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7章 赤い珠が映す空想未来
赤い珠玉について 6
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胎内の記憶は鮮明にある。生前の少ない記憶だから当然だ。
暖かい水の中は子を守る揺り籠で、絶対的な安心があった。
目も開けられなくて、視力だってない。それでも隣で魂の片割れを感じられた。
母が唄えばはしゃいで腹を蹴って、呼応するように妹も蹴った。
紅玉が喜べば妹も喜んだし、不機嫌になれば同じように怒った。それは向こうも同じで妹がむず痒そうに動くと紅玉もむず痒くなった。
感じているものは同じだった。薄暗い腹の中で認識できるものは母の唄と隣の心音。それだけで充分。
時折母が唄ではないものを言い聞かせていたが、紅玉たちにはわからなかった。けれどそれが紅玉たちを待ち望む声だと理解できた。
紅玉には分かっていた。薄暗闇の先に出ても二人一緒ならどこでも楽しめると確信があった。この絆は何も変わらない。
それが大きく覆されたのは人を人だと思わない、人じゃない存在で、そいつが母の腹を裂いた。
突然で唐突で前兆はなかった。
子守唄でもない甲高い声が前触れだった。直後に揺り籠の水が大きく揺れて、母の悲惨な声を聞きながら暖かい水の中に冷たい外気が流れ込んできた。
二人は同時に怖くなって、同時に互いの手を握った。
揺り籠の水が流れて、母の声に生気がなくなる。世界の全てが赤くなっていく。
視力はなかったが、赤色なのはわかる。暖かい水の代わりに冷たい血が裂かれた腹を満たす。
でも二人の間には立ち切れない糸があるのだ。だから大丈夫。
大丈夫だと思えたのは日まで、母の腹を裂いた奴が腹の中にまで侵入して、私が紅玉の妹を抱いた。
握った手を強くする握力もなかった。
かえして、かえしてよ。
あっさりと手が離れて紅玉を冷たくなると母体に独り取り残された。
いやだいやだ、ひとりにしないで、さむいつめたい。
母の歌もない。守ってくれる揺り籠の水もない。私を感じ、私を感じられた妹もいない。体温のない血が私の体を覆っていく。
さびしい、さびしい、さびしい。
僅かな生前で私が初めて自覚した感情だった。
満たされていく赤色の中で産ぶ声も上げられずに寂しい寂しいと心の中で叫んだ。
日が沈んでも紅玉は動けずにそこに留まった。
赤い瞳がこびりついて頭から離れない。
血の色だ。腹の中を満たしたひ色だ。終わりの色だ。
だからあの男を追いかけたくなかった。
それと相反して追いかけた。悔しかった。去るを男の背中に向けて返してと叫びたくて堪らなかった。
「こう、探したんだ。なぜ破った」
息を切らした影弥が声をかけた。あの砂浜にいなかったから探し回ったのだろう。
顔を上げると涼しげな影弥が見下ろしていた。汗ひとつ流さない彼がひどく腹立たしかった。
「もっと早く見つなさいよ!」
地面に顔を向けて叫んだ。影弥は落ち着いた様子で返す。
「こうが言いつけを破らなければ探す手間はなかった」
叫んだ熱量に対して影弥はどこまでも落ち着いている。紅玉はこんなに苦しいのに。
「置いていったのはかげでしょ!いやだって言った!」
「でも君は了承した」
「してない!」
「したよ」
「なんでよ!わかるでしょ!何年私と一緒にいるのよ!」
影弥は地面に膝をついて、頭を傾かせて紅玉の顔を覗こうとした。大事な話やお願い事ちゃんと聞いてほしい事は目を合わせるようにしているのだが、紅玉がそれを拒んでそっぽを向く。
「わからないよ。俺はこうの感情を想像できない。だから教えて欲しい。怒っているのか悲しかったのか寂しかったのか」
冷静に問いかけても紅玉は沈黙する。
「どうして泣いてるんだい?」
必死に隠しても堪えても影弥はすぐ気づいてしまう。
問いかけは言葉では返さず代わりに大粒の涙が滝のように流れて、声を張り上げてはちきれそうな感情を叫んだ。
紅玉もこの感情の区別はできなかった。
赤い瞳の男が怖かったし、腹の中で死んだのを思い出して寂しくなったし、妹の手掛かりをやっと見つけて嬉しかった。
喜べば良いのか悲しめばいいのか、わからず声を張り上げ泣きながら影弥に抱きつこうとしても突き出した両手ではすり抜ける。
影弥は現世の世界で行動している。紅玉は静寂の世界には行けない。紅玉を阻む境界線が忌々しい。
相手の気持ちを汲み取るのが難しくても紅玉の仕草一つで大体の意図は読み取れる。彼女の一つ一つの言動はどの思いからくるものか、そしてどうすればいいのかと行動様式として覚えている。
影弥は延ばされた両手に応えて、彼女の身体がすり抜けないよう気を配りながら抱きしめた。
「大変だったね」
何がどう大変なのか考えようがないが、今の紅玉は大変なことになっているのだろう。
紅玉も八つ当たりをせず、ひたすらに泣き続けた。「帰ろうか」といった影弥の言葉にも素直に頷いた。
