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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
目覚めて夢の中 5
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遅れてやってきた蝶男はかつかつとわざとらしい音を鳴らし、自身の存在を知らしめながら階段を下る。
「黒猫君と話がしたかったんだ」
蝶男はそう言いながら階段を降りきり、壁際にぴったりとくっついた光弥を通り過ぎ、ケイの前に立つ。
「その刀のことや影弥のこと。話を聞きたいんだ」
女性の姿であっても奴が蝶男だとわかった。ケイは睨む。
ケイとの会話は期待していなかった。蝶男に対して強い憎悪を抱いているケイが奴に注視する状況を作りたかっただけだ。
お陰で足元に忍ぶスライム女子に気付かずに済んだ。
スライム女子はケイの両足を絡めとると一息に体勢を崩した。
地面に崩れたケイを変幻自在なスライム女子が覆い被さるように抑えつける。
動けなくなったケイの傍に清音が近寄る。
「でも、時間がない。本当に話を聞きたかったな」
地面に伏せたケイとスライム女子を股がり、波際で転がるカンダタに向かう。
目の前でケイが組み敷かれているのをカンダタは黙って見ていた。
清音の声は鼓膜から三半規管まで貫いていた。立とうとしても目眩で視界が回り、身体が回転したような感覚に陥っている。
聴覚も機能を失い、蝶男がケイに喋っていても内容がわからない。
蝶男の後ろに控えている赤眼の少年も冷たくカンダタと見下ろす。
それでも何度も手を地面につき、2本足で立とうとし、その度に失敗して黒い波の上で寝そべる。
何度目かの規律に失敗し、無様に転がるカンダタのもとで蝶男は膝をつく。
「これからみんなで現世に行くんだ。もちろん君も一緒に。準備も整っている」
カンダタには聞こえないだろうとわかっていながら蝶男は話しかける。
「でも、あの黒猫とはここでお別れだね」
蝶男を振り返り、清音が無力なケイから折れた刃を奪う。
その時まで清音は笑っていたが、ケイの衣服を剥がし、隠し持っていた刃を見た途端、勝ち誇った笑みが消え、瞠目する。
白い刃ではなく鉛色の刃だ。
「ない!どこに隠したの!」
清音が怒声を上げる短い間、蝶男は白い刃の行方を考える。
まさか、と結論がつく前にカンダタは立てないはいはずの足で立ち、蝶男の肩に掴みかかるとこちらへと向き直させた。そして、握っていた刃をいけすかない笑顔に振りかざした。光で煌めく刃の色は白であった。
白い刃が蝶男の右目を貫いた。
カンダタは刃を引き抜いて蝶男を押し倒す。その間でも奴は痛みでパニックになることなく、先ほど出た結論が正解だと知る。
清音たちが地上でケイと対峙する前に漂流場でカンダタ起こし、白い刃を託した。その後にダミーとなる刀を追って隠す。大池で光弥が誤認してしまったのは光の反射によるものだろう。
清音の黒蝶によって耳の機能が治ったのは自ら白い刃で首を切ったからだ。
こうなることを考慮すべきだった。厄介なことになった。
蝶男が後悔するのは珍しいが、表情としては現れない。右半分の視力が失っても彼は笑っていた。
カンダタは馬乗りに近い状態で左目を狙っていた。
「お父さん!」
赤眼の少年が口走り、振り上げた刃は静止する。
少年としては舌を噛んでも言いたくない言葉だ。その嫌悪を無視して蝶男が少年の喉から口までを操った。
あれは少年の意思ではないとカンダタは知らない。殺したくてたまらない蝶男を葬れるチャンスを忘れ、声のした方へと顔を上げる。
赤眼の少年は清音とケイの側に立っていた。清音は鉛色の刀でケイの心臓を指している。
垂直に立つ刃を清音は無慈悲にゆっくりと抜く。血が吹き出し、あふれる光の玉。
「猫には、わからない、猫にはわからなかった」
ケイは何か繰り返し呟く。
「ケイっ!」
カンダタが呼びかけても黒猫は現実に戻ってこず、多くの光が包まれ、そしてケイと共に消滅した。
ケイが消滅するまでカンダタは唖然とするしかなかった。
「君が責任を感じることはないよ」
蝶男は白い刃をカンダタから抜き取ろうと手首を握り、白い刃に触れる。指先がほんの少し触れただけでチリチリと焼かれる感覚がする。
