糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

命の重さ 1

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 寝汗でびっしょりかいた身体は肌襦袢がぴったりとくっついていた。寝汗の気持ち悪さよりも腹から湧いてくる気持ちは悪さが勝って、備えてあったを桶に手を伸ばす。
 唾が顎を伝い、桶に一滴三滴とつくが、それだけで胃の中から湧いてくるものは出てこようとしない。
 不慣れになってしまった独りの夜。背中を摩ってくれる優しさが欲しかったが、彼はもういないのだと思い出す。
 光を灯さなくなった赤い瞳に止まらずに流れる血、冷たい体温と聞こえなくなった心音。
 思い出したくないものが次々と頭の中に流れてきて、吐き気が強くなってまた桶の中に顔を入れた。結果は同じだった。
 気持ち悪くて眠れなくて、眠って見る夢は木の下で白蓮の首筋から流れる血を止めようと両手で抑える光景だ。
 「目が覚めたかい?」
 桶から顔を上げると月夜の空を背後にして蝶男が縁側に立っていた。
 「帰って」
 こいつの顔を見るより桶の底と見つめあったほうがいい。
 白蓮がいなくなって妊娠を告げられた日、塀の中に連れ戻された。そこからの記憶は曖昧で悲しみで染まった意識は記憶することをしなくなった。
 あの日からずいぶんと経った気がするが、そんなに経っていない気もする。
 時間の感覚が狂っていて、睡眠も満足にできなくて、昼夜関係なく眠い。
 「お昼は食べていないだろう。これだけでも食べなさい」
 私に近寄って平皿を床に置く。刹那、皿ごと蝶男の手が切断された。
 皿はぱっかり二つに割れてて蝶男の手首からは黒い靄が漏れて、天井へと上がる。
 「帰って」
 強めに言って蝶男を睨む。
 蝶男は笑いながら息を吐く。溜め息の仕草を真似してみても奴に感情がないのはわかっている。
 「鋏を使わないほうが良い。覚醒したばかりで制御もできていない。腹の子にも悪いしね」
 片手を失くしたまま蝶男が立ち上がり、私に背を向ける。今夜は帰ってくれるらしい。
 近頃、蝶男が尋ねる回数が増えた。
 家事も食事も睡眠すらもできない私の世話をするためだろう。けど、蝶男から食べ物を貰いたくないし、ましてや背中を摩って欲しくない。
 貰いたい相手は一人しかいない。
 「はく会いたい。会いたいの会いに来てよ」
 慣れていたはずの独りぼっちの夜が寂しくて堪らない。何度も呼んで答えてくる人を待つが、返ってくるのは静寂ばかりだ。
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