影弥の行動に合わせて紅玉も動き、繋いだ手が離れないように二人は歩調を合わせて歩いた。
暖かい水の中は子を守る揺り籠で、絶対的な安心があった。
目も開けられなくて、視力だってない。それでも隣で魂の片割れを感じられた。
母が唄えばはしゃいで腹を蹴って、呼応するように妹も蹴った。
紅玉が喜べば妹も喜んだし、不機嫌になれば同じように怒った。それは向こうも同じで妹がむず痒そうに動くと紅玉もむず痒くなった。
感じているものは同じだった。薄暗い腹の中で認識できるものは母の唄と隣の心音。それだけで充分。
時折母が唄ではないものを言い聞かせていたが、紅玉たちにはわからなかった。けれどそれが紅玉たちを待ち望む声だと理解できた。
紅玉には分かっていた。薄暗闇の先に出ても二人一緒ならどこでも楽しめると確信があった。この絆は何も変わらない。
それが大きく覆されたのは人を人だと思わない、人じゃない存在で、そいつが母の腹を裂いた。
突然で唐突で前兆はなかった。
子守唄でもない甲高い声が前触れだった。直後に揺り籠の水が大きく揺れて、母の悲惨な声を聞きながら暖かい水の中に冷たい外気が流れ込んできた。
二人は同時に怖くなって、同時に互いの手を握った。
揺り籠の水が流れて、母の声に生気がなくなる。世界の全てが赤くなっていく。
視力はなかったが、赤色なのはわかる。暖かい水の代わりに冷たい血が裂かれた腹を満たす。
でも二人の間には立ち切れない糸があるのだ。だから大丈夫。
大丈夫だと思えたのは日まで、母の腹を裂いた奴が腹の中にまで侵入して、私が紅玉の妹を抱いた。
握った手を強くする握力もなかった。
かえして、かえしてよ。
あっさりと手が離れて紅玉を冷たくなると母体に独り取り残された。
いやだいやだ、ひとりにしないで、さむいつめたい。
母の歌もない。守ってくれる揺り籠の水もない。私を感じ、私を感じられた妹もいない。体温のない血が私の体を覆っていく。
さびしい、さびしい、さびしい。
僅かな生前で私が初めて自覚した感情だった。
満たされていく赤色の中で産ぶ声も上げられずに寂しい寂しいと心の中で叫んだ。
日が沈んでも紅玉は動けずにそこに留まった。
赤い瞳がこびりついて頭から離れない。
血の色だ。腹の中を満たしたひ色だ。終わりの色だ。
だからあの男を追いかけたくなかった。
それと相反して追いかけた。悔しかった。去るを男の背中に向けて返してと叫びたくて堪らなかった。
「こう、探したんだ。なぜ破った」
息を切らした影弥が声をかけた。あの砂浜にいなかったから探し回ったのだろう。
顔を上げると涼しげな影弥が見下ろしていた。汗ひとつ流さない彼がひどく腹立たしかった。
「もっと早く見つなさいよ!」
地面に顔を向けて叫んだ。影弥は落ち着いた様子で返す。
「こうが言いつけを破らなければ探す手間はなかった」
叫んだ熱量に対して影弥はどこまでも落ち着いている。紅玉はこんなに苦しいのに。
「置いていったのはかげでしょ!いやだって言った!」
「でも君は了承した」
「してない!」
「したよ」
「なんでよ!わかるでしょ!何年私と一緒にいるのよ!」
影弥は地面に膝をついて、頭を傾かせて紅玉の顔を覗こうとした。大事な話やお願い事ちゃんと聞いてほしい事は目を合わせるようにしているのだが、紅玉がそれを拒んでそっぽを向く。
「わからないよ。俺はこうの感情を想像できない。だから教えて欲しい。怒っているのか悲しかったのか寂しかったのか」
冷静に問いかけても紅玉は沈黙する。
「どうして泣いてるんだい?」
必死に隠しても堪えても影弥はすぐ気づいてしまう。
問いかけは言葉では返さず代わりに大粒の涙が滝のように流れて、声を張り上げてはちきれそうな感情を叫んだ。
紅玉もこの感情の区別はできなかった。
赤い瞳の男が怖かったし、腹の中で死んだのを思い出して寂しくなったし、妹の手掛かりをやっと見つけて嬉しかった。
喜べば良いのか悲しめばいいのか、わからず声を張り上げ泣きながら影弥に抱きつこうとしても突き出した両手ではすり抜ける。
影弥は現世の世界で行動している。紅玉は静寂の世界には行けない。紅玉を阻む境界線が忌々しい。
相手の気持ちを汲み取るのが難しくても紅玉の仕草一つで大体の意図は読み取れる。彼女の一つ一つの言動はどの思いからくるものか、そしてどうすればいいのかと行動様式として覚えている。
影弥は延ばされた両手に応えて、彼女の身体がすり抜けないよう気を配りながら抱きしめた。
「大変だったね」
何がどう大変なのか考えようがないが、今の紅玉は大変なことになっているのだろう。
紅玉も八つ当たりをせず、ひたすらに泣き続けた。「帰ろうか」といった影弥の言葉にも素直に頷いた。
影弥の行動に合わせて紅玉も動き、繋いだ手が離れないように二人は歩調を合わせて歩いた。
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