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1章 神様が作った実験場
空の穴 1
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狂ってしまったのだろうか。
手の平を見つめなおす。右手の親指はなくなったまま、空気が傷口を撫でる度痛みが伝わってくる。
カンダタたちは地下に行ったらしいがその記憶が彼にはなかった。百貨店で闇底に身を投げる寸前、そこから記憶が切り抜かれて元からなかったようだった。瑠璃が嘘をついているのかさえ思う。しかし、見知らぬ傷と移動距離、それらが何かが起きたと示している。
空を仰ぐとこれまでにないほどに大きくなった空の穴。間近になった強い光。
やっと、やっとここまで来た。
喜ぶはずなのに嬉しいはずなのに、蟠りが重りとなってほんの小さな笑みでさえも浮かばない。
百貨店の地下駐車場から地下歩道に繋がり、地上へ出ればそこは瑠璃が見知った場所だという。しばらくの間、道案内は瑠璃に任せて住宅が並ぶ道を歩いていたのだが、道中、彼女は酷く疲れてしまったようだった。
なので、適当な家を借りて憩いの時をそれぞれに過ごしていた。カンダタにとって縁のない時間だ。だが、瑠璃は違うらしい。
柔らかい長椅子に横たわっている。少し前まで埃だらけの椅子に文句ばかりカンダタに言っていたが、こちらのせいではない。言い返せずに黙って聞いていたら眠ってしまっていた。
意識を失えば目覚めた場所に戻ると何度も注意したのに瑠璃は「横になるだけ」と言っていた。実際に彼女は寝ていないようだった。呼吸で上下する肩が覚醒している時のと違う。
それよりも混乱しつつあるカンダタの思考を整理するのに時間を使う。
確かに瑠璃の言う通りだ。はっきりとした記憶もなく血濡れの姿を見て平然としているのはどうかしている。あの時はひたすらに否定しまい、彼女に酷いことを言った気もする。
それにしても、記憶のない間、何が起きたのか。鬼を食ったと瑠璃は主張する。そんなはずはない。ここに飢えはない。空腹を経験したことがないのだ。食欲もないから飯も必要ない。ましてや鬼なんてものを食おうだなんて発想すらない。
瑠璃の主張も確証がないようで事実として受け入れられるものではない。事実を求めて消えた記憶を探す。
一つだけ、はっきりしているのは光に向かって行っていた。そう、光。黒い靄を割く一筋の光。その光の先に希望があると確信もないのに向かった。光の先に誰かいた。誰だろう。
靄ばかりの記憶の中、掴めそうな真実へと手を伸ばす。
もう少し、あと少し。光を掴める所で気体であったはずの靄がカンダタを締め付けた。単衣を越え、皮膚を越え、直接に胃を絞めつける。強い吐き気が込み上がり、思考どころではなくなった。
吐いても出るものはないが、こみ上がってくる空っぽのものを堪えてカンダタは現実へと戻る。
胃の中で絞めつけられ、かき乱された腹を落ち着かせようと乾いた空気を吸い上げて深く吐く。息と共にほのかに風が吹いて屋根の砂が舞う。
口内に砂が入った。じゃりじゃりとした食感を取り出そうと唾を吐くも砂はまだ口内に残っている。異質に残ったじゃりじゃりを無視して再び思考の大空へと飛び出す。
しかし、思い出そうとすると逆風が吹いて一枚の葉となったカンダタは記憶の扉から剥がされる。
それは無意識から吹く拒絶の風だった。記憶が消えてしまったのは彼自身が強く風を吹かせたからだ。身体が震えてしまいそうなほど恐ろしい記憶だ。自分自身への探査はそれ以上できなかった。
瑠璃が指した事実。闇から解き放たれそうな事実が地下の悪臭よりも忌諱してしまう。
知ってはいけない。思い出してはいけない。
