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7章 赤い珠が映す空想未来
恋する鬼 10
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今感じているものが幸福なのだろう。嬉しくて楽しくて満たされるでいる。
傍にいるだけで未来の憂いがなくなる。
けど、ふとした時に思い出す。
私は幸福とは真逆の人間だと。いや、人であることも怪しい。
優しく撫でるでは人殺しに特化した大きな鉤爪になる。
もし誤って彼の前で鬼になったらどうなるだろう。
乳母や集落の人々のように私を恐れて、命を守ろうとして敵意を向けるだろうか。
そしたら私は鉤爪と牙で彼を殺すのだろうか。私も私が大事だから自分を守りたいと行動するだろうか。
鬼になると興奮して自分でも抑えられなくなる時がある。大抵の制御はできる。けど、空腹が酷くなると相手が見えなくなる。
私の鉤爪で引き裂かれる白蓮、私の牙で喰い千切られる白蓮。考えれば考えるほど恐ろしくなって、不安で泣きそうになる。
うたた寝をしていた白蓮が目を覚ます。私は泣きそうになった顔を隠して笑った。
春の日差しが強くなって汗でしっとり濡れた私の髪を白蓮は手先でくるくる巻いて遊んだ。
夏になると夜でも暑くようになった。なのに白蓮はくっついて、私は汗の臭いが不快にならないか不安にならないか心配になっても白蓮は気にしてないようだった。
ならいいか、と少し暑苦しさを我慢して外で鳴く蛙の合唱を聞く。
「海が見たいな」
ぽつりと呟くから蛙の合唱が遠くなって、背後から抱きつく白蓮の声が近くなる。
「大きな水溜まりでしょ」
海は知っている。見たことないけど。
私の発言に白蓮はくつくつと笑った。
「そうだよ。壮大な水溜まりだ」
無知を馬鹿にされて平気なわけがなく、拗ねて離れようと身を捩るが離れた分だけ白蓮は近寄る。
「大体、海で何するのよ」
諦めて動きを止めて、白蓮を見上げた。
「見るだけ」
「それだけ」
「そう」
なんだ。つまんない。
興味を示さない私に白蓮はぽつぽつと海の話をするものの私が「うるさい」と言ったものだから黙るしかなかった。
私は胸に耳をあてて、白蓮の心音を聞く。星の瞬きと蛙の鳴き声と心音。
それがあれば充分だった。外は怖い。
でも、ほんの少しだけ、ちょっとだけ、白蓮が傍にいてくれれば外に出てもいいかもしれない。
白蓮は私にいろんなものを与えてくれる。
外の話をしてくれて、寒くなり、水仕事が辛くなると代わりにやるようになって、冷えた体を包んで温めてくれる。
それ度に私はぽかぽかしたり、わくわくしたり、どきどきする。
寒くて辛いだけの季節が好きになったのも白蓮のお陰だし、好きな赤色がもっと好きになったのも白蓮がいたからだ。
黒髪が艶やかだと言われれば髪の手入れに力が入るし、ふっくらした唇を触れられると唇の乾燥が気になるようになったし、冷たい指を絡まると冷えやすい体質に感謝した。
そのどれもが鬼になった私にはないものだ。白蓮は私が鬼になれるのを知らないから言えるのだ。
「容姿を褒められるのは嫌だったか」
私をよく見ている白蓮は私の表情にも敏感だ。
「ううん、嬉しい」
実際、言われたことのないものばかりで私は戸惑い、嬉しかった。
絡ませた手をぎゅっと握り返して白蓮の胸に耳を当てた。
心音がゆっくりと耳に流れてくる。彼は生きている。その証の音を聞けるのが何よりも嬉しい。
白蓮と暮らすようになってから宝物が増えた。
赤い珠玉にわくわくするような日々の思い出に、外で貰ったもの。
