広がる罅。あの光景を他人事のように眺めていた。この時カンダタは客観ではなく、主観として捉え始めた。
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