カンダタはその警告に従い、残された吐き気と砂利を抱えたまま肩を震わせた。
手の平を見つめなおす。右手の親指はなくなったまま、空気が傷口を撫でる度痛みが伝わってくる。
カンダタたちは地下に行ったらしいがその記憶が彼にはなかった。百貨店で闇底に身を投げる寸前、そこから記憶が切り抜かれて元からなかったようだった。瑠璃が嘘をついているのかさえ思う。しかし、見知らぬ傷と移動距離、それらが何かが起きたと示している。
空を仰ぐとこれまでにないほどに大きくなった空の穴。間近になった強い光。
やっと、やっとここまで来た。
喜ぶはずなのに嬉しいはずなのに、蟠りが重りとなってほんの小さな笑みでさえも浮かばない。
百貨店の地下駐車場から地下歩道に繋がり、地上へ出ればそこは瑠璃が見知った場所だという。しばらくの間、道案内は瑠璃に任せて住宅が並ぶ道を歩いていたのだが、道中、彼女は酷く疲れてしまったようだった。
なので、適当な家を借りて憩いの時をそれぞれに過ごしていた。カンダタにとって縁のない時間だ。だが、瑠璃は違うらしい。
柔らかい長椅子に横たわっている。少し前まで埃だらけの椅子に文句ばかりカンダタに言っていたが、こちらのせいではない。言い返せずに黙って聞いていたら眠ってしまっていた。
意識を失えば目覚めた場所に戻ると何度も注意したのに瑠璃は「横になるだけ」と言っていた。実際に彼女は寝ていないようだった。呼吸で上下する肩が覚醒している時のと違う。
それよりも混乱しつつあるカンダタの思考を整理するのに時間を使う。
確かに瑠璃の言う通りだ。はっきりとした記憶もなく血濡れの姿を見て平然としているのはどうかしている。あの時はひたすらに否定しまい、彼女に酷いことを言った気もする。
それにしても、記憶のない間、何が起きたのか。鬼を食ったと瑠璃は主張する。そんなはずはない。ここに飢えはない。空腹を経験したことがないのだ。食欲もないから飯も必要ない。ましてや鬼なんてものを食おうだなんて発想すらない。
瑠璃の主張も確証がないようで事実として受け入れられるものではない。事実を求めて消えた記憶を探す。
一つだけ、はっきりしているのは光に向かって行っていた。そう、光。黒い靄を割く一筋の光。その光の先に希望があると確信もないのに向かった。光の先に誰かいた。誰だろう。
靄ばかりの記憶の中、掴めそうな真実へと手を伸ばす。
もう少し、あと少し。光を掴める所で気体であったはずの靄がカンダタを締め付けた。単衣を越え、皮膚を越え、直接に胃を絞めつける。強い吐き気が込み上がり、思考どころではなくなった。
吐いても出るものはないが、こみ上がってくる空っぽのものを堪えてカンダタは現実へと戻る。
胃の中で絞めつけられ、かき乱された腹を落ち着かせようと乾いた空気を吸い上げて深く吐く。息と共にほのかに風が吹いて屋根の砂が舞う。
口内に砂が入った。じゃりじゃりとした食感を取り出そうと唾を吐くも砂はまだ口内に残っている。異質に残ったじゃりじゃりを無視して再び思考の大空へと飛び出す。
しかし、思い出そうとすると逆風が吹いて一枚の葉となったカンダタは記憶の扉から剥がされる。
それは無意識から吹く拒絶の風だった。記憶が消えてしまったのは彼自身が強く風を吹かせたからだ。身体が震えてしまいそうなほど恐ろしい記憶だ。自分自身への探査はそれ以上できなかった。
瑠璃が指した事実。闇から解き放たれそうな事実が地下の悪臭よりも忌諱してしまう。
知ってはいけない。思い出してはいけない。
カンダタはその警告に従い、残された吐き気と砂利を抱えたまま肩を震わせた。
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