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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
赤眼の少年、自由を知る
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乾いた空気に混じった乾いた埃を吸い、短く咳き込んだ。
駅は多くの人が入り混じるらしい。ショッピングモールが隣接されている所だとより多くの人間が集まるんだそうだ。
だからなんだと言いたくなってしまうのは性格が歪められた環境のせいか、生来の捻くれた性格のせいか。
駅とモールの間の渡り廊下に差す仄明るい光。それは曇天にぽっかり空いた空の穴から漏れる光だ。
曇天の影に覆われた外界に僅かな光しか与えない上界のお釈迦様はケチくさい。
「アカメ君」
窓から風景を眺めていると先を歩いていた蝶男がこちらを待っていた。
少年に名はない。だから蝶男は勝手にそう呼んでいるが、本人はその呼び名が好きになれそうにない。赤い眼は父から譲られたものだからだ。
蝶男は廊下を渡り切り、モール側の影の中に立つ。少年が来るのを待っている。
「おいで」
空の穴が照らす廊下から影が差すモールに入る。
影が支配するモール内は歩くのも困難だ。なのにいつも通り歩けるのは黒蝶による賜物だろう。
夜目が効いているので忌々しい赤い目もそれなりに役に立っている。
剥がれたタイルや落ちた電光灯を横切り、シルクハットを被った紳士がコーヒーを飲む絵の看板が掲げられた店に入った。
いつもはコーヒー店として営んでいるが、世紀末のような第4層ではそうした活気はない。
侘しい店内で先に寛いでいたのは光弥で、蝶男が来ると居心地の悪そうな薄ら笑いを浮かべながら「やあ」と片手を上げ挨拶する。
一人と一匹が足りない。奴らが来るまでの間、この3人に会話はない。蝶男は飄々とし、光弥は俯いて目を合わせようとしない。
暇だな、と徐に手を流したのは店のメニュー表だった。店内は錆びているのにメニュー表は真新しく、鏡文字で宣伝されているのは大きなデニッシュに大きなソフトクリームが乗った店の看板メニューだ。蜂蜜のシロップが「おいしいぞ」「甘いぞ」と出張してくる。
「食べたいかい?」
蝶男が問う。それに対し「別に」と素気なく返す。
「待たせてごめんねぇ」
明るく間延びした声で現れたのは清音。背中がパックリと空いて死んだ彼女はそんな事実がなかったかのように元気に歩いていた。
清音と目が合うと目を細め、満面の笑みを向けてくる。
「似合ってるね」
赤眼の少年が着ている制服のことを言っているのだろう。
暴力と罵倒を貰った側としては褒め言葉をもらえたとしても恐怖の感情しか湧いてこない。
1、2歩下がり、動悸を治めようとブラザー服の裾を握る。それでも動悸は激しくなるだけで冷や汗が止まらない。
蝶男が視界を遮るように前に立つ。清音の視線が途絶え、内心安心するものの、胸の動悸の激しさは変わらなかった。
遅れて現れた清音の両腕にはケイが抱かれいた。腕の中の黒猫は安心できる匂いに包まれ安らかな眠りについている。
「さっき落ち着いたところなの」
眠るケイを清音は母のような暖かさで見守っている。
「また洗脳したわけ?」
光弥の軽口に清音から暖かさは消え、冷たく氷の目で光弥を睨む。
「誤解する言い方はやめて。絆を深めたの」
清音の言い分に赤眼の少年は背筋に毛虫が走ったような耐え難い気持ち悪さがあった。
光弥が表現した言葉はあながち間違いじゃない。ケイの人格を否定し、視野を狭め、清音しか目に映さないようにし、清音によって縛られるようにした。
それを絆と言ってのけた清音が理解できなかった。
「それよりもこれからの話をしよう」
無駄話を切り替え、蝶男は話を仕切る。
蝶男・光弥・清音が会話しても内容は耳に入ったなかった。心臓の音がうるさくて聞こえない。怖い逃げたいと思う気持ちが強くなる。
「それでは、上で落ち合おう」
そう言って蝶男を締めくくると清音が不満そうに頬を膨らませた。
「もう行っちゃうの?」
「何事も迅速に行動すべきだよ」
納得していない清音だったが、蝶男の判断には逆らえない。
「わかったわ。行こ、光弥」
清音は光弥を連れ、赤眼の少年とすれ違いざまに「またね」と手を振る。
それに対して顔を伏せることしかできなかった。
「アカメ君は僕と一緒に行くんだよ」
何も聞いていなかった少年の為に蝶男が話してくれる。
店の奥へと入る蝶男を追う。激しい動悸の残穢がまだ少年の中で燻っていた。
「清音と光弥には第8層に行ってもらうことにした」
「あいつに会う為に?」
「そうだよ。順当にいけば第7から第8に移動している頃だ」
店のカウンターを向け、店員だけが入れるエリアへと踏み入れると暗さが増した。
「その後にハザマで合流だ」
赤子から成長し、少年の身体を手に入れ、それなりに自由に行動できるようになると関係のないと諦めていたものが手に入るだなと思えるようになる。
それが情報でも物でも、疑問だって質問すれば答えがもらえる。
「ハザマで何するの?何がしたいの?」
なので質問してみた。店の奥の廊下は光が差し込む隙間はなく、真っ暗な闇の中、蝶男はにっこりと笑う。
「輪廻の解放」
それだけしか答えてくれなかった。意味がわからない。
求めていた答えがもらえず、期待していた分、少年は落胆した。
蝶男は考えていることはわからない。
質問すれば答えてくれる。ただ、それ以上のことは話してくれない。話す必要はないと判断している。
赤目の少年も求める答えも漠然としているのでどんな質問をすればいいのかわからない。
店の際奥まで来る。スタッフの休憩室でやろうドアを開く。
「そろそろ、この子たちにも出番をやらないとね」
その暗闇の中でへ金色に光る眼がいくつも浮かび上がる。
牙の生えた彼らを見つめ、微笑む蝶男を見つめ、赤目の少年は俯くことしかできなかった。
成長したとしてもやはり少年には自由がなかった。
駅は多くの人が入り混じるらしい。ショッピングモールが隣接されている所だとより多くの人間が集まるんだそうだ。
だからなんだと言いたくなってしまうのは性格が歪められた環境のせいか、生来の捻くれた性格のせいか。
駅とモールの間の渡り廊下に差す仄明るい光。それは曇天にぽっかり空いた空の穴から漏れる光だ。
曇天の影に覆われた外界に僅かな光しか与えない上界のお釈迦様はケチくさい。
「アカメ君」
窓から風景を眺めていると先を歩いていた蝶男がこちらを待っていた。
少年に名はない。だから蝶男は勝手にそう呼んでいるが、本人はその呼び名が好きになれそうにない。赤い眼は父から譲られたものだからだ。
蝶男は廊下を渡り切り、モール側の影の中に立つ。少年が来るのを待っている。
「おいで」
空の穴が照らす廊下から影が差すモールに入る。
影が支配するモール内は歩くのも困難だ。なのにいつも通り歩けるのは黒蝶による賜物だろう。
夜目が効いているので忌々しい赤い目もそれなりに役に立っている。
剥がれたタイルや落ちた電光灯を横切り、シルクハットを被った紳士がコーヒーを飲む絵の看板が掲げられた店に入った。
いつもはコーヒー店として営んでいるが、世紀末のような第4層ではそうした活気はない。
侘しい店内で先に寛いでいたのは光弥で、蝶男が来ると居心地の悪そうな薄ら笑いを浮かべながら「やあ」と片手を上げ挨拶する。
一人と一匹が足りない。奴らが来るまでの間、この3人に会話はない。蝶男は飄々とし、光弥は俯いて目を合わせようとしない。
暇だな、と徐に手を流したのは店のメニュー表だった。店内は錆びているのにメニュー表は真新しく、鏡文字で宣伝されているのは大きなデニッシュに大きなソフトクリームが乗った店の看板メニューだ。蜂蜜のシロップが「おいしいぞ」「甘いぞ」と出張してくる。
「食べたいかい?」
蝶男が問う。それに対し「別に」と素気なく返す。
「待たせてごめんねぇ」
明るく間延びした声で現れたのは清音。背中がパックリと空いて死んだ彼女はそんな事実がなかったかのように元気に歩いていた。
清音と目が合うと目を細め、満面の笑みを向けてくる。
「似合ってるね」
赤眼の少年が着ている制服のことを言っているのだろう。
暴力と罵倒を貰った側としては褒め言葉をもらえたとしても恐怖の感情しか湧いてこない。
1、2歩下がり、動悸を治めようとブラザー服の裾を握る。それでも動悸は激しくなるだけで冷や汗が止まらない。
蝶男が視界を遮るように前に立つ。清音の視線が途絶え、内心安心するものの、胸の動悸の激しさは変わらなかった。
遅れて現れた清音の両腕にはケイが抱かれいた。腕の中の黒猫は安心できる匂いに包まれ安らかな眠りについている。
「さっき落ち着いたところなの」
眠るケイを清音は母のような暖かさで見守っている。
「また洗脳したわけ?」
光弥の軽口に清音から暖かさは消え、冷たく氷の目で光弥を睨む。
「誤解する言い方はやめて。絆を深めたの」
清音の言い分に赤眼の少年は背筋に毛虫が走ったような耐え難い気持ち悪さがあった。
光弥が表現した言葉はあながち間違いじゃない。ケイの人格を否定し、視野を狭め、清音しか目に映さないようにし、清音によって縛られるようにした。
それを絆と言ってのけた清音が理解できなかった。
「それよりもこれからの話をしよう」
無駄話を切り替え、蝶男は話を仕切る。
蝶男・光弥・清音が会話しても内容は耳に入ったなかった。心臓の音がうるさくて聞こえない。怖い逃げたいと思う気持ちが強くなる。
「それでは、上で落ち合おう」
そう言って蝶男を締めくくると清音が不満そうに頬を膨らませた。
「もう行っちゃうの?」
「何事も迅速に行動すべきだよ」
納得していない清音だったが、蝶男の判断には逆らえない。
「わかったわ。行こ、光弥」
清音は光弥を連れ、赤眼の少年とすれ違いざまに「またね」と手を振る。
それに対して顔を伏せることしかできなかった。
「アカメ君は僕と一緒に行くんだよ」
何も聞いていなかった少年の為に蝶男が話してくれる。
店の奥へと入る蝶男を追う。激しい動悸の残穢がまだ少年の中で燻っていた。
「清音と光弥には第8層に行ってもらうことにした」
「あいつに会う為に?」
「そうだよ。順当にいけば第7から第8に移動している頃だ」
店のカウンターを向け、店員だけが入れるエリアへと踏み入れると暗さが増した。
「その後にハザマで合流だ」
赤子から成長し、少年の身体を手に入れ、それなりに自由に行動できるようになると関係のないと諦めていたものが手に入るだなと思えるようになる。
それが情報でも物でも、疑問だって質問すれば答えがもらえる。
「ハザマで何するの?何がしたいの?」
なので質問してみた。店の奥の廊下は光が差し込む隙間はなく、真っ暗な闇の中、蝶男はにっこりと笑う。
「輪廻の解放」
それだけしか答えてくれなかった。意味がわからない。
求めていた答えがもらえず、期待していた分、少年は落胆した。
蝶男は考えていることはわからない。
質問すれば答えてくれる。ただ、それ以上のことは話してくれない。話す必要はないと判断している。
赤目の少年も求める答えも漠然としているのでどんな質問をすればいいのかわからない。
店の際奥まで来る。スタッフの休憩室でやろうドアを開く。
「そろそろ、この子たちにも出番をやらないとね」
その暗闇の中でへ金色に光る眼がいくつも浮かび上がる。
牙の生えた彼らを見つめ、微笑む蝶男を見つめ、赤目の少年は俯くことしかできなかった。
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