581 / 644
7章 赤い珠が映す空想未来
白い鬼、幼い記憶 6
しおりを挟む
物心ついた時には塀の中にいた。
外に出たことがあるかと蝶男に聞いてみたら、酷く乳母さんに怒られた。塀の外から来た乳母さんは塀の中を極楽だと言う。
殺人や飢え、強盗、暴力。子供の私たちはすぐに死ぬのだと。
乳母さんは熱心に語っていたが、私はそれを真に受けていなかった。塀の中に入る侵入者たちは呆気なく私に排除される。そんな奴らに殺されるわけがないし、ご飯はないと困るけど、乳母さんが言う恐ろしさは感じられなかった。
怖いものはないどんな奴だってやっつけるのだと言ってみたら形相を変えてまた怒られた。
どうやら塀の外に出るのだと受け取ったみたいで散々怒られた後、押し入れに閉じ込められ、夕餉を抜きにされた。
その時は兄がおにぎりをこっそり持ってきて、私は泣きながら食べた。
乳母さんと違って兄は今の生活に不満があるようだった。
歪なおにぎりを食べながら泣いた跡が残る顔で兄の話を聞く。
「面白くないんだよ。色々と」
苛立っていたが、私の顔を見ると面白そうに笑って口周りの米粒をとってくれた。
「この歳になっても塀の中しか知らないのが面白くないし、子供扱いされるのが面白くないし、紅柘榴に守られるのも面白くない」
「嫌なの」
私が原因だとしたら直したいけど、侵入者を退治しないと兄たちは守れない。どうすれば良いのだろう。
悩む私に兄は「お前が悪いわけじゃない」と言ってくれた。
「ここはご飯もあるし、物も盗まれないし、確かに極楽だよ。でもな」
頬張る私の顔を見て笑うと頭を撫でた。
「ここはさ、時が止まってる気がするんだ。外では嫌なこともあるけど、それに応用して生きていくんだ。俺たちは時代に置いていかれている気がする」
兄の言っている事はよくわからない。時代と言ってもわからないし、外の嫌なこともわからないし、それに対して焦りもない。
「外にいた時はあるの」
私の拙い質問に兄は「あるよ」と自慢げに答えた。
兄は私よりも一回りも歳が違う。私が赤ん坊だった時、兄は七歳だったと聞く。
「春の時期になると梅が咲いて」
「お花なの、お花ならお庭にいっぱい咲いてるよ」
おにぎりを食べ終えて自由になった口と舌は兄の話を遮った。それに対して兄は優しく笑うと私の頭を引き寄せて自身の膝の上に乗せた。
二人が押し入れの中に入ると狭く感じる。昔はずっと広く感じていたのに、内緒話をするように声を小さくしても大きく聞こえてしまう。
「枯れない花は飽きたよ。それに塀の中には木に咲く花はないだろう」
「木ってあの木、葉が生える木のこと」
「うん、葉の色以外のものが生えるよ。桃色よりも赤くて小さい花。それがいっぱいに咲いてるんだ」
木にいっぱい生えると言う花を想像してみる。口で説明されても見たことがないものを思い浮かべるのは難しい。
「見てみたいかい」
兄の問いかけに私はうんともいいえとも言えなかった。
見たことがないものをみたいとは思わなかった。でも乳母さんと兄が行くなら一緒に行きたい。
「外に出てみたいかい」
内容を変えて問いを重ねる。
それにも私は答えられなかった。
私は塀の中しか知らない。乳母さんに外の恐ろしさを聞かされても兄から外の思いで話をされても想像すらできないものに魅力も恐怖もなかった。
塀の中に不満も不安もなかった。乳母さんに怒られた時は兄が慰めてくれるし、兄が意地悪な時は乳母さんが優しくなる。
時々現れる蝶男は好きになれないし、離れのお泊まりはうんざりするけど、楽しい日は多いと思う。
「今はさ、まだ無理だけどいつかは塀の外に行くんだ」
だから、兄の決意に私の心は大きく揺らいだ。
いつまでも続くと思っていた日々が、いつまでも一緒にいると思っていた人が変化してしまう。乳母さんの話よりも侵入者よりも兄の決意が怖かった。
「紅柘榴も連れて行くよ」
この変化が何よりも怖い。
私の心境を悟ったのか兄は安心させるように話題を変える。
「そうだ明日は蹴鞠で遊ぼうか。最近してなかっただろ」
兄が私を元気付けようとしているのがわかったし、蹴鞠は好きだ。だから元気よく頷いた。
外に出たことがあるかと蝶男に聞いてみたら、酷く乳母さんに怒られた。塀の外から来た乳母さんは塀の中を極楽だと言う。
殺人や飢え、強盗、暴力。子供の私たちはすぐに死ぬのだと。
乳母さんは熱心に語っていたが、私はそれを真に受けていなかった。塀の中に入る侵入者たちは呆気なく私に排除される。そんな奴らに殺されるわけがないし、ご飯はないと困るけど、乳母さんが言う恐ろしさは感じられなかった。
怖いものはないどんな奴だってやっつけるのだと言ってみたら形相を変えてまた怒られた。
どうやら塀の外に出るのだと受け取ったみたいで散々怒られた後、押し入れに閉じ込められ、夕餉を抜きにされた。
その時は兄がおにぎりをこっそり持ってきて、私は泣きながら食べた。
乳母さんと違って兄は今の生活に不満があるようだった。
歪なおにぎりを食べながら泣いた跡が残る顔で兄の話を聞く。
「面白くないんだよ。色々と」
苛立っていたが、私の顔を見ると面白そうに笑って口周りの米粒をとってくれた。
「この歳になっても塀の中しか知らないのが面白くないし、子供扱いされるのが面白くないし、紅柘榴に守られるのも面白くない」
「嫌なの」
私が原因だとしたら直したいけど、侵入者を退治しないと兄たちは守れない。どうすれば良いのだろう。
悩む私に兄は「お前が悪いわけじゃない」と言ってくれた。
「ここはご飯もあるし、物も盗まれないし、確かに極楽だよ。でもな」
頬張る私の顔を見て笑うと頭を撫でた。
「ここはさ、時が止まってる気がするんだ。外では嫌なこともあるけど、それに応用して生きていくんだ。俺たちは時代に置いていかれている気がする」
兄の言っている事はよくわからない。時代と言ってもわからないし、外の嫌なこともわからないし、それに対して焦りもない。
「外にいた時はあるの」
私の拙い質問に兄は「あるよ」と自慢げに答えた。
兄は私よりも一回りも歳が違う。私が赤ん坊だった時、兄は七歳だったと聞く。
「春の時期になると梅が咲いて」
「お花なの、お花ならお庭にいっぱい咲いてるよ」
おにぎりを食べ終えて自由になった口と舌は兄の話を遮った。それに対して兄は優しく笑うと私の頭を引き寄せて自身の膝の上に乗せた。
二人が押し入れの中に入ると狭く感じる。昔はずっと広く感じていたのに、内緒話をするように声を小さくしても大きく聞こえてしまう。
「枯れない花は飽きたよ。それに塀の中には木に咲く花はないだろう」
「木ってあの木、葉が生える木のこと」
「うん、葉の色以外のものが生えるよ。桃色よりも赤くて小さい花。それがいっぱいに咲いてるんだ」
木にいっぱい生えると言う花を想像してみる。口で説明されても見たことがないものを思い浮かべるのは難しい。
「見てみたいかい」
兄の問いかけに私はうんともいいえとも言えなかった。
見たことがないものをみたいとは思わなかった。でも乳母さんと兄が行くなら一緒に行きたい。
「外に出てみたいかい」
内容を変えて問いを重ねる。
それにも私は答えられなかった。
私は塀の中しか知らない。乳母さんに外の恐ろしさを聞かされても兄から外の思いで話をされても想像すらできないものに魅力も恐怖もなかった。
塀の中に不満も不安もなかった。乳母さんに怒られた時は兄が慰めてくれるし、兄が意地悪な時は乳母さんが優しくなる。
時々現れる蝶男は好きになれないし、離れのお泊まりはうんざりするけど、楽しい日は多いと思う。
「今はさ、まだ無理だけどいつかは塀の外に行くんだ」
だから、兄の決意に私の心は大きく揺らいだ。
いつまでも続くと思っていた日々が、いつまでも一緒にいると思っていた人が変化してしまう。乳母さんの話よりも侵入者よりも兄の決意が怖かった。
「紅柘榴も連れて行くよ」
この変化が何よりも怖い。
私の心境を悟ったのか兄は安心させるように話題を変える。
「そうだ明日は蹴鞠で遊ぼうか。最近してなかっただろ」
兄が私を元気付けようとしているのがわかったし、蹴鞠は好きだ。だから元気よく頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写はすべて架空です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる