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第10話 薬師勤めへ
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「確かに、その方が良いですが……」
「じゃあ決まりね。朝日、ちょっといいかしら?」
ここで姜皇后は椅子から立ち上がる。右側で困惑の表情を浮かべている朝日へそっと耳打ちをした。何を話しているかは美雪の耳には聞こえてこない。
朝日の渋々と言った具合の表情からすると、何か無茶ぶりでも託したのだろうか? と推察する。
「と言う訳で今からあなたのお部屋とか、朝日に案内してもらうわね」
「はっ皇后様ありがとうございます……!」
「まあまあ。そんなかしこまって。そんなあなたも好きよ」
(そんな、あなたも……? が、ではなくて、も?)
彼女の言い回しが頭の奥で引っかかる。しかし先ほど朝日から言われた忠告がよぎった。指摘すれば無礼に当たるのではないかと思うと、この引っかかりは無視せざるを得ないようだ。
姜皇后からもう言っていいわよ。と促され再び頭を下げて挨拶をしてから退出し、朝日の背中をついていく。
彼に案内されたのは暁華殿の深部西にある個室の一角。薬師と医師には個室が与えられているのだ。
「あ」
「なんだ? 思い出したのか?」
部屋に入り、狭苦しく簡素な白い壁の部屋が視界に飛び込んできた瞬間、何度目かの懐かしさと衝撃が頭を襲う。
「ここ、私知ってます」
「そうなのか?」
「はい。見た事あるんです」
「そうか……見た事がある、か……まあいい。ここが君の部屋だ。服は花音から支給してもらうようにしよう。日用品も彼女に持ってきてもらうか」
とりあえず君はここにいてくれ。と言われたので簡素な木造りの架子台の上に座る。朝日は近くにいた中年くらいの白髪交じりな宮女を呼び止めて、彼女に指示を出していた。
どうやら朝日が花音へ伝えてくれる訳でもないらしい。
「あの、あの人に伝えて大丈夫なんですか?」
「君をここにひとりにしておく方が心配だ。何かあってはいけないからな」
(そういえば、最初朝日さんと会った時は追いかけ回されていましたね……)
しかしながらひとりでいて突如何者かに襲われる……と言う展開もごめんだ。すると扉の前で両手を組んで立っていた朝日が、美幸の右隣に座って来た。
「隣、失礼」
「あ、どうぞ。朝日さん。あっ」
「あっ……」
彼の太ももが触れる。思ったよりも硬くて筋肉質だ。この硬さは普段からあちこち歩いては医師として働いているが故のものなのかもしれない。
ちらりと朝日の方を見上げると、彼は何故か頬を朱色に染めていた。
「朝日さん、どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
と言っている割には、頬はどんどん赤く染まっていくのに、美雪は疑問しか感じえない。
「朝日さん、疲れてます? だって太もも硬いですし」
「は? ……まあ、最近睡眠はあまり取れていないが……気のせいだ。医師ならこれくらい」
「なんか朝日さんおかしいですよ。顔赤いですし」
「なっ……!」
朝日は両手で顔を覆う。どうして両手で顔を覆ってしまったのか、美雪には理解できない。
「朝日さん?」
「……すまない。病気とかではないんだ」
「そうですか……」
(体調不良じゃないなら、大丈夫ですかね……)
朝日が顔から両手をどかし、ふうっと整えるようにして息を吐くのを横目で見る。彼の顔をじっくりと観察してみると、肌は滑らかで案外まつ毛の量が多いように見える。
(整った顔立ちをしていますよねえ……)
少しだけ胸に懐かしさと似たものが去来したような感覚を抱きながら、その後も朝日からの説明を真面目に聞いていたのだった。
説明が終わると朝日と共に新葉と花音へ別れのあいさつに赴く。衣服を畳んでいた彼女達へ明日から薬師として働く事を告げた。
「薬師! やっぱりそんな気がしたんですよ」
「新葉さん……!」
「あの時の美雪さん、お医者様か薬師の方っぽいなって思ったので」
(確かにそう言っていましたね、覚えていたんだ……)
花音は少し寂し気な目元へ変化しているが、明るく務めようとしている。
◇ ◇ ◇
翌日の早朝。いつもよりも早起きした美雪は淡い桃色の衣服に袖を通す。
(こちらの方がしっくりくる……着慣れていた感じがして……)
着替えた後は暁華殿内にある宮女達用の食堂へ向かった。まだ早い時間にも関わらず、数人程が朝食を食べている。朝食である雑炊と漬物を料理担当の宮女から貰うと右側の席に座った。
「いただきます」
洗濯場で食べていた時、朝食で出されていた雑炊と比べると、彩りが豊かに見える。味わいもしっかりしていて、改めて自分の立場が変わった事を理解した。
食後は昨日朝日から紹介してもらった、薬師達が集う詰所へ移動した。
(廊下も何もかもがやっぱり懐かしく思える)
「おはようございます。美雪です。よろしくお願いいたします……!」
挨拶をしながら、扉を開ける。すると同じ淡い桃色の衣服を身にまとった女性薬師3人程がちらりと美雪に視線を送った。
その視線はどことなくひりついていて、決して友好的なものではない。ひりつきを受け止めた美雪の心はざわめき始めたのだった。
「あなた、美雪ね……」
「じゃあ決まりね。朝日、ちょっといいかしら?」
ここで姜皇后は椅子から立ち上がる。右側で困惑の表情を浮かべている朝日へそっと耳打ちをした。何を話しているかは美雪の耳には聞こえてこない。
朝日の渋々と言った具合の表情からすると、何か無茶ぶりでも託したのだろうか? と推察する。
「と言う訳で今からあなたのお部屋とか、朝日に案内してもらうわね」
「はっ皇后様ありがとうございます……!」
「まあまあ。そんなかしこまって。そんなあなたも好きよ」
(そんな、あなたも……? が、ではなくて、も?)
