571 / 644
6章 盤上の外で蜘蛛喰い蝶は笑う
目覚めて夢の中 12
しおりを挟む電車は揺り籠のようだと電車の中で揺らされる度に思う。
疲れているときは尚更、ベビーカーに乗っているの子供も静かに寝ている。安らいだ心地になって目蓋が下がり、意識は沈みかけて、そしてスマホのバイブ振動で現実に戻る。
スカートからスマホを取り出すと夫からのメッセージが届いている。
昨夜の口論になったことを謝りつつ、今夜も飲み会で遅くなると文章で伝えている。
私の思いは何も伝わってない。
スマホを投げつけたくなる程の怒りはとうに過ぎて今はただ虚しい。
自分の息子だ。子育ても楽しい。夫もよく働いているし休日は家事も育児もやっている。
生活に苦はないはずなのに孤独だと思ってしまう時もある。
さっきもそうだった。
電車に乗ろうとした時だった。ベビーカーは多くのスペースを奪う悪だと認識している利用客に舌打ちされた。
仕方がない、と割り切られたらいいのに器用な心を私は持っていない。
赤子が目を覚ましてぐずる。大泣きしてしまう前にベビーカーの正面に回り、しゃがむ。
目を覚ましたらすぐに大声で泣き出す。狭い電車では悪目立ちして周囲の邪険に扱う目が恐くなる。
その時だけ子供が泣かずに首を傾げていた。愛らしい表情にほっとして綻ぶ。
母は私が目の前にいるのに赤子の目線は私の後ろにいっているようだった。
振り向けばフードをかぶった少女がいた。
フードからブロンドの髪がはみ出ている。左腕は骨折しているのか三角巾を首に巻いて腕を吊っているからパーカーの袖が通せないので左側だけ肩にかけている。顔は隠れて見えないけど、10代後半だろう。
その年齢の子は学校の時間のはずだ。
金髪で怪我もしている不良少女。そんな子はあまり近寄って欲しくない。
不良少女と目を合わせないように立ち上がる。車内でアナウンスが入り、降りる駅を告げている。
車窓からは私が通っていた母校が見える。数ヶ月前、母校では演劇部の生徒になった事件があったそうだ。真相は不明、犯人も捕まっていない。最近では生き残った4人の女子生徒も行方不明となり、またニュース番組のネタとなっている。
少し離れた所にも大型病院があって、停電と謎の集団睡眠障害がという例のない怪事件に昨夜から人々は釘つけになっている。停電と共に病院内にいた全ての人が同時に睡眠障害を起こし、未だに目を覚ましていない。病院は閉鎖され、千人近い数が隔離病棟に移されたらしい。
SNSでは政府の実験やらエイリアン侵略やらと根拠のない憶測が面白おかしく飛び交っているのを見かけるが、身の回りで得体の知れない怪事件も起きた私としては不安要素しかない。
それでなくても育児で忙しく、他のものを考えたくない。
電車が止まり、ドアが開く。反対側のホームも電車がくるようでアナウンスが入っている。ホームは降りる人と乗る人と待つ人が自然と混在するようになる。
邪魔になるベビーカーが密集した人の中を通るのは毎回申し訳なくなる。
電車の到着を知らせるサイレンが頭上で鳴る。
「耳を塞いで!」
私の斜め後ろにいた不良少女が叫んだ。驚き、立ち止まると同時にどこからか少女の「ご安心して死んでください」と消えそうな囁き声が聞こえた。
ふわりと頭が浮いたような感覚がして身体を支える脚が揺れた。
ベビーカーを悪とする周囲の人々が舌打ちをしてくる。「邪魔だ」と言ってくる。夫にも何度も謝られた。そういう気持ちにさせてしまったのが辛い。
邪険にされ、謝罪させてしまっているこんな自分が生きていて良いはずがない。
線路に降りたい。重荷から楽になりたい。私がいなくなれば皆んなが幸せになる。
ベビーカーのタイヤが点字ブロックに乗り、中の子供が声を出して泣く。子供までも私はダメな母親だと泣いている。
点字ブロックの凹凸を踏み、線路が見える。
線路に飛ぼうとする私の横腹をタックルされた。私はホームの硬い床に転がり、頭を強く打つと浮いていたような眩暈が治まった。
タックルしてきたのはパーカーの不良少女だった。唇が歪んでいるのは怪我をした左腕で私に当たってきたからだろう。
ベビーカーは無事だったけど子供が泣いている。
先程までの行動が上だった。急ぎ、子供を抱き上げ、「ごめんね、ごめんね」を繰り返す。
子育ては孤独だし、虚しくなる時もある。でも、子供は可愛いし、夫も働きながら支えてくれている。義両親も気にかけて遠方から手伝いに来る時もある。死にたいなんて恐ろしい考えたを持ったことなかった。
急に湧いて出た自殺願望に背筋が凍り、冷えた頭は周囲を冷静に捉えた。
反対側ホームの電車の先頭が血飛沫で染まっている。停止寸前の電車に飛び込み自殺を人たちの血だろう。
ホームには私みたいに冷静に戻った人もいれば、中途半端な自殺行為に苦しむ人もいた。その光景に吐き気がして口を押さえる。
「わかってる。今は静かにして」
その独り言は不良少女から聞こえた。
左腕を摩っている。私にタックルしたせいだ。
「ごめんなさい!腕は?大丈夫?ごめんなさい、私が馬鹿なこと考えたから」
子供を抱いたまま、不良少女に寄り添い、屈んで顔色を伺う。
パーカーのフードで隠れていた瑠璃色の瞳と目があった。カラーコンタクトじゃない。ブロンドの髪は地毛なのだと知る。
私の浅はかな偏見で彼女の人格を決めつけていた。
「気にしないで」
「だって腕が、痛むでしょう?」
「痛みはないから」
心配し、取り乱す私とは違い、彼女の態度は素っ気ない。
「地下に逃げて。そこなら清音の、あれの声は届かないから」
そう言いながら立ち上がり、彼女は改札のほうへと走っていく。
ありがとう言い忘れたと気付くのは彼女の姿がなくなってからだ。
突発的に起こった集団自殺のせいで人々たちはパニックになり、駅を出るところが改札を通るのも時間がかかった。
あたしは人混みを押しのけ、やっと駅から抜け出す。
秋の雨は冷たく痛い。鬱陶しい雨に舌打ちがでて、口癖になった最悪だと呟く。
青いロベリアの花冠に乗った清音はすでにいなくなり、白い隣人は声を上げて責める。
「行き先はわかってるわ」
それでも不満があるみたいで眉間の皺が寄っている。
まだまだ文句あり下の白い隣人を放置して、雨でも構わずあたしは走った。向かう先は学校だ。
0
あなたにおすすめの小説
合成師
盾乃あに
ファンタジー
里見瑠夏32歳は仕事をクビになって、やけ酒を飲んでいた。ビールが切れるとコンビニに買いに行く、帰り道でゴブリンを倒して覚醒に気付くとギルドで登録し、夢の探索者になる。自分の合成師というレアジョブは生産職だろうと初心者ダンジョンに向かう。
そのうち合成師の本領発揮し、うまいこと立ち回ったり、パーティーメンバーなどとともに成長していく物語だ。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる