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1章 神様が作った実験場
魂のプログラム 14
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厚い本をデスクワークの上に置いて改めてカンダタと対峙する。
電池を抜かれたロボットみたい。糸が切れたマリオネットにも似ているわね。
そんな力が抜けたカンダタが背尽きの椅子に座っていた。人なら手足を縛って動きを封じるけれど、カンダタの場合は身体を縛るものはなく、腕も頭も脚も垂れ下がっていた。
先程の女性のように吊るされていない。でも印象は同じ。死んだ魂そのもの。
頭には一本のプラグが刺さっていた。そのコードを辿ってみるとノートパソコンに繋がって、“インストール中”という文字が映る。
たった一本のプラグで魂を書き換えられるのだから、そりゃあ神様気分にもなれるわね。
刺してあったプラグを抜く。嫌な粘着質の音と共に細く弱い血が吹いた。まだ血が流れている。血を抜かれた人よりは動けるわね。
ポケットからハンカチを取り出して拭いた血を拭く。血の勢いはないけれど、流血はしている。穴を観察してみると脳まで続いているかと思うぐらいに深い。
自分にもこんな穴が空けられそうになったのだと実感して身の毛がよだつ。
ハンカチで流血を抑えながら白糸で傷を縫う。穴は頭蓋骨を抜けて脳まで続いている。皮膚だけ塞いでも意味はない。そもそも、死人を相手に治療だなんてこれ以上の皮肉は浮かばないわね。
傷も塞いで血も止まった。適当だけど起きてくれるかしら。
肩を揺さぶってみるも反応はない。机にあったA4サイズの紙束を円状に丸めて、紙束の棒で頭部を強く叩く。
心配そうに見守っていたハクはあたしの暴挙に一喝の声を上げる。
「何よ。死んでいるんだから構わないでしょ。それにいつまでも寝てるこいつが悪いんじゃない」
あくまで、非があるのはカンダタだと言い張る。
カンダタから小さな呻き声がする。彼の魂とやらはまだ生きているみたいね。けれど、カンダタの意識は覚めなかった。声をひとつだけ出すとまた無気力な人形へと戻ってしまう。
「ちょっと起きなさいよ。こっちはわざわざあんたを迎えに来たのに。眠り姫よりも目覚めが悪いじゃない」
紙束でポカスカと叩く。さっきと違って軽く叩いていたからハクからの大きな叱責はなかった。でも、見守る眼差しは心配そのものを表していて、ひたすらにカンダタの頭をみつめる。
「全く、天鳥は何をしているんだ」
カンダタより早く起きたのは光弥で痛みが残る頭を抱えてながらも2本の脚で立ち上がる。
もう一発殴っておけばよかった。
「寝ていてもいいのよ。あんたは望んでいないんだから」
「俺も嫌われたなぁ」
「当然でしょ。隣の部屋を見たわ。魂のプログラムってやつであたしも書き換えようとしたんでしょ」
「いいじゃないか。経緯はどうあれ、君たちはハザマに流れてきた。漂流物を拾って使う。どこか問題なのさ?」
あぁ、そうか。これがあたしと彼らの“ずれ”だ。
輪廻からでる魂のカス。カスの素はあたしやカンダタみたいな生命のある魂。これは彼らにとって資源なんだわ。家畜、丸めて捨てるティッシュ、ガソリン。彼らにとってあたしたちはそれと一緒なんだ。
くっきりと輪郭を持った嫌悪。ハザマで目覚めてからあった不快なずれはこれだった。
これこそ滑稽ね。ゴミ箱のゴミが捨てられた相手に向かって神だ仏だと讃えて、手を合わせていたのだから笑えてしまう。
あたしとカンダタはこんな所を目指して歩いてきた。こんなものを神と呼んでいた。こんなものに救いを求めた。
「あたしは死んでもあんたたちに救われてやらない」
不快感と憤りで歪ませた顔で殺意に似た感情を吐く。それでも光弥は余裕を持った笑顔で言う。
「そう言うと思ったよ」
キーボードに手を伸ばして、人差し指がエンターキーを押す。
それを合図に後方から水音が流れて耳に届く。振り返ってみれば閉ざされたはずの部屋なのに、流れて襲う黒い波が目の前に覆いかぶさろうとしていた。
逃げる間もなく、あたしとカンダタは波に呑まれて、身体が浮く。息もできない暗闇の中で光弥の鼻につく笑い声が波に流れてくる。
あたしは呼吸を求めて上を目指してもがく。やっと地に手がついて、這い上がってみるとそこは学校の教室だった。
汚い部屋もすぐ近くにいたカンダタもずっとあたしの近くにいたハクさえもいなくなっていた。
「サプライズだ。驚いたかな?」
苛立つ光弥の声が回廊に響く。
「あんたの魂をスキャンさせて貰うよ」
「このぐらいじゃ、驚かなくなったわね。それにサプライズは嫌いなのよ」
大丈夫。これもあいつが見せる幻。
