糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
66 / 644
1章 神様が作った実験場

魂のプログラム 14

しおりを挟む
 厚い本をデスクワークの上に置いて改めてカンダタと対峙する。
  電池を抜かれたロボットみたい。糸が切れたマリオネットにも似ているわね。
  そんな力が抜けたカンダタが背尽きの椅子に座っていた。人なら手足を縛って動きを封じるけれど、カンダタの場合は身体を縛るものはなく、腕も頭も脚も垂れ下がっていた。
 先程の女性のように吊るされていない。でも印象は同じ。死んだ魂そのもの。
 頭には一本のプラグが刺さっていた。そのコードを辿ってみるとノートパソコンに繋がって、“インストール中”という文字が映る。
   たった一本のプラグで魂を書き換えられるのだから、そりゃあ神様気分にもなれるわね。
   刺してあったプラグを抜く。嫌な粘着質の音と共に細く弱い血が吹いた。まだ血が流れている。血を抜かれた人よりは動けるわね。
  ポケットからハンカチを取り出して拭いた血を拭く。血の勢いはないけれど、流血はしている。穴を観察してみると脳まで続いているかと思うぐらいに深い。
  自分にもこんな穴が空けられそうになったのだと実感して身の毛がよだつ。
  ハンカチで流血を抑えながら白糸で傷を縫う。穴は頭蓋骨を抜けて脳まで続いている。皮膚だけ塞いでも意味はない。そもそも、死人を相手に治療だなんてこれ以上の皮肉は浮かばないわね。
  傷も塞いで血も止まった。適当だけど起きてくれるかしら。
 肩を揺さぶってみるも反応はない。机にあったA4サイズの紙束を円状に丸めて、紙束の棒で頭部を強く叩く。
  心配そうに見守っていたハクはあたしの暴挙に一喝の声を上げる。
  「何よ。死んでいるんだから構わないでしょ。それにいつまでも寝てるこいつが悪いんじゃない」
 あくまで、非があるのはカンダタだと言い張る。
 カンダタから小さな呻き声がする。彼の魂とやらはまだ生きているみたいね。けれど、カンダタの意識は覚めなかった。声をひとつだけ出すとまた無気力な人形へと戻ってしまう。
  「ちょっと起きなさいよ。こっちはわざわざあんたを迎えに来たのに。眠り姫よりも目覚めが悪いじゃない」
  紙束でポカスカと叩く。さっきと違って軽く叩いていたからハクからの大きな叱責はなかった。でも、見守る眼差しは心配そのものを表していて、ひたすらにカンダタの頭をみつめる。
  「全く、天鳥は何をしているんだ」
  カンダタより早く起きたのは光弥で痛みが残る頭を抱えてながらも2本の脚で立ち上がる。
  もう一発殴っておけばよかった。
  「寝ていてもいいのよ。あんたは望んでいないんだから」
 「俺も嫌われたなぁ」
 「当然でしょ。隣の部屋を見たわ。魂のプログラムってやつであたしも書き換えようとしたんでしょ」
 「いいじゃないか。経緯はどうあれ、君たちはハザマに流れてきた。漂流物を拾って使う。どこか問題なのさ?」   
 あぁ、そうか。これがあたしと彼らの“ずれ”だ。
 輪廻からでる魂のカス。カスの素はあたしやカンダタみたいな生命のある魂。これは彼らにとって資源なんだわ。家畜、丸めて捨てるティッシュ、ガソリン。彼らにとってあたしたちはそれと一緒なんだ。
 くっきりと輪郭を持った嫌悪。ハザマで目覚めてからあった不快なずれはこれだった。
 これこそ滑稽ね。ゴミ箱のゴミが捨てられた相手に向かって神だ仏だと讃えて、手を合わせていたのだから笑えてしまう。
 あたしとカンダタはこんな所を目指して歩いてきた。こんなものを神と呼んでいた。こんなものに救いを求めた。
 「あたしは死んでもあんたたちに救われてやらない」
 不快感と憤りで歪ませた顔で殺意に似た感情を吐く。それでも光弥は余裕を持った笑顔で言う。
 「そう言うと思ったよ」
 キーボードに手を伸ばして、人差し指がエンターキーを押す。
 それを合図に後方から水音が流れて耳に届く。振り返ってみれば閉ざされたはずの部屋なのに、流れて襲う黒い波が目の前に覆いかぶさろうとしていた。
 逃げる間もなく、あたしとカンダタは波に呑まれて、身体が浮く。息もできない暗闇の中で光弥の鼻につく笑い声が波に流れてくる。
 あたしは呼吸を求めて上を目指してもがく。やっと地に手がついて、這い上がってみるとそこは学校の教室だった。
 汚い部屋もすぐ近くにいたカンダタもずっとあたしの近くにいたハクさえもいなくなっていた。
 「サプライズだ。驚いたかな?」
 苛立つ光弥の声が回廊に響く。
 「あんたの魂をスキャンさせて貰うよ」
 「このぐらいじゃ、驚かなくなったわね。それにサプライズは嫌いなのよ」
 大丈夫。これもあいつが見せる幻。
 自分自身に言い聞かせる。
 夢なら必ず覚めるわ。
 血の沼は足首にまで浸っている。不快な感触。
 あたしは歩き出す。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...