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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
目覚めて夢の中 6
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花瓶を逆さまにする。時が止まって淀んだ水が排水口に流れていくを無心で眺めた。
私もあの排水口に落ちたい。
全ての水が流れ落ちた後、空洞になった心に浮かぶ気持ちはいつも決まっていた。
花瓶の中の水はどこにも流れない。止まって濁り、腐る。それが今の私のようで、排水口に流れる水でさえも羨ましくなる。
そういった考えはいけないと私は頭(かぶり)を振った。
花瓶に新しい水を入れ、新しい花を差す。
秋の季節は足速に過ぎ、11月が迫ると冬の気温に近くなる。
冬が近くなると憂鬱さが増す。10年の時間、鬱とは長い付き合いになる。親友だと言い切れてしまうほどに。
その親友がこの時期になると私の首を強く絞めてくる。
もう1年、重ねたぞ、この1年間変化はあったのか、お前は何をしていたのか、と絞めてくる。
それは悪夢となって現れる時もあるし、バスの待ち時間に幻聴として聞こえることもある。
楽になれる方法は知っている。元夫のように捨てればいい。愛しく眠った息子を諦めればいい。
息子の光(ひかる)が不慮の事故に遭い、植物状態となって10年が経った。
身体・脳に異常はなく、医師も原因不明としか判断できなかった。
どこにも異常がないならいつ目が覚めてもいい。
光が目を覚ました時、誰もいなかったら? 10年経ち、その孤独に泣いていたら?
身体は15歳でも年齢は5歳のままだ。そんな時、母親がいなかったら寂しいではないか。
そんな思いで10年、私は病院通いをしている。
8年間は夫も同じ気持ちだった。
それが少しずつ、ほんの少しずつが重なってきた。圧迫する入院費、夫婦としてのすれ違い。増えていく口喧嘩、終いには夫の浮気だ。夫が私よりも早く限界を迎えた。
2年前に離婚した。それから昼は清掃員、夜はスナックで働き、時間がある限り光と過ごす。この後もスナックの仕事がある。
身体はこの日常に慣れたが、心は次第にすり減っていくの日々感じている。
光が目覚める前に私が終わるかもしれない。
でも、そうすれば眠ったままの光が本当の意味で独りになる。入院費だって払う人もいない。私しかいないのだ。
面会時間が終わる。病院を去る前に朗読をしたい。
この前は「銀河鉄道の夜」を読み聞かせた。今回、図書館から帰ってきたのは「星の王子さま」だ。星空が好きな光にぴったりの作品だ。
夜が深くなるこの季節は黄昏時も早く訪れる。昨夜から続く雨は止む気配はなく、寒さも厳しくなる。
廊下を歩いていると病室は照明がついていないことに気付く。看護師がつけ忘れてしまったのだろう。
暗いと眠れないぐずる5歳の光を思い出す。暗いままにしてもあの子は目覚めてくれない。
そう悟ったのも遠い記憶だ。でも、どうしても、もしかしたら、と考えが捨てられない。
一抹の期待を抱きながら息子が眠る病室の引き戸を開ける。
夜色が近づいたオレンジが窓越しに映る。窓際にはベッドがある。そのベッドが不自然なほどに盛り上がっていた。
起き上がっているというより蹲っている。照明が点いていないから影しかわからない。
この異変から出る結論は1つだ。
「光?光っ目が覚めたのね!」
声を上げ、興奮しながら照明のスイッチを探す。
両手に持っていた花瓶なんて忘れ、新しい水と新しい花が床に散り、ばら蒔かれも気にならない。
照明のスイッチを叩き、蛍光灯によって黄昏時の闇が消え去った。
明るくなった病室。ベッドには光が入るはずだった。
そこにいるはずの息子はいなく、存在しないものが代わりにいた。雪よりも白い肌の怪物が大きな口を開いて飛んでくる。私は悲鳴をあげる間もなく、噛み殺された。
私もあの排水口に落ちたい。
全ての水が流れ落ちた後、空洞になった心に浮かぶ気持ちはいつも決まっていた。
花瓶の中の水はどこにも流れない。止まって濁り、腐る。それが今の私のようで、排水口に流れる水でさえも羨ましくなる。
そういった考えはいけないと私は頭(かぶり)を振った。
花瓶に新しい水を入れ、新しい花を差す。
秋の季節は足速に過ぎ、11月が迫ると冬の気温に近くなる。
冬が近くなると憂鬱さが増す。10年の時間、鬱とは長い付き合いになる。親友だと言い切れてしまうほどに。
その親友がこの時期になると私の首を強く絞めてくる。
もう1年、重ねたぞ、この1年間変化はあったのか、お前は何をしていたのか、と絞めてくる。
それは悪夢となって現れる時もあるし、バスの待ち時間に幻聴として聞こえることもある。
楽になれる方法は知っている。元夫のように捨てればいい。愛しく眠った息子を諦めればいい。
息子の光(ひかる)が不慮の事故に遭い、植物状態となって10年が経った。
身体・脳に異常はなく、医師も原因不明としか判断できなかった。
どこにも異常がないならいつ目が覚めてもいい。
光が目を覚ました時、誰もいなかったら? 10年経ち、その孤独に泣いていたら?
身体は15歳でも年齢は5歳のままだ。そんな時、母親がいなかったら寂しいではないか。
そんな思いで10年、私は病院通いをしている。
8年間は夫も同じ気持ちだった。
それが少しずつ、ほんの少しずつが重なってきた。圧迫する入院費、夫婦としてのすれ違い。増えていく口喧嘩、終いには夫の浮気だ。夫が私よりも早く限界を迎えた。
2年前に離婚した。それから昼は清掃員、夜はスナックで働き、時間がある限り光と過ごす。この後もスナックの仕事がある。
身体はこの日常に慣れたが、心は次第にすり減っていくの日々感じている。
光が目覚める前に私が終わるかもしれない。
でも、そうすれば眠ったままの光が本当の意味で独りになる。入院費だって払う人もいない。私しかいないのだ。
面会時間が終わる。病院を去る前に朗読をしたい。
この前は「銀河鉄道の夜」を読み聞かせた。今回、図書館から帰ってきたのは「星の王子さま」だ。星空が好きな光にぴったりの作品だ。
夜が深くなるこの季節は黄昏時も早く訪れる。昨夜から続く雨は止む気配はなく、寒さも厳しくなる。
廊下を歩いていると病室は照明がついていないことに気付く。看護師がつけ忘れてしまったのだろう。
暗いと眠れないぐずる5歳の光を思い出す。暗いままにしてもあの子は目覚めてくれない。
そう悟ったのも遠い記憶だ。でも、どうしても、もしかしたら、と考えが捨てられない。
一抹の期待を抱きながら息子が眠る病室の引き戸を開ける。
夜色が近づいたオレンジが窓越しに映る。窓際にはベッドがある。そのベッドが不自然なほどに盛り上がっていた。
起き上がっているというより蹲っている。照明が点いていないから影しかわからない。
この異変から出る結論は1つだ。
「光?光っ目が覚めたのね!」
声を上げ、興奮しながら照明のスイッチを探す。
両手に持っていた花瓶なんて忘れ、新しい水と新しい花が床に散り、ばら蒔かれも気にならない。
照明のスイッチを叩き、蛍光灯によって黄昏時の闇が消え去った。
明るくなった病室。ベッドには光が入るはずだった。
そこにいるはずの息子はいなく、存在しないものが代わりにいた。雪よりも白い肌の怪物が大きな口を開いて飛んでくる。私は悲鳴をあげる間もなく、噛み殺された。
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