糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

白い鬼、幼い記憶 6

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 物心ついた時には塀の中にいた。
 外に出たことがあるかと蝶男に聞いてみたら、酷く乳母さんに怒られた。塀の外から来た乳母さんは塀の中を極楽だと言う。
 殺人や飢え、強盗、暴力。子供の私たちはすぐに死ぬのだと。
 乳母さんは熱心に語っていたが、私はそれを真に受けていなかった。塀の中に入る侵入者たちは呆気なく私に排除される。そんな奴らに殺されるわけがないし、ご飯はないと困るけど、乳母さんが言う恐ろしさは感じられなかった。
 怖いものはないどんな奴だってやっつけるのだと言ってみたら形相を変えてまた怒られた。
 どうやら塀の外に出るのだと受け取ったみたいで散々怒られた後、押し入れに閉じ込められ、夕餉を抜きにされた。
 その時は兄がおにぎりをこっそり持ってきて、私は泣きながら食べた。
 乳母さんと違って兄は今の生活に不満があるようだった。
 歪なおにぎりを食べながら泣いた跡が残る顔で兄の話を聞く。
 「面白くないんだよ。色々と」
 苛立っていたが、私の顔を見ると面白そうに笑って口周りの米粒をとってくれた。
 「この歳になっても塀の中しか知らないのが面白くないし、子供扱いされるのが面白くないし、紅柘榴に守られるのも面白くない」
 「嫌なの」
 私が原因だとしたら直したいけど、侵入者を退治しないと兄たちは守れない。どうすれば良いのだろう。
 悩む私に兄は「お前が悪いわけじゃない」と言ってくれた。
 「ここはご飯もあるし、物も盗まれないし、確かに極楽だよ。でもな」
 頬張る私の顔を見て笑うと頭を撫でた。
 「ここはさ、時が止まってる気がするんだ。外では嫌なこともあるけど、それに応用して生きていくんだ。俺たちは時代に置いていかれている気がする」
 兄の言っている事はよくわからない。時代と言ってもわからないし、外の嫌なこともわからないし、それに対して焦りもない。
 「外にいた時はあるの」
 私の拙い質問に兄は「あるよ」と自慢げに答えた。
 兄は私よりも一回りも歳が違う。私が赤ん坊だった時、兄は七歳だったと聞く。
 「春の時期になると梅が咲いて」
 「お花なの、お花ならお庭にいっぱい咲いてるよ」
 おにぎりを食べ終えて自由になった口と舌は兄の話を遮った。それに対して兄は優しく笑うと私の頭を引き寄せて自身の膝の上に乗せた。
 二人が押し入れの中に入ると狭く感じる。昔はずっと広く感じていたのに、内緒話をするように声を小さくしても大きく聞こえてしまう。
 「枯れない花は飽きたよ。それに塀の中には木に咲く花はないだろう」
 「木ってあの木、葉が生える木のこと」
 「うん、葉の色以外のものが生えるよ。桃色よりも赤くて小さい花。それがいっぱいに咲いてるんだ」
 木にいっぱい生えると言う花を想像してみる。口で説明されても見たことがないものを思い浮かべるのは難しい。
 「見てみたいかい」
 兄の問いかけに私はうんともいいえとも言えなかった。
 見たことがないものをみたいとは思わなかった。でも乳母さんと兄が行くなら一緒に行きたい。
 「外に出てみたいかい」
 内容を変えて問いを重ねる。
 それにも私は答えられなかった。
 私は塀の中しか知らない。乳母さんに外の恐ろしさを聞かされても兄から外の思いで話をされても想像すらできないものに魅力も恐怖もなかった。
 塀の中に不満も不安もなかった。乳母さんに怒られた時は兄が慰めてくれるし、兄が意地悪な時は乳母さんが優しくなる。
 時々現れる蝶男は好きになれないし、離れのお泊まりはうんざりするけど、楽しい日は多いと思う。
 「今はさ、まだ無理だけどいつかは塀の外に行くんだ」
 だから、兄の決意に私の心は大きく揺らいだ。
 いつまでも続くと思っていた日々が、いつまでも一緒にいると思っていた人が変化してしまう。乳母さんの話よりも侵入者よりも兄の決意が怖かった。
 「紅柘榴も連れて行くよ」
 この変化が何よりも怖い。
 私の心境を悟ったのか兄は安心させるように話題を変える。
 「そうだ明日は蹴鞠で遊ぼうか。最近してなかっただろ」
 兄が私を元気付けようとしているのがわかったし、蹴鞠は好きだ。だから元気よく頷いた。
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