6 / 25
シリル視点①
しおりを挟む僕の初恋の人は七歳年上の家庭教師だった女性。
彼女が話すラナン語はとても美しい発音で、僕は涼やかで透明感のあるその声が好きだった。
全く知らない言葉はまるで歌のように心地よく響く。僕は彼女と勉強するその時間を楽しみにしていた。
「ヴィア先生、ここはどう表現するんですか?」
「え?どこかしら?」
彼女は身を乗り出し僕のノートを覗き込む。ふと漂う甘い香りにくらりとして、僕は思わず仰け反った。
「この場面なら…………この単語を使う方が丁寧な印象になりますね……ん?」
彼女は振り返り、反った姿勢の僕を見て首を傾げた。
距離の近さに僕は照れてしまって……。
だけど、彼女は何も気にせず僕の方に手を伸ばした。
「あら?シリル様、顔が赤いですわ。具合でも悪いのかしら?」
その柔らかな手のひらを額に当てられ一気に顔が熱くなった。
「だ、大丈夫です」
恥ずかしさで思わず彼女の手を振り払い、そしてぶっきらぼうな態度をとった。
「あっ……ごめんなさい。触られるのイヤでしたか?」
ヴィア先生が気まずそうに謝った。けれど、悪いのは彼女じゃない。
恥ずかしいだけです、なんて格好悪くて言えなくて、僕はその後も不機嫌なフリをして授業を受けた。
結局、2年間ずっとヴィア先生は僕の事を子供扱いした。きっと弟のように思っていたのだと思う。
同世代の友人たちの中では、冷めていて落ち着いているなんて言われていたけれど、彼女の前で、僕はどうしようもないほど子供だった。
「シリル様、勉強が終わったら甘いミルクティーといちごのケーキを一緒に食べませんか?新しく出来たお店で人気ですのよ」
「僕はいいです」
「あら、残念。いちごのケーキがお好きだと、公爵夫人から伺ったのですが……」
「母が?それは昔の事でしょう?最近は甘いお菓子は食べません」
甘いケーキが大好きなんて、子供っぽい気がして急いで否定した。母の前では、喜んで甘いケーキを食べてたくせに……。
そばにいた使用人たちはそんな僕を見て、どう思っていただろう。有能な使用人たちは感情を表に出さず、知らんぷりしてくれた。きっと僕が無理して大人ぶっていることなんてお見通しだっただろう。
今でも思い出すと恥ずかしくなる、そんな記憶。
彼女の子供扱いが悔しくて、僕は彼女の前で大人びた言葉を遣った。
ニコニコとお喋りすることは子供っぽいと思い込んでいたんだ。
だけどそのせいで、彼女の前では不機嫌そうに振る舞うことが多くなって、留学した後で随分と後悔することになった。
公爵家の嫡男である僕には山ほどの縁談が届く。顔合わせのためのお茶会にも沢山参加させられた。
けれど、みんな夢見がちで子供っぽくて……。僕を物語の王子様と重ねているんじゃないかと思う。
僕はそんな令嬢たちに興味が持てなくて……。
「父上、僕の結婚相手は自分で選ばせてください。薦められた令嬢何人かとお会いしましたが、みんな流行りのファッションの話や噂話ばかりで退屈です」
「そうか?まあ、帰国してからも良いがな。もしくは……ラナンクルスで良縁を結ぶか……」
父上は結婚に関しては僕の意思を優先してくれた。公爵家を守るために、可愛いだけの女性では困る。それは父上も僕も一致していた。
母上は僕の気持ちを知っていたのだろう。
「自分を磨いて帰ってらっしゃい。あと、素直になれるといいわね」
そう言って笑っていた。
「シリル様、もう少しで留学ですね」
「はい。ヴィア先生。今までありがとうございました」
彼女は小さな鈴を僕に渡してくれた。
「ラナンクルスでは、旅立つ人の無事を願い鈴を渡すそうです。お身体にお気をつけくださいね」
彼女の声のように涼やかな音色。僕はその小さな鈴を握りしめ、ラナンクルスへと旅立った。
96
あなたにおすすめの小説
地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする
志熊みゅう
恋愛
伯爵令嬢ルチアには、最悪な婚約者がいる。親同士の都合で決められたその相手は、幼なじみのファウスト。子どもの頃は仲良しだったのに、今では顔を合わせれば喧嘩ばかり。しかも初顔合わせで「学園では話しかけるな」と言い放たれる始末。
貴族令嬢として意地とプライドを守るため、ルチアは“婚約者”をレンタルすることに。白羽の矢を立てたのは、真面目で優秀なはとこのバルド。すると喧嘩ばっかりだったファウストの様子がおかしい!?
すれ違いから始まる逆転ラブコメ。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~
浅海 景
恋愛
オッドアイで生まれた透花は家族から厄介者扱いをされて引きこもりの生活を送っていた。ある日、双子の姉に突き飛ばされて頭を強打するが、目を覚ましたのは見覚えのない場所だった。ハウゼンヒルト神聖国の王子であるフィルから、世界を救う御子(みこ)だと告げられた透花は自分には無理だと否定するが、御子であるかどうかを判断するために教育を受けることに。
御子至上主義なフィルは透花を大切にしてくれるが、自分が御子だと信じていない透花はフィルの優しさは一時的なものだと自分に言い聞かせる。
「きっといつかはこの人もまた自分に嫌悪し離れていくのだから」
自己肯定感ゼロの少女が過保護な王子や人との関わりによって、徐々に自分を取り戻す物語。
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
僕の婚約者は今日も麗しい
蒼あかり
恋愛
公爵家嫡男のクラウスは王命により、隣国の王女と婚約を結ぶことになった。王家の血を引く者として、政略結婚も厭わないと覚悟を決めていたのに、それなのに。まさか相手が子供だとは......。
婚約相手の王女ローザもまた、国の安定のためにその身を使う事を使命としていたが、早い婚約に戸惑っていた。
そんなふたりが色々あって、少しづつ関係を深めていく。そんなお話。
変わり者の作者が、頑張ってハッピーエンドを目指します。
たぶん。きっと。幸せにしたい、です。
※予想外に多くの皆様に読んでいただき、驚いております。
心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。
ご覧いただいた皆様に幸せの光が降り注ぎますように。
ありがとうございました。
王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】
mako
恋愛
以前の投稿をブラッシュアップしました。
ランズ王国フリードリヒ王太子に嫁ぐはリントン王国王女クラリス。
クラリスはかつてランズ王国に留学中に品行不良の王太子を毛嫌いしていた節は
否めないが己の定めを受け、王女として変貌を遂げたクラリスにグリードリヒは
困惑しながらも再会を果たしその後王国として栄光を辿る物語です。
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる