糸と蜘蛛

犬若丸

文字の大きさ
588 / 644
7章 赤い珠が映す空想未来

白い鬼、幼い記憶 13

しおりを挟む
 乳母さんが待っている塀に帰る。
 私の怒りが帰りたいと言う願いに変わって、その強い気持ちで私は走った。
 枯れた木々の間を走り、滑りそうな雪原を走る。
 塀の壁はすぐに現れた。視界半分でも馴染みのある色の壁を見ると喜びで体が震えた。
 身体に矢を二本刺したまま、片手に兄を抱えて壁を上った。
 瓦屋根を超えるといつもの庭があり、やっと帰って来れた安堵がどっと溢れた。
 乳母さんは庭の真ん中でぐるぐると回って、私たちを待っていた。
 鬼の姿の私を見つけると、怒鳴って探せと言った乳母さんではなくなり、歓喜で涙した。
 瓦屋根から降りると全身の力が抜けて、兄を腕から降ろす。私の身体が縮み、刺してあった矢が抜け、白い肌が人間らしい色へと戻る。
 やっと人の姿に戻れた。化け物から七つの子供に戻ると乳母さんに抱き締められたくて見上げる。
 けど、歓喜して震えていた乳母さんがさんは青褪めて震えていた。
 乳母さんが冷たい地面に膝をついて兄を抱きしめた。兄の腕がぶらりと下がっていて、眠っているようだった。
 どうして眠っているんだろう。塀の中に帰れて安心したのかな。私もどっと疲れた。
 鬼の時には感じなかった寒さが戻ってきて、全身に血がついていることに今更気がついた。
 胸から膝まで生暖かい血がべったりとついている。自身の手のひらを広げると同じように真っ赤だった。
 私もいっぱい血を流した。でもこれは別のものだと直感していた。
 乳母さんたちを見れば二人を中心に広がるように血溜まりができていた。
 直感ではわかっていたのに、いや違うと頭の中でたくさん否定した。
 愕然とした様子で混乱していると息子を抱いて蹲っていた母が、息子を殺した化け物を睨んだ。
 「化け物がっよくもっ」
 鬼のような金切り声を乳母さんから聞いたのは初めてだった。
 「違うっそんな」
 つい否定してしまったが、私しかいないと私でもわかった。
 殺意を向けられて強くなって、矢が兄にも飛んで、守らないと焦って。興奮して。
 鉤爪で兄を引っ掻いた時もも、強く抱きしめた時も気づかなかった。そのぐらい興奮していた。
 「たす、た、たす、けよう、と」
 弱々しい私の言い分は通用せず、兄を地面に降ろし、大股で私に近寄る。大人の力で子供の髪を鷲掴みにして持ち上げると地面に叩きつけた。
 鼻頭が折れて、熱くてどろりと血が流れた。
 「なんで殺したのっなんで殺したのっ」
 髪を持ち上げて、ぷちぷちと数本ほど毛が抜けた。
 「ごめんなさいごめんなさい」
 私はひたすらに謝るしかできなかった。そうすれば乳母さんの金切り声も全身の痛みもなくなると思った。
 けど、謝罪で兄が元気になるはずもなくて、私が「ごめんなさい」と繰り返すほど、乳母さんの怒りが高まった。
 「お前が死ねっ」
 乳母さんが髪の毛を離すと腹を蹴った。
 私を纏う服はなく、肌で受けた蹴りは狩人が放った矢より落とし穴の底にあった竹槍よりも痛かった。
 唾を吐きだして、衝撃で胸の辺りがじんじんと震えていつもの呼吸ができない。
 もうやめて欲しいと言いたかったけど、乳母さんが馬乗りになって私の首を絞めた。
 ぽっきりと折れてしまいそうな小さく細い首を乳母さんは出せる限りの力を出して柔らかい肌を締める。
 「返せ、私の子をっ返せっ」
 乳母さんが何か言っている。言っているけど、体内で響く心臓の音がうるさくて聞こえない。
 「こんなことになるならっこんなことになるならっ」
 泣きながら怒鳴る乳母さんは謝っているようにも見えた。
 私も乳母さんに謝りたかったけど、呼吸すらもできない。涙で潤んだ視界では乳母さんの顔すらも見えない。
 息もできないほどに絞められていた首が不意に楽になった。
 乳母さんの叫び声が聞こえたけど、呼吸を取り戻すのに精一杯で、馬乗りになっていた乳母さんの体重がなくなったのも考えられずにいた。
 咳き込んで震える私に優しく羽織が被せられた。泥と涙と涎で汚くなった顔で見上げれば初めて見る男が微笑んで私を見ていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...