糸と蜘蛛

犬若丸

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7章 赤い珠が映す空想未来

止まった時間 8

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 紅玉は待ってとは言えず、白鬼の後を追う。紅柘榴は黒炎で紛れた冷たい風を嗅ぎ分け、その臭いが強くなるほうへと急ぐ。
 一刻も早く母子を助けたいという気持ちでいっぱいだろうが、紅玉は炎を抜けたその先にあるものを知っていた。
 「そっちは駄目だよ!人がいる!」
 紅柘榴が向かっている方向は野次馬たちが集まっている。いくら母子を助けたいからといってその意図を人々が読めるはずがなく、白鬼を恐れ、攻撃するかもしれない。
 どんなに必死になって伝えても紅柘榴には聞こえない。耳には入っているのに聞き入れてくれない。
 冷たい風の匂いが強くなり、紅柘榴は一際大きく飛躍して人の群に着地する。
 紅玉も少し遅れて追いつけば、野次馬たちと紅柘榴が睨み合っていた。
 両方の目線は逸らさないまま、紅柘榴は優しく母子を地面に下ろした。
 緊迫した静寂に耐え切れず、一人の野次馬が甲高い悲鳴をあげた。そこに白鬼の金切り声が重なった。
 そのまま逃げればいいのに紅柘榴は金切り声と涎を撒き散らして野次馬たちの群れに突っ込んだ。それにまた人々は阿鼻叫喚の嵐となって群となって集まっていた人々が散っていく。
 牙を剥きだして向かう紅柘榴の形相は威嚇とかではなく、確実に殺す意思を持っていた。
 これがもうただの徘徊ではないことを明らかで、虚ろに歩く紅柘榴とは別人のようだった。
 「やめて、何してるの何してるの、こっちに来たよ、べに!」
 まるで獣だ。子を守る熊や狩りをする狼のそれと変わりない。紅玉は普通に戻って欲しくて紅柘榴に声かけて問いかけても金切り声と鉤爪を大きく鳴らして逃げ惑う人々たちを追いかけ回す。
 そして、狙いを定めたのか一際大きな声を上げると腰を抜かして動けなくなった男の肩に噛み付いた。
 「べにっ!」
 悲鳴のように呼んで、男は痛みと恐怖で叫んだ。
 紅柘榴は噛みついたまま男を引きずって誰もいない林の中へと向かう。
 その男をどうするつもりなのか、嫌なことばかり考えてしまって急いで紅柘榴を追う。
 誰もいない林の中で紅柘榴は吐き捨てるように男を投げた。彼女が何をしたいのかわからず、けど信じたい気持ちもあって、紅玉は両手を握り、唇を震わして見守った。
 白鬼に命を狙われ、人気のない林の中に詰め込まれた男は今すぐにでも逃げ出したかったが、腰は役に立たず足が震え、とてもではないが逃げられそうにない。
 このまま食い殺されるのかとがちがちと奥歯を鳴らして待ってると白い巨躯が丸まり、白い肌が縮むと変色し、骨と関節が不気味な音をたてながら変形していく。
 目を点にして見ていたら白鬼が全裸の女性へと変貌していた。
 「なんで火をつけたの」
 妖のような女が口を開く。意味がわからず、女が発する音が言葉であると理解すらできなかった。
 「あなただけ別の臭いがする。火の臭い、誰よりも強い。火をつけたのはあなただ」
 冬風がふわりと吹いて林の枝が揺れた。紅柘榴の背後では消化が終わっていない火事が見える。彼女はそこに指をさして続ける。
 「この音、なんの音だと思う。人の生活が燃えてる音よ」
 そこでやっと男は言葉を理解して、優越に浸ったような笑みを浮かべた。
 それで紅玉はあの男が火事の原因を作ったのだと確信した。
 人に戻った紅柘榴は鬼の時のような激しさはなく、静かに問いかける。
 「なんでこんなことができるの、なんで簡単に奪えるの」
 しかし、静さのその奥には怒りを必死に抑えていた。
 林の静寂に紛れて木造が燃えて小さく弾ける音がする。僅かに人々の騒ぎ声も聞こえてくる。これが人の生活が燃える音だと男は想像して乾いた声で笑った。
 そこで紅柘榴の理性の蓋が弾けて、激情が溢れた。
 人から鬼に様変わりする。
 流石にまずいと紅玉は鬼と人の間に仁王立ちになって止める。
 「殺しは駄目だよ、駄目だから」
 紅柘榴は止まらず、紅玉をすり抜け、男の腹を噛み付いて天に高く投げた。
 男の惨めな悲鳴が空へと向かって遠ざかり、地面に落ちたときには骨の折れた音が盛大に鳴った。
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