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思ってたのと違う
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前世の記憶を降り戻してから6年。思っていたより殿下は私との交流を大切にしてくれている。
逃げたい思いと裏腹に婚約者という立場が私の逃げ道を塞ぐ。
★☆6年前★☆★
「お嬢様が目を覚まされました。」
侍女のハンナが両親を呼びに部屋を出ていく。暫くすると疲労を顔に滲ませた父と母が部屋に入ってきた。
母が無言のまま私の頬に付いた涙を拭ってくれた。知らずに泣いていたらしい。
私は思い出した記憶が現実のものなのか確認したかった。すぐさまベッドを下りようとして父に止められた。鏡を見たかったが…。
「リュル、どこも辛くないかい?」
「良かった。ずっと目を覚まさないからどんなに心配したか…。」
母が私を抱きしめてくれる。母の匂いは優しく甘く私を包んでくれ、ホッとした安心感が私の胸に広がる。
「兎に角何か飲んでください。」
医師に水を飲むよう促される。こくっ、こくっ、渇いていた身体に水が染み渡る。
「良かった。」
私と母が落ち着いた頃、父がそっと声を掛けてくれた。
「殿下がお見舞いに来ているんだが…。リュルは会いたいかい?」
殿下が6歳で婚約者になってから、私は嬉しくてしょっちゅう王宮に会いに行っていた。殿下の反応は一見穏やかで優しいが今思うと社交辞令的な態度でとても自らお見舞いに来るようには見えなかった。殿下から話しかけられた事など一度も無い。
今となっては私に興味が無かったのだと分かる。うんざりしていたのだろう。きっとお見舞いも周囲に言われての形式的なものに違いない。
「お父様、私は今きちんとお話出来る状態でもありませんし、体調がすぐれないとお伝えしても不敬にはあたりませんか?」
「大丈夫だ。リュルはそれでいいかい?」
「はい。勿論です。」
殿下の面会を断ると、私の中の幼いもう一人の自分が泣いているのを感じる。幼い、自分勝手な恋心。でも私は確かに殿下のことが好きだったのだ。私はもう一人の自分の心のまま、三日間泣き暮れた。
それから五日後再び殿下の訪問が家令によって告げられる。
今は両親は不在だ。
蓋をした恋心が膨らみ、胸が軋む。
「体調が万全では無いのでご挨拶だけさせていただきます。」
私は家令に伝えると侍女を呼びワンピースに着換えた。
応接室に入り殿下にカーテシをとる。
私の心の中では大人の私が子供の私を抑え込むのに必死だ。
「体調が悪いのに無理な姿勢を取らないで楽にしてくれ。」
殿下がソファーに腰を下ろすのを確認して、私も前のソファーに座った。
「本日はお忙しい中、時間を割いて下さりありがとうございます。この通り体調は回復傾向にございます。」
殿下は驚愕した表情で私を見つめる。その見開かれた瞳は私の大好きな空色で、強く胸を揺さぶられた。
私の大人びた対応に驚いているのかもしれない。今まで理性的とは言い難い令嬢だった自覚はある。
殿下はふわりと優しく微笑む。
「良かった。五日間意識が無く、意識を取り戻した後も元気が無いと聞いていたから。」
本当に心配していたかのような声色に嬉しくて微笑んでしまいそうになる。
それでも私は形式的に口角を少し上げるだけの微笑みに留めた。
「殿下に心配をお掛けして誠に申し訳ありません。」
眉を少し下げて困ったように言うと、殿下は戸惑った表情を見せた。私が敬称で呼んだことに驚いたのかもしれない。
私の返答に今までとは違う距離を感じたのだろう。
「疲れてしまうと体に障る。もう失礼するよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「また来るよ。」
「もうそんなに心配することもありませんわ。」
私の言葉に拒絶を感じたのだろう。殿下は少し困ったように微笑むと名残惜しそうに帰っていった。
逃げたい思いと裏腹に婚約者という立場が私の逃げ道を塞ぐ。
★☆6年前★☆★
「お嬢様が目を覚まされました。」
侍女のハンナが両親を呼びに部屋を出ていく。暫くすると疲労を顔に滲ませた父と母が部屋に入ってきた。
母が無言のまま私の頬に付いた涙を拭ってくれた。知らずに泣いていたらしい。
私は思い出した記憶が現実のものなのか確認したかった。すぐさまベッドを下りようとして父に止められた。鏡を見たかったが…。
「リュル、どこも辛くないかい?」
「良かった。ずっと目を覚まさないからどんなに心配したか…。」
母が私を抱きしめてくれる。母の匂いは優しく甘く私を包んでくれ、ホッとした安心感が私の胸に広がる。
「兎に角何か飲んでください。」
医師に水を飲むよう促される。こくっ、こくっ、渇いていた身体に水が染み渡る。
「良かった。」
私と母が落ち着いた頃、父がそっと声を掛けてくれた。
「殿下がお見舞いに来ているんだが…。リュルは会いたいかい?」
殿下が6歳で婚約者になってから、私は嬉しくてしょっちゅう王宮に会いに行っていた。殿下の反応は一見穏やかで優しいが今思うと社交辞令的な態度でとても自らお見舞いに来るようには見えなかった。殿下から話しかけられた事など一度も無い。
今となっては私に興味が無かったのだと分かる。うんざりしていたのだろう。きっとお見舞いも周囲に言われての形式的なものに違いない。
「お父様、私は今きちんとお話出来る状態でもありませんし、体調がすぐれないとお伝えしても不敬にはあたりませんか?」
「大丈夫だ。リュルはそれでいいかい?」
「はい。勿論です。」
殿下の面会を断ると、私の中の幼いもう一人の自分が泣いているのを感じる。幼い、自分勝手な恋心。でも私は確かに殿下のことが好きだったのだ。私はもう一人の自分の心のまま、三日間泣き暮れた。
それから五日後再び殿下の訪問が家令によって告げられる。
今は両親は不在だ。
蓋をした恋心が膨らみ、胸が軋む。
「体調が万全では無いのでご挨拶だけさせていただきます。」
私は家令に伝えると侍女を呼びワンピースに着換えた。
応接室に入り殿下にカーテシをとる。
私の心の中では大人の私が子供の私を抑え込むのに必死だ。
「体調が悪いのに無理な姿勢を取らないで楽にしてくれ。」
殿下がソファーに腰を下ろすのを確認して、私も前のソファーに座った。
「本日はお忙しい中、時間を割いて下さりありがとうございます。この通り体調は回復傾向にございます。」
殿下は驚愕した表情で私を見つめる。その見開かれた瞳は私の大好きな空色で、強く胸を揺さぶられた。
私の大人びた対応に驚いているのかもしれない。今まで理性的とは言い難い令嬢だった自覚はある。
殿下はふわりと優しく微笑む。
「良かった。五日間意識が無く、意識を取り戻した後も元気が無いと聞いていたから。」
本当に心配していたかのような声色に嬉しくて微笑んでしまいそうになる。
それでも私は形式的に口角を少し上げるだけの微笑みに留めた。
「殿下に心配をお掛けして誠に申し訳ありません。」
眉を少し下げて困ったように言うと、殿下は戸惑った表情を見せた。私が敬称で呼んだことに驚いたのかもしれない。
私の返答に今までとは違う距離を感じたのだろう。
「疲れてしまうと体に障る。もう失礼するよ。」
「はい。ありがとうございます。」
「また来るよ。」
「もうそんなに心配することもありませんわ。」
私の言葉に拒絶を感じたのだろう。殿下は少し困ったように微笑むと名残惜しそうに帰っていった。
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