やはり、代わりの者を使うしかなさそうだ。その為に蝶男は清音を呼ぶ。
清音も半ば口を開けて虚空を見つめていた。何度か呼びかけると我に返って立ち上がる。
カンダタは蝶男の右手を自身の右手で握り返し、捻る。手首を掴まされていた左手は自然と蝶男の手を離れ、赤い瞳が眼光強く蝶男を睨む。
「あんたの右手、左の大きさが違うな」
空洞になった片目がカンダタを見つめ返す。
蝶男の右手は左手よりも小さい。腕の線も細い。雛女子には右腕がなかった。
演劇部惨殺事件の時、蝶男はケイによって片腕を斬られた。後日、その腕が生えていた。彼女から腕をもぎ、自分のものに繋いだのだ。
わざわざそうしたのは白い刀で斬られた部位は通常の方法では直せないからだ。
ケイがカンダタを悪夢から覚ました時、似たようなことを言っていた。
説明といっても「必要になる」としか言わなかった。時間もなく、カンダタも目覚めたばかりで質問をする余裕はなかった。
大きさの違う両手を見たとき、ケイが言っていたことが理解できた。
通常の塊人は欠損するが、他のもので代替品はできる。蝶男の場合は斬っても殴っても欠損すらしない。その唯一の例外が白い刀だ。これは「蝶男専用武器」のだろう。
「そうだよ」
あっさりと認めた蝶男。
「でも、君にできることはないよね」
蝶男の左手がカンダタの胸に当てる。
「君の中にも黒蝶があるの忘れてないかい?」
項の疼きはいつの間にかなくなっていたが、まだカンダタの魂を蝕む虫がいるのは感じる。
「君がそれを持った時点で黒猫君の負けなんだよ」
目に焼き付いたケイの最後。カンダタは一度目を閉じ、呼吸を整える。
目を開いた後、赤眼の少年が視界に入る。少年はこれ以上憎いものはないとカンダタと同じ色の瞳で訴えてくる。
父と呼ばれたことに仄かな喜びがあった。冷静になった今では蝶男による細工だと気付く。
「俺たちの意思はまだある」
蝶男と目を合わせ、告げる。
「束の間の自由を楽しんでおくといい」
意志の有無すらも蝶男の手にあるものだとカンダタに告げるような言い方だ。
漂流の波が一気に引くと大きな波となってその場にいる者全員を巻き込んだ。
その風景にカンダタは驚き、蝶男は半開きになった口に指を2本突っ込んだ。指に挟まれていたものを飲み込まれ、否応なく胃に落ちる。
「これから現世だ。彼女に会えるといいね」
大波に飲まれながら上男が囁き、そしてカンダタは奴の手から離れた。
「黒猫君と話がしたかったんだ」
蝶男はそう言いながら階段を降りきり、壁際にぴったりとくっついた光弥を通り過ぎ、ケイの前に立つ。
「その刀のことや影弥のこと。話を聞きたいんだ」
女性の姿であっても奴が蝶男だとわかった。ケイは睨む。
ケイとの会話は期待していなかった。蝶男に対して強い憎悪を抱いているケイが奴に注視する状況を作りたかっただけだ。
お陰で足元に忍ぶスライム女子に気付かずに済んだ。
スライム女子はケイの両足を絡めとると一息に体勢を崩した。
地面に崩れたケイを変幻自在なスライム女子が覆い被さるように抑えつける。
動けなくなったケイの傍に清音が近寄る。
「でも、時間がない。本当に話を聞きたかったな」
地面に伏せたケイとスライム女子を股がり、波際で転がるカンダタに向かう。
目の前でケイが組み敷かれているのをカンダタは黙って見ていた。
清音の声は鼓膜から三半規管まで貫いていた。立とうとしても目眩で視界が回り、身体が回転したような感覚に陥っている。
聴覚も機能を失い、蝶男がケイに喋っていても内容がわからない。
蝶男の後ろに控えている赤眼の少年も冷たくカンダタと見下ろす。
それでも何度も手を地面につき、2本足で立とうとし、その度に失敗して黒い波の上で寝そべる。
何度目かの規律に失敗し、無様に転がるカンダタのもとで蝶男は膝をつく。
「これからみんなで現世に行くんだ。もちろん君も一緒に。準備も整っている」
カンダタには聞こえないだろうとわかっていながら蝶男は話しかける。
「でも、あの黒猫とはここでお別れだね」
蝶男を振り返り、清音が無力なケイから折れた刃を奪う。
その時まで清音は笑っていたが、ケイの衣服を剥がし、隠し持っていた刃を見た途端、勝ち誇った笑みが消え、瞠目する。
白い刃ではなく鉛色の刃だ。
「ない!どこに隠したの!」
清音が怒声を上げる短い間、蝶男は白い刃の行方を考える。
