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1章 神様が作った実験場
空の穴 12
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カンダタはひどい有様だった。頭から腰まで白く染められて、消毒液をかけられた目や瞼は赤くしみて充血している。折られた鼻も歪んでいる。おまけに消火器を投げられて、額からは赤筋の血が滴る。
振り向けないのでその様を想像でしか拝めず、焦りながらも嘲笑する。それと同時にカンダタがどのくらいの速さで距離を詰めてくるかと考えた。
あたしは化学室の出入り口まで来ていた。カンダタは教室の反対側、窓を降りたばかり。教室の端と端だとしても、あたしの速さでは校庭まで行けない。小細工な足止め案はもうない。
打開案もなく、追い詰められた思考はハクの姿を思い浮かばせた。
「ハク!ハク!」
張り切れそうな声で叫ぶ。
「助けて!」
ハクはまだ化学室にいた。声が届くには充分な距離。ハクはまだ怯えて、教室の角で震えていた。この状況を救えるのはハクしかいないのに。
化学室のドアを潜り、向かいの窓へと踏み込んだ矢先、背後から強く髪を引っ張られる。
あまりにも強く引かれたものだからその力に抵抗しようもなく、カンダタはそのまま床へと落とす。
「ハク!」
もう一度、叫んで助けを求める。ハクは今のカンダタを恐れている。助けには来ないかもしれない。それでも叫ぶ。
逆様の視界が逆様のカンダタを映す。覗かせてくるカンダタの顔から粉末や血、汗か降る。
「見栄えがよくなったじゃない!滑稽だわ!」
このまま殺されるとしても、情けなく死ぬのはプライドが許さなかった。あたしは強がりながらも抵抗していた。たった一本の腕なのにその手から逃れられず、踠いても足掻いても腕を引っ掻いても動じない。
カンダタから荒い息がかかる。餌の前に興奮しているのかしら、それとも注ぐ光が彼を苦しめているのかしら。
廊下の窓から注いだ空の光は直接、カンダタの頭上に降る。光の強弱に合わせて彼の息遣いが荒くなり、弱くなる。
光。やっぱり、あの光が苦手なんだ。
その事実が浮くとまた別の事実が浮き彫りになる。ハクは光に晒されても平気そうだった。なんでもないような、太陽の下に立つような、苦情した顔も鈍くなった仕草もない。
色だけじゃない。ハクは鬼としても違いがあった。
「ハク!」
あの子が来てくれれば、光にも恐れないハクなら。
声がある限り叫ぶ。つもりでいた。なのに、カンダタの両手はあたしの首に滑り込み、血脈、気管を塞ぐ。
一気に締め付けられると声の出しようもない。
食われるものかと考えていたけれどどうやら人は好みではないらしい。唾液で塗れたその口はあたしを食らうとしなかった。
いや、それよりもこの状況を切り抜けないと。息が、苦しい。
空気が循環されなくなった身体と脳はひとつの警報を鳴らす。死にたくない。
そうか、あたしはまだ死にたくないのね。もう死んでいるだろうから死にようはないけれど。なぜだろう、まだ足掻ける気がする。まだ足掻きたい。
気が付けば糸と針があたしの右手に現れる。白糸はあたしの意志に従ってくれる。なら、この意思にだって従う。
糸を強く握って一つの命令を伝える。針はあたしに従って蜂のように飛ぶ。白銀の糸を連れた針はカンダタの首回りを飛んであたしの左手に戻る。
右手に糸を左手に針を握る。あたしは残る力を全て使い、糸を引く。白糸は引き締まり、カンダタの首皮に減り込む。
ひどい消耗戦。あたしが力を入れれば入れるほど息が苦しくなる。カンダタも食い込む糸を無視してあたしの首を放さない。あたしが首の血脈を傷つけても、流血しても気にしない。
振り向けないのでその様を想像でしか拝めず、焦りながらも嘲笑する。それと同時にカンダタがどのくらいの速さで距離を詰めてくるかと考えた。
あたしは化学室の出入り口まで来ていた。カンダタは教室の反対側、窓を降りたばかり。教室の端と端だとしても、あたしの速さでは校庭まで行けない。小細工な足止め案はもうない。
打開案もなく、追い詰められた思考はハクの姿を思い浮かばせた。
「ハク!ハク!」
張り切れそうな声で叫ぶ。
「助けて!」
ハクはまだ化学室にいた。声が届くには充分な距離。ハクはまだ怯えて、教室の角で震えていた。この状況を救えるのはハクしかいないのに。
化学室のドアを潜り、向かいの窓へと踏み込んだ矢先、背後から強く髪を引っ張られる。
あまりにも強く引かれたものだからその力に抵抗しようもなく、カンダタはそのまま床へと落とす。
「ハク!」
もう一度、叫んで助けを求める。ハクは今のカンダタを恐れている。助けには来ないかもしれない。それでも叫ぶ。
逆様の視界が逆様のカンダタを映す。覗かせてくるカンダタの顔から粉末や血、汗か降る。
「見栄えがよくなったじゃない!滑稽だわ!」
このまま殺されるとしても、情けなく死ぬのはプライドが許さなかった。あたしは強がりながらも抵抗していた。たった一本の腕なのにその手から逃れられず、踠いても足掻いても腕を引っ掻いても動じない。
カンダタから荒い息がかかる。餌の前に興奮しているのかしら、それとも注ぐ光が彼を苦しめているのかしら。
廊下の窓から注いだ空の光は直接、カンダタの頭上に降る。光の強弱に合わせて彼の息遣いが荒くなり、弱くなる。
光。やっぱり、あの光が苦手なんだ。
その事実が浮くとまた別の事実が浮き彫りになる。ハクは光に晒されても平気そうだった。なんでもないような、太陽の下に立つような、苦情した顔も鈍くなった仕草もない。
色だけじゃない。ハクは鬼としても違いがあった。
「ハク!」
あの子が来てくれれば、光にも恐れないハクなら。
声がある限り叫ぶ。つもりでいた。なのに、カンダタの両手はあたしの首に滑り込み、血脈、気管を塞ぐ。
一気に締め付けられると声の出しようもない。
食われるものかと考えていたけれどどうやら人は好みではないらしい。唾液で塗れたその口はあたしを食らうとしなかった。
いや、それよりもこの状況を切り抜けないと。息が、苦しい。
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そうか、あたしはまだ死にたくないのね。もう死んでいるだろうから死にようはないけれど。なぜだろう、まだ足掻ける気がする。まだ足掻きたい。
気が付けば糸と針があたしの右手に現れる。白糸はあたしの意志に従ってくれる。なら、この意思にだって従う。
糸を強く握って一つの命令を伝える。針はあたしに従って蜂のように飛ぶ。白銀の糸を連れた針はカンダタの首回りを飛んであたしの左手に戻る。
右手に糸を左手に針を握る。あたしは残る力を全て使い、糸を引く。白糸は引き締まり、カンダタの首皮に減り込む。
ひどい消耗戦。あたしが力を入れれば入れるほど息が苦しくなる。カンダタも食い込む糸を無視してあたしの首を放さない。あたしが首の血脈を傷つけても、流血しても気にしない。
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