糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

止まった時間 7

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 また夏が来て秋が来て、何もしない、何も変わらない季節をまたいで何も変わらない冬がまた来た。
 一年の締めくくりでもあるこの時期を紅玉はいつしか怖くなっていた。
 季節問わずに人はこの町で生きているのに冬になるとどこにもいないような静けさがあり、町を包む雪は視覚的な冷たさを伝えに来る。
 町が死んだような静寂も刺してくるような冷たい雪も腹の中で死産した時を思い出させる。
 それは終わりの記憶だ。冬は一年の終わりだ。そして、紅玉はひとつの終わりに近づいている。時が止まっているようで着実にゆっくりと進んでいる。
 隣で歩いてくれる白鬼を見つめる。
 紅柘榴の徘徊に根気よく付き合っていたら歩幅を合わせてくれるようになった。だからといって互いに言葉は交わさず、たまに人の気配を感じると瞬く間に移動して、紅玉から離れる。自分から戻ってくることはないので紅玉が糸と未来視を使って紅柘榴を探していた。
 その晩はいつも違っていて、紅柘榴が立ち止まった。
 人の気配がしたわけではない。天を仰いで鼻先をぴくぴくと揺らす。
 何かを嗅ぎつけたようだ。問いかけてもいいのかと迷っていると冬の静寂に相応しくない鐘の音が響いた。
 空を見上げれば夜空に隠れて上がる黒煙があり、それをうっすらと照らす火の粉がちらついていた。
 火事だ。
 真っ先に考えたのは紅柘榴のことだ。鐘の音で起きた人々が火事の騒ぎに気づいて白鬼を見られたらと焦った。
 紅玉の心配とは裏腹に漠然と火事を見遣る。鼠だったとしても人の気配だとしても、そこに生き物の気配があると瞬時に逃げるはずの紅柘榴が何もせずに棒立ちになっている。
 「帰るよ」
 紅玉が声をかけても紅柘榴からの反応はなく、いよいよ建物から人が出てきて、白い雪に立つ白鬼に指を差して叫んだ。
 刹那に紅柘榴の姿が消えた。
 鋏を使って瞬間移動したのだ。目撃した人はいたはずなのに目蓋を一度下ろしただけで白鬼がいなくなり、まるで白昼夢のような気分になった。
 紅玉は紅柘榴の位置を探る。驚いたことに紅柘榴は火事の方向に向かっていた。
 火事なんて野次馬の馬鹿たちが集まるところだ。そんなところに怪物が現れたら罵倒と暴力が降り注ぐだろう。
 久々の焦りで紅柘榴を責めたくなった。
 連れ戻すして叱責したいが、まずは紅柘榴のところに行かなければできない。
 現場には火事を見学する者たちがいて、火事場から離れたところで三から五人ほどの集まりがぽつぽつとできていた。
 紅玉はその人たちを無視して通り抜けて、そこにいるはずの紅柘榴を探して見渡す。
 どこにもいない。そもそも白鬼が現れれば燃えた家の家庭事情とか心配だねとかいい気味だねとかそんな話を火事の前で呑気にしている場合ではなくなる。
 なら鬼の姿ではなく、人の姿に戻っているのか。それはそれでまずい。
 鬼になると彼女は身に付けているものが煩わしくなるのか衣服を脱いでしまう。そこから人になるということは彼女は文字通りの丸裸だ。
 「どこいるのっねぇっどこっ」
 火事を話題にして世間話をする人々をすり抜け紅柘榴を呼ぶ。
 鬼の姿でも人の姿でも人前に出てこない。人がいないところにいるのかもしれない。
 火事場を大きく回る。火事となった現場には低い一軒家が連なり、いくつもの世帯が密集していた。
 そんなところが火事となっているので身体を煤だらけにして逃げた人々が身を寄せ合う。そのすぐ横では消火隊が働き、救助と消化に勤しんでいた。
 どこにいても人だらけでそこに全裸の女性も白鬼もいない。
 「べにっどこいるの!」
 声を張って躊躇っていた名を呼んだ。
 自分はここにいるのだと呼びかけに応えて欲しくて叫ぶ。
 それに呼応してなのか火からではなく闇から白鬼が煤だらけになって飛び出して、人々の前に現れた。
 火に慣れている消火隊も火事で恐怖を植え付けられた住民も白鬼に火よりも恐れた。
 紅玉も驚きで口をあんぐりさせて頭が白くなったが、白鬼は顔に皺を寄せ、低い唸り声を鳴らしながら周囲を威嚇する。
 上下の顎から見せる大きな牙がいつ自分たちに向けられるのか生者は怯えている。そんな彼らに背をを向けて、燃え盛る火事の中へと戻っていく。
 「べにっ」
 行ったら駄目と叫んだ紅玉の声は悲鳴を上げた人々によってかき消された。
 いくら鬼とは言え生きている限り火傷は負うし、自己治療が長けても傷が酷ければ死ぬ。
 紅柘榴を追いかけ火事の中心へと向かう。
 地面と空以外は炎に包まれ、黒煙で見えなくなりそうな白い姿を一生懸命に見失わないように走る。
 紅柘榴はある崩れた家の前で立ち止まると燃えている鉤爪で木柱をどかし、崩れた家の中へ入った。
 声を上げ、悲鳴を出しそうになると黒炎をまとった白鬼が現れた。腕の中には気絶した母子が傷つけないよう大事に抱えられいた。
 紅柘榴は左右を確認して紅玉と目が合うと何も見えなかったかのように目を逸し、火事の中を駆け抜ける。
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