糸と蜘蛛

犬若丸

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5章 恋焦がれ巡る地獄旅行

永久凍土都市 12

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「あの、腕を掴んでもいいですか?」
 凍ったトタンの上は滑りやすい。清音はそれを口実にしてカンダタの腕をとりたいようだ。
 断ろうとする前に清音は腕に絡み、肩が軽く触れ合わせるように寄せてきた。
 他人が密着するのを良しとしないカンダタは一度優しく払った。
 その直後、清音は足を滑らせ、トタンの段差に尻を打ちつけた。痛みで呻く気をに少しばかりの罪悪感が生まれ、二度目に腕を絡めるも断りにくくなる。
 心なしか熱い目線の温度が高くなった気がする。
 与えられる高温の視線に目を逸らす。求めていない好意の躱し方を学んでこなかった。
「いちゃつくなら余所でやって」
 背後にいる瑠璃が苛立った棘を声に乗せて刺してきた。
「何?嫉妬してるの?」
 緊張など微塵も持っていない清音が挑発するような流し目で瑠璃を見る。
 見つめ合う2人の間にあるのは静電気に似た不快な刺激のある目線だった。
 女性同士の不毛な戦いに巻き込まれたカンダタは動悸を激しくさせ、和やかにして速やかに事が終わるのを願った。
「歩きにくいから少し離れようか」
 なるべく穏便にこの空気を終わらせようと清音に言う。
「いやですか?」
 潤んだ瞳で言われると断りにくくなる。そうしたしたカンダタに瑠璃は「腰抜け」と嫌悪、忌諱、軽蔑の目で小さく呟いた。
 カンダタを中心にそんな空気が流れているわけだが、自分は無関係だと主張したい。
 紅柘榴以外の女性に情愛は抱けない。清音には態度でそれとなく示しているものの素知らぬ顔だ。恋愛に関しては鋼の心を持っているらしい。
 清音はともかく、瑠璃が対抗意識を持っているのが不思議だ。
 蛞蝓以下の男と評価している瑠璃から恋愛感情に近いものを感じた事はない。清音を毛嫌いしているので、単に浮かれている彼女が気に入らないだけかもしれない。
「夢見草の根が刺さっちゃったからイライラしてるんですよ」
 傷ついたであろうと勝手に予測した清音がカンダタを励ます。腕に胸を当て付け、背を伸ばして顔を近づかせ、耳をくすぐる囁き声で喋る。明らかな行為だ。
 変わったのは瑠璃ではなく、清音だと確信する。
 清音が好意を持っていたのは知っている。だからといって、カンダタは何も答えなかった。告白されていないからだ。自ら人間関係を拗れさせるようなことはしない。
 そうした考えを持つカンダタに対して奥手な性格をしている清音は思いを告げる勇気も持たずにいたのだ。
 しかし、腕にまきつく清音はシャイな心をどこかに置いてきたようだ。代わりに男を落とす媚びた目つきをするようになった。
 右腕の心地よくない体温を感じながら凍ったとトタンを警戒しながら下る。
 足元ばかりを気にしていると肌を刺す冷たい風が頬を撫でた。そういえばここも地獄だと今更になって思い出す。
 手すりから顔を出し、そこから展望を見下ろす。そこにあるのはやはり、ビルの群生だ。
 そのうちの一棟が大きく振動する。コンクリートに罅が入り、ビル全体に侵食する。毅然と立ち聳えるビルは面影を失い、細かく砕けて崩れた。瞬く間もない刹那の出来事だった。
 コンクリートの瓦礫、折れた鉄心。そういったビルの破片の中に囚人の影がいくつか見えた。
 積み上げた文明が刹那のうちに崩壊する。悍ましい光景だというのにカンダタは達観し、ビルだった瓦礫やそこに混じる囚人たちの落下を眺める。
「この風景を見ていると昔の映画を思い出すわね。氷山が次々と崩れるの。まぁつまらなかったけど」
 静かに崩壊するビルの群衆に瑠璃が突拍子のない話を始めた。
「映画の話でもする?」
 片方の口角を上げ、軽い口調で言う。清音はそんな彼女を睨む。
「この間、ミストを観たの」
「あの映画は好きじゃないとか言ってなかったか?つまらない映画の話か?」
「好きではないわね」
 好きでもない映画はなぜ言い出したのだろうか。瑠璃は暇潰しで映画を観ているが、それを熱く語った事は無い。所詮は暇潰しなのだ。
「あのラストシーンは印象的だったわね」
「どんな映画だったの?」
「主人公が最後に息子を殺すのよ」
 そう言うと清音では絶句する。瑠璃は続ける。
「キューブは進行しているように見せて、最初の部屋に戻っていた」
「何の話だ?」
「映画の感想よ」
 瑠璃が言っているのは感想ではなく映画のシーンだ。
「嘘つきは誰かしらね?」
「だから何の話だ」
「別に?」
 脈絡がない。会話も成り立たない。何がしたいのかわからず、何を言いいのか分からず黙るしかない。
 会話は唐突に始まり、瑠璃の沈黙で終わる。カンダタに残ったのは不明瞭な違和感だった。
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