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6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
蜘蛛喰い蝶の罠 1
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胃が重い。項が痒い。
すれ違う人々は駅の騒動を話題に出し、驚き、恐怖し、盛り上がっている。
カンダタは無意識に親指を咥えて噛んでいた。
道端に目を向ければカンダタの腹を割いて内臓を抉り出すカンダタがいる。カンダタはその幻に目を逸らす。
時間が経つにつれ、幻の数が増えている。
親指に痛みが走り、そこで自分が噛んでいることに気付いた。
口から離し、涎塗れの親指を袖に拭う。
駅から走ってきたが、次第に胃が重くなっている。鉛を飲まされたような感覚がする。
漂流場で蝶男に何か飲まされた。黒蝶の幼虫だろうか。居座っているであろう腹部を摩る。
腹を割いて中のものを取り除けないだろうか。丁度、白い刃もある。
それどころではない、学校へ急げと心の底で囁く。
そうだ、急がなければ。清音が学校であの声を出せば、どうなるか、あの駅で見たばかりだ。
ありもしない正義感が湧き、重くなった足が速くなる。
甘い匂いの見学の無視し、学校に着いた。
瑠璃たちが通う学校は正面門を通れば校庭がある。平日の午後はほとんどの生徒が授業を受けている。静かに口を閉じ、教師の話と黒板に集中する。
雨の日に外で授業をするはずがなく、校庭の中央にぽつりと立つ黒い影と対峙する。
蝶男が持っているのは左腕だけの部位。瑠璃から奪ったものだろう。カンダタが刺した右目は直さずに空洞となっていた。
「またここで再会したね。覚えてるかな」
中央で立つ蝶男が話しかけてくる。
カンダタは会話をするつもりはなく、校庭の中央から地上のものへと視線を移す。
蝶化した巨大な清音は座禅を組み、沈黙を続けている。
「彼女はたくさん協力してくれたよ」
カンダタの視線が清音に目が行くと蝶男も見上げて話す。
「実験を兼ねていてね。細工した黒蝶は面白い結果を残してくれたよ。元の人格を残したまま少しずつ、いろんなものを混ぜていたら記憶が混在し、感情のコントロールも難しくなった。終いには悩む知能もなくなった」
「それで、その実験成果は将来の役に立つのか?」
学者気取りの蝶男は微笑みを変えなかった。カンダタの嫌味にも答えない。
白い刃を懐から取り出し、蝶男にみせびらかすより突き出す。
「取引だ。白い刃と瑠璃の左腕を交換しろ」
語気を強めて言い放っても蝶男にカンダタの覇気は伝わらず、目線がゆったりとカンダタへと下りる。
「意外だね。息子じゃなくていいのかい」
奴の口から息子ともらえただけで全身が沸騰し、握った拳が熱くなる。
「左腕を取り戻してどうするつもりだい?それよりも自分のかわいいのかい?そういえば紅柘榴のことも知りたがっていたね。それもいらないのかい?君にとっては全て過去のもので、大切なものは今」
現世にいるカンダタには雨粒が当たらない。なのに冷たく痛い雨粒が体中を刺してくるようだった。
饒舌に責める言葉を並べながらカンダタを観察するも表情、しぐさに変化はない。
「左腕ではなく息子を返す。それでいいだろう?」
取引の条件を変えたとしても拒絶する。
「俺にも俺の子にも黒蝶がある。応じたとしてもお前の呪縛から逃げられない」
「左腕を選んだとしても同じだろう」
雨足が速くなった。厚い雲は暗くさせ、校庭に落ちる影を薄く同化させる。
あの幻覚が幾つも増え、カンダタを囲む。内から蝕んでいる。胃の重みも項の疼きもある。身体が黒蝶によって侵食されているのを感じる。このまま放置すれば清音のように狂った傀儡になる。
「わかるだろう。取引しても意味がない。全ては僕の内にある。なら、人格があるうちに息子と再会してもいいだろう」
手を差し出す蝶男にカンダタは沈黙で答える。
「酷い人だ。自分の子を見捨てるとは」
握った拳から血がにじみ出る。叫びたい感情を押し殺し、代わりに言葉を吐き捨てる。
「意味がないことがわかりきっている。俺は、お前と取引するつもりはないんだから」
言い終わると同時に駆け出す。
足元に潜み、機会を伺い近づいていたスライム女子がカンダタの足首を逃し、宙を掻く。
水溜り擬態したスライムが近寄っていたことにカンダタは気付いていた。捕まえようと姿を現すのを待っていたのだ。一度逃しただけでは彼女は諦めないだろう。
スライムは脚が遅い。カンダタには追いつかない。
白い刃を握り、食い込んだ指から出た血が刃を伝う。土砂降りの地面に落ちて消える。
白い刃が近づいても蝶男は立ったまま微動だにしなかった。カンダタが狙うのは瑠璃の左腕だ。
5歩ほど離れたところで白い刃を蝶男に向けて投げた。切り札とも言える白い刃をまさか手放してくるとは蝶男も考えていなかった。
一歩退くも退避するのが遅く、右腕の関節を刺す。たったそれだけなのに蝶男の身体は右側に傾いた。
カンダタは左側に行くと奴が待っている瑠璃の左腕に手を伸ばす。走りながら彼女の左手をしっかり掴むと自身の方へと引っ張ると左腕を横書きに抱えながら蝶男に背を向けないよう踵を半回転させ、後ろ向きで後退する。
