糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
537 / 644
6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う

孤独な家の中 15

しおりを挟む
 居間は静寂に戻るの狙われているような視線はまだ感じる。黒蝶の疼きもある。
 家の中を全て見回った。荷物置きも手洗い場も探せるところはもうない。
 落ち着いた心音が静寂に落とされる。血が巡っているのがわかる。テレビの光に照らされながら呆然と立ち竦んでいた。待っていれば何か変化があるのではないかと思った。
 そんなものいくら待ってもやってこない。信じたくない確信が強くなるだけだ。
 「ははは」
 その確信が事実として受け入れた時、カンダタから乾いた笑いが出た。
 どうせ鬼になるのだからと幾度も偽の紅柘榴を殺してきた。必要なことだからと自分の心を騙し、罪に苛むこともせずひたすらに暴虐を繰り返していた。
 だというのにカンダタに訪れたのは何か。何もない。それが結果だ。
 泣き嘆くのがその場の正解だろうが、幸いにも笑うカンダタに不正解だと指摘するものはいない。
 「ははっべに、べにべにっはははっ」
 半ば自暴自棄になったカンダタは床に転がり、愛しい人の名を呼びながら狂ったように笑う。
 ひとしきり笑い、一部だけ壁紙が剥がれた天井を眺める。
 もうここに居座ってしまおうか。
 漠然とした思考で浮かんだ一つの案。
 ここに自由はない。娯楽もない。だが、幻は抱ける。偽物でも紅柘榴に殺され続けるのも悪くない。
 そんな夢想が生まれるとそれを味わいたくなる。これが最善案だと思い込んでしまう。
 カンダタも馬鹿げた甘い蜜に酔ってしまいたくなった。
 甘い蜜の案に思い耽り、カンダタは瞑る。
 少し休んだ後に寝室に向かおう。そこでこの現実を忘れてしまおう。
 何もしなくていいと重い荷を下ろせば今まで感じなかった心労が湧き、手足が鉛となって動かなくなる。
 このまま一眠りできそうな疲労だというのに、カンダタの奥底では名称がつけられない感情が燻っていた。
 何が原動力なのかもわからない謎の感情はそのまま眠ろうとするカンダタを許さず、甘い蜜の案とは別の思考を模索していた。
 第7層で目覚めてから途方もない闇を歩いた。テレビが詰まった山を横切り、いくつもの家もあった。
 そこまでは何もなかった。カンダタが死んで復活するのは家の中の玄関だ。地獄を作った側の者たちは家中で試練を与えたいのだ。
 第6層では、開始地点から逆に行くのが隠された塊人の通路だった。
 どちらの層も弥が創ったものだ。ならば、発想が似た層があってもおかしくないのではないだろうか。
 玄関はしっかりと調べていなかった。扉の開閉を確認しただけだ。
 目を開け、カンダタは立ち上がった。
 誰もいないはずの家にすすり声がどこからともなく聞こえてきた。
 そういえば、カンダタがこの家に入った時も紅柘榴のすすり声によって惑わされ、導かれるように2階に上がった。
 今度はすすり声は聞こえないような素振りで迷いなく玄関に行く。
 この層は閉鎖された空間を作っている。その概念を強くさせる為に家の外まで作ったのだ。
 外に繋がる扉の前、カンダタはドアノブを握る。閂が通った扉は動かない。
 同情を誘うような紅柘榴のすすり声は今も聞こえてくる。
 両耳を塞ぎたくなるが、そうすれば、扉は開かない。
 扉は開こうと思えば開く。まだ閂が通っているのはカンダタに迷いがあるからだ。
 すすり声を聞きながら、扉のその先にあるものを想像する。
 蝶男が待っているだろう。清音もケイも奴の手駒になっている。そして、愛しい赤眼の子もそこにいる。
 瑠璃もいるだろうか。隣にいれば煩わしいが、いないと背中を押してくれる人がいない。口悪く叱責するあの嫌味が恋しくなる時が来るとは思ってもいなかった。
 家中に聞こえる誰かのすすり声は気にならなくなった。
 ドアノブを回せばあっさりと開き、外の冷気に少しだけ驚いてしまった。家の臭いと熱気に慣れてしまったせいだ。
 扉の先の外にはカンダタが歩いた道は地面ごとなくなっていた。闇の中にぽつりと家が浮いているようだ。
 すすり声がしなくなり、カンダタは振り返る。立っていたはずの玄関や廊下、階段はなくなり、四角い石の部屋がひと部屋だけ存在していた。
 これが正解なのか、カンダタにはわからない。ただ、戻れる道はなくなったのは確かだ。
 腹を括り、息を吸う。吐くと同時に全身の力を抜き、闇の方へと傾ける。カンダタは奈落へ、更に深い地獄へと落ちていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

処理中です...