まさか、と結論がつく前にカンダタは立てないはいはずの足で立ち、蝶男の肩に掴みかかるとこちらへと向き直させた。そして、握っていた刃をいけすかない笑顔に振りかざした。光で煌めく刃の色は白であった。
白い刃が蝶男の右目を貫いた。
カンダタは刃を引き抜いて蝶男を押し倒す。その間でも奴は痛みでパニックになることなく、先ほど出た結論が正解だと知る。
清音たちが地上でケイと対峙する前に漂流場でカンダタ起こし、白い刃を託した。その後にダミーとなる刀を追って隠す。大池で光弥が誤認してしまったのは光の反射によるものだろう。
清音の黒蝶によって耳の機能が治ったのは自ら白い刃で首を切ったからだ。
こうなることを考慮すべきだった。厄介なことになった。
蝶男が後悔するのは珍しいが、表情としては現れない。右半分の視力が失っても彼は笑っていた。
カンダタは馬乗りに近い状態で左目を狙っていた。
「お父さん!」
赤眼の少年が口走り、振り上げた刃は静止する。
少年としては舌を噛んでも言いたくない言葉だ。その嫌悪を無視して蝶男が少年の喉から口までを操った。
あれは少年の意思ではないとカンダタは知らない。殺したくてたまらない蝶男を葬れるチャンスを忘れ、声のした方へと顔を上げる。
赤眼の少年は清音とケイの側に立っていた。清音は鉛色の刀でケイの心臓を指している。
垂直に立つ刃を清音は無慈悲にゆっくりと抜く。血が吹き出し、あふれる光の玉。
「猫には、わからない、猫にはわからなかった」
ケイは何か繰り返し呟く。
「ケイっ!」
カンダタが呼びかけても黒猫は現実に戻ってこず、多くの光が包まれ、そしてケイと共に消滅した。
ケイが消滅するまでカンダタは唖然とするしかなかった。
「君が責任を感じることはないよ」
蝶男は白い刃をカンダタから抜き取ろうと手首を握り、白い刃に触れる。指先がほんの少し触れただけでチリチリと焼かれる感覚がする。
やはり、代わりの者を使うしかなさそうだ。その為に蝶男は清音を呼ぶ。
清音も半ば口を開けて虚空を見つめていた。何度か呼びかけると我に返って立ち上がる。
カンダタは蝶男の右手を自身の右手で握り返し、捻る。手首を掴まされていた左手は自然と蝶男の手を離れ、赤い瞳が眼光強く蝶男を睨む。
「あんたの右手、左の大きさが違うな」
空洞になった片目がカンダタを見つめ返す。
蝶男の右手は左手よりも小さい。腕の線も細い。雛女子には右腕がなかった。
演劇部惨殺事件の時、蝶男はケイによって片腕を斬られた。後日、その腕が生えていた。彼女から腕をもぎ、自分のものに繋いだのだ。
わざわざそうしたのは白い刀で斬られた部位は通常の方法では直せないからだ。
ケイがカンダタを悪夢から覚ました時、似たようなことを言っていた。
説明といっても「必要になる」としか言わなかった。時間もなく、カンダタも目覚めたばかりで質問をする余裕はなかった。
大きさの違う両手を見たとき、ケイが言っていたことが理解できた。
通常の塊人は欠損するが、他のもので代替品はできる。蝶男の場合は斬っても殴っても欠損すらしない。その唯一の例外が白い刀だ。これは「蝶男専用武器」のだろう。
「そうだよ」
あっさりと認めた蝶男。
「でも、君にできることはないよね」
蝶男の左手がカンダタの胸に当てる。
「君の中にも黒蝶があるの忘れてないかい?」
項の疼きはいつの間にかなくなっていたが、まだカンダタの魂を蝕む虫がいるのは感じる。
「君がそれを持った時点で黒猫君の負けなんだよ」
目に焼き付いたケイの最後。カンダタは一度目を閉じ、呼吸を整える。
目を開いた後、赤眼の少年が視界に入る。少年はこれ以上憎いものはないとカンダタと同じ色の瞳で訴えてくる。
父と呼ばれたことに仄かな喜びがあった。冷静になった今では蝶男による細工だと気付く。
「俺たちの意思はまだある」
蝶男と目を合わせ、告げる。
「束の間の自由を楽しんでおくといい」
意志の有無すらも蝶男の手にあるものだとカンダタに告げるような言い方だ。
漂流の波が一気に引くと大きな波となってその場にいる者全員を巻き込んだ。
その風景にカンダタは驚き、蝶男は半開きになった口に指を2本突っ込んだ。指に挟まれていたものを飲み込まれ、否応なく胃に落ちる。
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