糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

止まった時間 4

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 また長い月日を要するが命を持たない塊人なら月日なんて関係ない。
 影弥は紅玉の推理にしても肯定もできない。
 前世の翠玉・翡翠は子供のまま命を落とした。子供ができた実例がない。だが、あり得る話だ。魂と遺伝の関係は研究例がないので影弥には何も言えないが、紅玉の姿を見れば納得できる部分もある。
 「けど紅玉は輪廻に流れないだろう」
 「流れるよ」
 本来、死んだその日の二ヶ月後には輪廻に流れるはずだったが、糸の魂を持った影響か紅玉は現世に留まり続けている。糸の魂を持ち続ける限り、流されないと影弥はどこかでそう思っていた。
 しかし、紅玉は断言してしまう。
 「いつから見えていた、その未来を」
 紅玉が輪廻に流れる未来をはっきり見たわけではない。感じるだけだ。
 背後から聞こえてくる歯車の音、瑠璃色の瞳を持った少女。一日が進むたびに近づいてくる。紅玉と背後のそれらとの距離が紅玉に残された時間だ。
 「でも、変えられるだろう」
 「無理だよ。自然のことわりでしょ。かげが言っていたもの」
 影弥は絶句して、抜けそうになった力を支えるため、台所に手をついた。
 紅玉も輪廻を感じるまで影弥との決別を考えたことがなかった。
 死んでいるから恐怖は無い。別のものがある。別れの恐怖だ。紅玉が輪廻に流れればもう影弥とは会えない。
 影弥も紅玉も別れがある未来があるとは考えたくなかった。
 重くなった沈黙に床を踏む軋んだ音がひどく目立っただった。
 その音がした方向へ、二人は揃って目線を向けると台所の入り口で紅柘榴が立っていた。
 深夜の時間帯で紅柘榴はすでに眠っているはずだ。だから、紅玉はこの話ができた。
 いつからいたのか、どこから聞いたのか口を開こうにも舌が重い。
 「べに、ざ」
 紅玉が呼ぼうとすると紅柘榴は悍ましいほど無表情で踵を返し、一本道の廊下を歩く。
 「ねぇ、どこに行くの」
 廊下の闇で隠れそうになる紅柘榴を紅玉は急いで追いかけた。
 「ねぇ、もう遅いよ。寝ないと」
 話しかけるが紅柘榴の声は届かない。
 止めようとして手を伸ばし、袖を掴もうとするも紅玉の手は何も掴めない。
 「待って、ねぇ、待ってよ」
 素足で行の上に立ち、松にすがるように抱きつく。
 深夜で雪だって降っている。
 「寒いよ、風邪もひくし、もしかしたら死んじゃう」
 「死んでもいい」
 命を無駄遣いする発言だ。紅玉たちのこれまでの苦労を無下にする発言だ。
 「いやだよ、そんなの、家に入るよ!早く入って!」
 「私の家じゃない」
 「いいから入って!」
 「放っておいてっ!」
 聞いたことのない金切り声で叫んだ。紅柘榴が鬼になったのは一瞬で、宵闇に白い影が大きく飛躍して、松の木に残ったのは紅柘榴が身に纏っていた赤い衣だけだ。
 初めて目にした鬼の姿に呆然として、誰もいなくなった中庭を眺めた。
 「紅柘榴はどうした」
 後から来た影弥が問いかけ我に返った。
 鬼の姿になって人の町に出た。人々が深く眠る時間だとしても全ての人が寝ているわけではないし、今の紅柘榴は運の悪い不眠症の人でも襲ってしまいそうだ。
 「かげはここにいて、私が連れ戻すから」
 「今、待つんだ。行くならの俺が」
 「私のほうがいい」
 影弥の横を通り、玄関に向かおうとする紅玉を止めようとする。
 追いかけるのは紅玉がいい。紅玉なら糸の繋がりで辿っていける。
 扉を開ける必要もなく、屋敷から飛び出し、闇の町に目を凝らす。細く光った糸が紅柘榴の目印だ。
 はっきりとわかる。紅柘榴の方向も位置も。
 糸の能力が上がっているのが実感できる。
 けど、それは紅柘榴も同じで、どういうわけか位置が変わる。おそらく鋏の能力が覚醒している。瞬間移動してるのだ。
 紅玉が道標に従って進めば、紅柘榴の位置が変わる。
 雪が降る町の中を走って、橋を渡ると道標が変わって橋を逆戻りした。
 人が住まないような森の中に移ってみれば、町の中に戻ってみたり、東から西を端まで走り続けた。
 「どこにいるのっべにぃっどこいるのっ!」
 何度も叫んで何度も呼んで何時間も走った。
 冬の夜は長く、一晩中紅柘榴の徘徊は続いた。
 紅玉は紅柘榴を求めて走るが、彼女はそうじゃない。紅柘榴は失ったものを求めて町を徘徊している。
 こんなに妹を想っているのに、妹は紅玉のことを微塵も想ってくれない。
 体温もないのに雪の冷たさが体中を刺してくるようで泣きたくなった。
 日が昇るまで走り続け、太陽が夜を払おうと空が明るみ出した。
 叫んで泣いて、顔がぐちゃぐちゃになって屋敷に帰った。
 紅柘榴は屋敷の門前で三角座りをしていた。
 泣きながら帰ってきた紅玉を心配そうに見つめている。おかしな話だ。心配していたのは紅玉のほうだ。
 「ずっと私を探していたの」
 紅柘榴が問えば黙って頷いた。叫びすぎて喉が疲れきって声が出なかった。
 「ごめんね」
 そう言うと紅玉の頭を撫でる。だが、それはできず空気しか撫でられなかった。
 紅柘榴の手が頭に埋まっても紅玉にとっては撫でられたと認識して嬉しくなる。
 「中に入ろう」
 手を繋いで家の中に入りたかったが、影弥のように合わせられる自信はなく、触れ合わないまま門を潜った。
 玄関では影弥が立っていて、温かい目で二人を迎える。
 「おかえり。温かいご飯とお風呂を用意してあるよ」
 紅玉は泣き疲れた心を癒し、紅柘榴は冷えた身体を温めた。
 しかし、身体が癒えても心が癒えない。紅柘榴の夜の徘徊はこの後も続く。
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