自分自身に言い聞かせる。
夢なら必ず覚めるわ。
血の沼は足首にまで浸っている。不快な感触。
あたしは歩き出す。
電池を抜かれたロボットみたい。糸が切れたマリオネットにも似ているわね。
そんな力が抜けたカンダタが背尽きの椅子に座っていた。人なら手足を縛って動きを封じるけれど、カンダタの場合は身体を縛るものはなく、腕も頭も脚も垂れ下がっていた。
先程の女性のように吊るされていない。でも印象は同じ。死んだ魂そのもの。
頭には一本のプラグが刺さっていた。そのコードを辿ってみるとノートパソコンに繋がって、“インストール中”という文字が映る。
たった一本のプラグで魂を書き換えられるのだから、そりゃあ神様気分にもなれるわね。
刺してあったプラグを抜く。嫌な粘着質の音と共に細く弱い血が吹いた。まだ血が流れている。血を抜かれた人よりは動けるわね。
ポケットからハンカチを取り出して拭いた血を拭く。血の勢いはないけれど、流血はしている。穴を観察してみると脳まで続いているかと思うぐらいに深い。
自分にもこんな穴が空けられそうになったのだと実感して身の毛がよだつ。
ハンカチで流血を抑えながら白糸で傷を縫う。穴は頭蓋骨を抜けて脳まで続いている。皮膚だけ塞いでも意味はない。そもそも、死人を相手に治療だなんてこれ以上の皮肉は浮かばないわね。
傷も塞いで血も止まった。適当だけど起きてくれるかしら。
肩を揺さぶってみるも反応はない。机にあったA4サイズの紙束を円状に丸めて、紙束の棒で頭部を強く叩く。
心配そうに見守っていたハクはあたしの暴挙に一喝の声を上げる。
「何よ。死んでいるんだから構わないでしょ。それにいつまでも寝てるこいつが悪いんじゃない」
あくまで、非があるのはカンダタだと言い張る。
カンダタから小さな呻き声がする。彼の魂とやらはまだ生きているみたいね。けれど、カンダタの意識は覚めなかった。声をひとつだけ出すとまた無気力な人形へと戻ってしまう。
「ちょっと起きなさいよ。こっちはわざわざあんたを迎えに来たのに。眠り姫よりも目覚めが悪いじゃない」
紙束でポカスカと叩く。さっきと違って軽く叩いていたからハクからの大きな叱責はなかった。でも、見守る眼差しは心配そのものを表していて、ひたすらにカンダタの頭をみつめる。
「全く、天鳥は何をしているんだ」
カンダタより早く起きたのは光弥で痛みが残る頭を抱えてながらも2本の脚で立ち上がる。
もう一発殴っておけばよかった。
「寝ていてもいいのよ。あんたは望んでいないんだから」
「俺も嫌われたなぁ」
「当然でしょ。隣の部屋を見たわ。魂のプログラムってやつであたしも書き換えようとしたんでしょ」
「いいじゃないか。経緯はどうあれ、君たちはハザマに流れてきた。漂流物を拾って使う。どこか問題なのさ?」
あぁ、そうか。これがあたしと彼らの“ずれ”だ。
輪廻からでる魂のカス。カスの素はあたしやカンダタみたいな生命のある魂。これは彼らにとって資源なんだわ。家畜、丸めて捨てるティッシュ、ガソリン。彼らにとってあたしたちはそれと一緒なんだ。
くっきりと輪郭を持った嫌悪。ハザマで目覚めてからあった不快なずれはこれだった。
これこそ滑稽ね。ゴミ箱のゴミが捨てられた相手に向かって神だ仏だと讃えて、手を合わせていたのだから笑えてしまう。
あたしとカンダタはこんな所を目指して歩いてきた。こんなものを神と呼んでいた。こんなものに救いを求めた。
「あたしは死んでもあんたたちに救われてやらない」
不快感と憤りで歪ませた顔で殺意に似た感情を吐く。それでも光弥は余裕を持った笑顔で言う。
「そう言うと思ったよ」
キーボードに手を伸ばして、人差し指がエンターキーを押す。
それを合図に後方から水音が流れて耳に届く。振り返ってみれば閉ざされたはずの部屋なのに、流れて襲う黒い波が目の前に覆いかぶさろうとしていた。
逃げる間もなく、あたしとカンダタは波に呑まれて、身体が浮く。息もできない暗闇の中で光弥の鼻につく笑い声が波に流れてくる。
あたしは呼吸を求めて上を目指してもがく。やっと地に手がついて、這い上がってみるとそこは学校の教室だった。
汚い部屋もすぐ近くにいたカンダタもずっとあたしの近くにいたハクさえもいなくなっていた。
「サプライズだ。驚いたかな?」
苛立つ光弥の声が回廊に響く。
「あんたの魂をスキャンさせて貰うよ」
「このぐらいじゃ、驚かなくなったわね。それにサプライズは嫌いなのよ」
大丈夫。これもあいつが見せる幻。
自分自身に言い聞かせる。
夢なら必ず覚めるわ。
血の沼は足首にまで浸っている。不快な感触。
あたしは歩き出す。
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