これからも増えるのかな。これからも増やしていきたい。
白蓮はこんな日々が続くと信じている。
私はいつかこの日々を終わらせなくちゃいけない。
わかっているのに、白蓮に別れを告げられない私は幸せに溺れて現実が見えていなかった。
私のもう一つの懸念、蝶男だ。
蝶男が訪れる日は白蓮は来ないように伝えるようにしている。毎回、告げる私の顔が陰鬱になっているから白蓮も心配になるが、何も聞いてこない。
私が拒絶するの知ってるから聞いてこない。
白蓮は壁を取り払ってくれたけど、私が最後の壁を残したままだった。
蝶男はまだ白蓮に気づいていない。でも、いつかは知る。
そうなったら白蓮を生かさない。
「また綺麗になったね」
蝶男が何か言っている。白蓮になら言われて嬉しい言葉なのに蝶男に言われると心の底から冷え切ってしまう。
奴が言っているのは私の格好だった。肌襦袢と腰紐しか身につけていなかったのに白蓮と出会ってからきちんと服を着るようになった。
「あなたに言われたからとかじゃないから」
離れの座敷牢に寝かされて汗ばんで怠くなった身体を畳に預けていた。
白蓮の為に整えた着物も崩れてしまった。
「だろうね」
蝶男は笑って頬を撫でた。うざったい仕草に重くなった手を上げて払う。
その反応に蝶男は笑ったまま、その顔も私を苛立たせた。
蝶男と対峙しても私の頭にあるのは白蓮のことばかりで、早く会いたい気持ちと塀の外のお土産と抱きつきたい欲でいっぱいだった。
「夢心地の気分だろう」
また何か言っている。聞くつもりもなかったので目を瞑る。身体が怠くて早く眠りたかった。
「それが幸せと言う感情なんだろうね」
眠りたくても蝶男の声は勝手に入ってくる。
「そろそろ目を覚ましなさい」
今から眠るのにこいつは何を言っているのだろう。
蝶男が私の腹に手を当てて告げる。
「おめでとう、彼との子だよ」
声色は変わっていないのに現実に戻すような冷たい言葉にはっと目を覚ました。
傍にいるだけで未来の憂いがなくなる。
けど、ふとした時に思い出す。
私は幸福とは真逆の人間だと。いや、人であることも怪しい。
優しく撫でるでは人殺しに特化した大きな鉤爪になる。
もし誤って彼の前で鬼になったらどうなるだろう。
乳母や集落の人々のように私を恐れて、命を守ろうとして敵意を向けるだろうか。
そしたら私は鉤爪と牙で彼を殺すのだろうか。私も私が大事だから自分を守りたいと行動するだろうか。
鬼になると興奮して自分でも抑えられなくなる時がある。大抵の制御はできる。けど、空腹が酷くなると相手が見えなくなる。
私の鉤爪で引き裂かれる白蓮、私の牙で喰い千切られる白蓮。考えれば考えるほど恐ろしくなって、不安で泣きそうになる。
うたた寝をしていた白蓮が目を覚ます。私は泣きそうになった顔を隠して笑った。
春の日差しが強くなって汗でしっとり濡れた私の髪を白蓮は手先でくるくる巻いて遊んだ。
夏になると夜でも暑くようになった。なのに白蓮はくっついて、私は汗の臭いが不快にならないか不安にならないか心配になっても白蓮は気にしてないようだった。
ならいいか、と少し暑苦しさを我慢して外で鳴く蛙の合唱を聞く。
「海が見たいな」
ぽつりと呟くから蛙の合唱が遠くなって、背後から抱きつく白蓮の声が近くなる。
「大きな水溜まりでしょ」
海は知っている。見たことないけど。
私の発言に白蓮はくつくつと笑った。
「そうだよ。壮大な水溜まりだ」
無知を馬鹿にされて平気なわけがなく、拗ねて離れようと身を捩るが離れた分だけ白蓮は近寄る。
「大体、海で何するのよ」
諦めて動きを止めて、白蓮を見上げた。
「見るだけ」
「それだけ」
「そう」
なんだ。つまんない。
興味を示さない私に白蓮はぽつぽつと海の話をするものの私が「うるさい」と言ったものだから黙るしかなかった。
私は胸に耳をあてて、白蓮の心音を聞く。星の瞬きと蛙の鳴き声と心音。
それがあれば充分だった。外は怖い。
でも、ほんの少しだけ、ちょっとだけ、白蓮が傍にいてくれれば外に出てもいいかもしれない。
白蓮は私にいろんなものを与えてくれる。
外の話をしてくれて、寒くなり、水仕事が辛くなると代わりにやるようになって、冷えた体を包んで温めてくれる。
それ度に私はぽかぽかしたり、わくわくしたり、どきどきする。
寒くて辛いだけの季節が好きになったのも白蓮のお陰だし、好きな赤色がもっと好きになったのも白蓮がいたからだ。
黒髪が艶やかだと言われれば髪の手入れに力が入るし、ふっくらした唇を触れられると唇の乾燥が気になるようになったし、冷たい指を絡まると冷えやすい体質に感謝した。
そのどれもが鬼になった私にはないものだ。白蓮は私が鬼になれるのを知らないから言えるのだ。
「容姿を褒められるのは嫌だったか」
私をよく見ている白蓮は私の表情にも敏感だ。
「ううん、嬉しい」
実際、言われたことのないものばかりで私は戸惑い、嬉しかった。
絡ませた手をぎゅっと握り返して白蓮の胸に耳を当てた。
心音がゆっくりと耳に流れてくる。彼は生きている。その証の音を聞けるのが何よりも嬉しい。
白蓮と暮らすようになってから宝物が増えた。
赤い珠玉にわくわくするような日々の思い出に、外で貰ったもの。
これからも増えるのかな。これからも増やしていきたい。
白蓮はこんな日々が続くと信じている。
私はいつかこの日々を終わらせなくちゃいけない。
わかっているのに、白蓮に別れを告げられない私は幸せに溺れて現実が見えていなかった。
私のもう一つの懸念、蝶男だ。
蝶男が訪れる日は白蓮は来ないように伝えるようにしている。毎回、告げる私の顔が陰鬱になっているから白蓮も心配になるが、何も聞いてこない。
私が拒絶するの知ってるから聞いてこない。
白蓮は壁を取り払ってくれたけど、私が最後の壁を残したままだった。
蝶男はまだ白蓮に気づいていない。でも、いつかは知る。
そうなったら白蓮を生かさない。
「また綺麗になったね」
蝶男が何か言っている。白蓮になら言われて嬉しい言葉なのに蝶男に言われると心の底から冷え切ってしまう。
奴が言っているのは私の格好だった。肌襦袢と腰紐しか身につけていなかったのに白蓮と出会ってからきちんと服を着るようになった。
「あなたに言われたからとかじゃないから」
離れの座敷牢に寝かされて汗ばんで怠くなった身体を畳に預けていた。
白蓮の為に整えた着物も崩れてしまった。
「だろうね」
蝶男は笑って頬を撫でた。うざったい仕草に重くなった手を上げて払う。
その反応に蝶男は笑ったまま、その顔も私を苛立たせた。
蝶男と対峙しても私の頭にあるのは白蓮のことばかりで、早く会いたい気持ちと塀の外のお土産と抱きつきたい欲でいっぱいだった。
「夢心地の気分だろう」
また何か言っている。聞くつもりもなかったので目を瞑る。身体が怠くて早く眠りたかった。
「それが幸せと言う感情なんだろうね」
眠りたくても蝶男の声は勝手に入ってくる。
「そろそろ目を覚ましなさい」
今から眠るのにこいつは何を言っているのだろう。
蝶男が私の腹に手を当てて告げる。
「おめでとう、彼との子だよ」
声色は変わっていないのに現実に戻すような冷たい言葉にはっと目を覚ました。
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