取り返した左腕を見て瞠目する。
爪の形が丸い。瑠璃は細長い爪をしている。これは別の人のものだ。
蝶男を睨めばば奴は微笑浮かべていた。
すれ違う人々は駅の騒動を話題に出し、驚き、恐怖し、盛り上がっている。
カンダタは無意識に親指を咥えて噛んでいた。
道端に目を向ければカンダタの腹を割いて内臓を抉り出すカンダタがいる。カンダタはその幻に目を逸らす。
時間が経つにつれ、幻の数が増えている。
親指に痛みが走り、そこで自分が噛んでいることに気付いた。
口から離し、涎塗れの親指を袖に拭う。
駅から走ってきたが、次第に胃が重くなっている。鉛を飲まされたような感覚がする。
漂流場で蝶男に何か飲まされた。黒蝶の幼虫だろうか。居座っているであろう腹部を摩る。
腹を割いて中のものを取り除けないだろうか。丁度、白い刃もある。
それどころではない、学校へ急げと心の底で囁く。
そうだ、急がなければ。清音が学校であの声を出せば、どうなるか、あの駅で見たばかりだ。
ありもしない正義感が湧き、重くなった足が速くなる。
甘い匂いの見学の無視し、学校に着いた。
瑠璃たちが通う学校は正面門を通れば校庭がある。平日の午後はほとんどの生徒が授業を受けている。静かに口を閉じ、教師の話と黒板に集中する。
雨の日に外で授業をするはずがなく、校庭の中央にぽつりと立つ黒い影と対峙する。
蝶男が持っているのは左腕だけの部位。瑠璃から奪ったものだろう。カンダタが刺した右目は直さずに空洞となっていた。
「またここで再会したね。覚えてるかな」
中央で立つ蝶男が話しかけてくる。
カンダタは会話をするつもりはなく、校庭の中央から地上のものへと視線を移す。
蝶化した巨大な清音は座禅を組み、沈黙を続けている。
「彼女はたくさん協力してくれたよ」
カンダタの視線が清音に目が行くと蝶男も見上げて話す。
「実験を兼ねていてね。細工した黒蝶は面白い結果を残してくれたよ。元の人格を残したまま少しずつ、いろんなものを混ぜていたら記憶が混在し、感情のコントロールも難しくなった。終いには悩む知能もなくなった」
「それで、その実験成果は将来の役に立つのか?」
学者気取りの蝶男は微笑みを変えなかった。カンダタの嫌味にも答えない。
白い刃を懐から取り出し、蝶男にみせびらかすより突き出す。
「取引だ。白い刃と瑠璃の左腕を交換しろ」
語気を強めて言い放っても蝶男にカンダタの覇気は伝わらず、目線がゆったりとカンダタへと下りる。
「意外だね。息子じゃなくていいのかい」
奴の口から息子ともらえただけで全身が沸騰し、握った拳が熱くなる。
「左腕を取り戻してどうするつもりだい?それよりも自分のかわいいのかい?そういえば紅柘榴のことも知りたがっていたね。それもいらないのかい?君にとっては全て過去のもので、大切なものは今」
現世にいるカンダタには雨粒が当たらない。なのに冷たく痛い雨粒が体中を刺してくるようだった。
饒舌に責める言葉を並べながらカンダタを観察するも表情、しぐさに変化はない。
「左腕ではなく息子を返す。それでいいだろう?」
取引の条件を変えたとしても拒絶する。
「俺にも俺の子にも黒蝶がある。応じたとしてもお前の呪縛から逃げられない」
「左腕を選んだとしても同じだろう」
雨足が速くなった。厚い雲は暗くさせ、校庭に落ちる影を薄く同化させる。
あの幻覚が幾つも増え、カンダタを囲む。内から蝕んでいる。胃の重みも項の疼きもある。身体が黒蝶によって侵食されているのを感じる。このまま放置すれば清音のように狂った傀儡になる。
「わかるだろう。取引しても意味がない。全ては僕の内にある。なら、人格があるうちに息子と再会してもいいだろう」
手を差し出す蝶男にカンダタは沈黙で答える。
「酷い人だ。自分の子を見捨てるとは」
握った拳から血がにじみ出る。叫びたい感情を押し殺し、代わりに言葉を吐き捨てる。
「意味がないことがわかりきっている。俺は、お前と取引するつもりはないんだから」
言い終わると同時に駆け出す。
足元に潜み、機会を伺い近づいていたスライム女子がカンダタの足首を逃し、宙を掻く。
水溜り擬態したスライムが近寄っていたことにカンダタは気付いていた。捕まえようと姿を現すのを待っていたのだ。一度逃しただけでは彼女は諦めないだろう。
スライムは脚が遅い。カンダタには追いつかない。
白い刃を握り、食い込んだ指から出た血が刃を伝う。土砂降りの地面に落ちて消える。
白い刃が近づいても蝶男は立ったまま微動だにしなかった。カンダタが狙うのは瑠璃の左腕だ。
5歩ほど離れたところで白い刃を蝶男に向けて投げた。切り札とも言える白い刃をまさか手放してくるとは蝶男も考えていなかった。
一歩退くも退避するのが遅く、右腕の関節を刺す。たったそれだけなのに蝶男の身体は右側に傾いた。
カンダタは左側に行くと奴が待っている瑠璃の左腕に手を伸ばす。走りながら彼女の左手をしっかり掴むと自身の方へと引っ張ると左腕を横書きに抱えながら蝶男に背を向けないよう踵を半回転させ、後ろ向きで後退する。
取り返した左腕を見て瞠目する。
爪の形が丸い。瑠璃は細長い爪をしている。これは別の人のものだ。
蝶男を睨めばば奴は微笑浮かべていた。
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