彼女の言い回しが頭の奥で引っかかる。しかし先ほど朝日から言われた忠告がよぎった。指摘すれば無礼に当たるのではないかと思うと、この引っかかりは無視せざるを得ないようだ。
姜皇后からもう言っていいわよ。と促され再び頭を下げて挨拶をしてから退出し、朝日の背中をついていく。
彼に案内されたのは暁華殿の深部西にある個室の一角。薬師と医師には個室が与えられているのだ。
「あ」
「なんだ? 思い出したのか?」
部屋に入り、狭苦しく簡素な白い壁の部屋が視界に飛び込んできた瞬間、何度目かの懐かしさと衝撃が頭を襲う。
「ここ、私知ってます」
「そうなのか?」
「はい。見た事あるんです」
「そうか……見た事がある、か……まあいい。ここが君の部屋だ。服は花音から支給してもらうようにしよう。日用品も彼女に持ってきてもらうか」
とりあえず君はここにいてくれ。と言われたので簡素な木造りの架子台の上に座る。朝日は近くにいた中年くらいの白髪交じりな宮女を呼び止めて、彼女に指示を出していた。
どうやら朝日が花音へ伝えてくれる訳でもないらしい。
「あの、あの人に伝えて大丈夫なんですか?」
「君をここにひとりにしておく方が心配だ。何かあってはいけないからな」
(そういえば、最初朝日さんと会った時は追いかけ回されていましたね……)
しかしながらひとりでいて突如何者かに襲われる……と言う展開もごめんだ。すると扉の前で両手を組んで立っていた朝日が、美幸の右隣に座って来た。
「隣、失礼」
「あ、どうぞ。朝日さん。あっ」
「あっ……」
彼の太ももが触れる。思ったよりも硬くて筋肉質だ。この硬さは普段からあちこち歩いては医師として働いているが故のものなのかもしれない。
ちらりと朝日の方を見上げると、彼は何故か頬を朱色に染めていた。
「朝日さん、どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
と言っている割には、頬はどんどん赤く染まっていくのに、美雪は疑問しか感じえない。
「朝日さん、疲れてます? だって太もも硬いですし」
「は? ……まあ、最近睡眠はあまり取れていないが……気のせいだ。医師ならこれくらい」
「なんか朝日さんおかしいですよ。顔赤いですし」
「なっ……!」
朝日は両手で顔を覆う。どうして両手で顔を覆ってしまったのか、美雪には理解できない。
「朝日さん?」
「……すまない。病気とかではないんだ」
「そうですか……」
(体調不良じゃないなら、大丈夫ですかね……)
朝日が顔から両手をどかし、ふうっと整えるようにして息を吐くのを横目で見る。彼の顔をじっくりと観察してみると、肌は滑らかで案外まつ毛の量が多いように見える。
(整った顔立ちをしていますよねえ……)
少しだけ胸に懐かしさと似たものが去来したような感覚を抱きながら、その後も朝日からの説明を真面目に聞いていたのだった。
説明が終わると朝日と共に新葉と花音へ別れのあいさつに赴く。衣服を畳んでいた彼女達へ明日から薬師として働く事を告げた。
「薬師! やっぱりそんな気がしたんですよ」
「新葉さん……!」
「あの時の美雪さん、お医者様か薬師の方っぽいなって思ったので」
(確かにそう言っていましたね、覚えていたんだ……)
花音は少し寂し気な目元へ変化しているが、明るく務めようとしている。
◇ ◇ ◇
翌日の早朝。いつもよりも早起きした美雪は淡い桃色の衣服に袖を通す。
(こちらの方がしっくりくる……着慣れていた感じがして……)
着替えた後は暁華殿内にある宮女達用の食堂へ向かった。まだ早い時間にも関わらず、数人程が朝食を食べている。朝食である雑炊と漬物を料理担当の宮女から貰うと右側の席に座った。
「いただきます」
洗濯場で食べていた時、朝食で出されていた雑炊と比べると、彩りが豊かに見える。味わいもしっかりしていて、改めて自分の立場が変わった事を理解した。
食後は昨日朝日から紹介してもらった、薬師達が集う詰所へ移動した。
(廊下も何もかもがやっぱり懐かしく思える)
「おはようございます。美雪です。よろしくお願いいたします……!」
挨拶をしながら、扉を開ける。すると同じ淡い桃色の衣服を身にまとった女性薬師3人程がちらりと美雪に視線を送った。
その視線はどことなくひりついていて、決して友好的なものではない。ひりつきを受け止めた美雪の心はざわめき始めたのだった。
「あなた、美雪ね……」
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