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第9話 元居た場所へ
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「そうだな。その事を俺は深く考えていなかった」
「?」
「俺は嫌な記憶は全部忘れてしまえば良いと思っていた……その方が君にとっては楽かもしれないと」
(私の事、気遣ってくださったのかな?)
そのまま考え込む仕草を見せる朝日。彼の動向を注意深く観察する。次に出てくる言葉は何か。何が出てきてもいいように覚悟を決めて彼の姿を見つめる。
「わかった。じゃあ、ついてきてほしい」
「わかりました……」
彼が向かう先は暁華殿の正面入り口。この建物は妃達が住まう屋敷の中では群を抜いて巨大な為、一体どこに連れていかれるのか全く読めない。
(こないだみたいな部屋にでも案内するのでしょうか……?)
暁華殿の中ではあちこちを宮女や宦官が歩いている。密度は洗濯場よりも狭く感じられ、いかにこの屋敷内で働く者達が多いかを突き付けられているようだ。
朱塗りの柱ひとつひとつに極彩色の装飾が施され、色とりどりの晩夏の花々が磁器に生けられて芳醇な香りを漂わせている。この建物の奥に皇后が鎮座していると考えると、確かに最高位の妃にふさわしい建築だ。
(この建物も……なんだかどこかで見た事があるような、ないような……)
「美雪、こっちだ。はぐれるんじゃないぞ」
「あっ、失礼しました」
「気にするな。君ならはぐれる事はない。さあ、ここを右に曲がるぞ」
彼の足が止まった先には、大きな朱塗りの扉が広がっていた。扉の左右に宦官と兵士が控えているのを見る限り、この奥に皇后がいると直感が知らせてくれる。
「この奥に姜皇后様がいらっしゃる。今から君に会って、今後どうするかを話したいと思うが、いいか?」
「え、なぜ……皇后様と?」
「だって君は薬師として働きたいと言ったじゃないか。それはつまり皇后様付きの薬師、と言う事だと俺は思ったのだが違うのか?」
「あっいや……そこまで考えておりませんでした……でも、朝日さんと同じ皇后様付きなら、何かあった時頼れるのかも……?」
確かに朝日が近くにいた方が、何かあった時は安心感が違うはずだ。腕組みをしながら考えていると朝日は少し頬を桃色に染めながら咳ばらいをする。
「まず皇后様についての説明だ。君はどれだけ覚えているかも確認しなければな」
「皇后の位が最上位で、皇帝の正妻だと言う事は知っています」
「わかった」
朝日からもたらされた説明をまとめる
姜皇后は朝日達の主で皇帝の正妻。子供は既に5人おり、その中には世継ぎである皇太子もいる。
性格はたおやかで宮女達からは優しい母親のような存在に見られているらしい。いつも落ち着いており、妃としては珍しく嫉妬心は無く、優しさで満ち溢れている人物だとか。
「怒る場面を俺は見た事がない。だが、無礼はするなよ」
「わかりました」
さすがに相手は皇后だ。下手には出れない。
まさに高貴で貴婦人らしい人。子供が5人いる所からも分かる通り、皇帝からの寵愛も絶大なので妃達からは適わない存在とされている。一方、嫉妬深い妃たちからはあまり良く思われていない。と言う話も彼から教えられた。
「後宮は嫉妬が溜まりに溜まった汚い壺のようなものだ」
「そうでしょうね。たくさんの妃達が集まっているのですから……」
「よし、先に俺が入って話をする。後で呼ぶから君はそこで待っているんだ」
宣言通り朝日が先に扉の向こうへと姿を消していった。目を閉じて平常心を装っていると、十数秒後に彼の声が頭上へと降りかかる。
「もう良いのですか?」
「ああ、俺の後ろについてこい」
促されて入った先には真っ赤な衣服に身を包んだ、ひとりの女性が玉座めいた椅子に腰かけているのが見えた。
少々ふくよかで丸顔な彼女は、手入れが行き届いている艶やかな黒髪を金銀サンゴの髪飾りで彩っている。
たれ目で一重の赤い瞳はまっすぐに自分へと向けられているのを感じた。まさに赤で彩られた姿は鮮やかで強烈だが、柔和な表情がその強さを解してくれているようにも受け止められる。
「挨拶を」
「は、はい。皇后様。宮女の美雪でございます。お会いできて光悦至極にございます……」
緊張感が身体全体を包んでいるせいでうまく手足が動かせない。その状態でもひざまずいて挨拶を行う。
まるで上から己の全てを眺められているような、そんな感覚だ。
「美雪。私も会いたかったのよ。元気にしていたかしら?」
「はい」
「まあ!」
目をまん丸にさせて驚く姜皇后の顔は、まるで少女のそれと被って見える。
「朝日、美雪には優しいのね?」
「なっ……放っておけないのは、確かでございますが……」
「ふふっ。朝日らしい。美雪。あなたの事。そして薬師として働きたいと朝日から聞いたわ」
「はっその通りでございます」
さて、どのような言葉が彼女の口から放たれるのか。心臓が爆発してしまいそうな程、鼓動を速めていく。
「じゃあ、明日から私付きの薬師として働いてみない?」
「えっ」
明日からと言う迅速な対応には驚きしか感じられない。姜皇后はにっこりと微笑むと、その方がいいでしょう? と朝日を傍らに立つ朝日に視線を投げかけたのだった。
「?」
「俺は嫌な記憶は全部忘れてしまえば良いと思っていた……その方が君にとっては楽かもしれないと」
(私の事、気遣ってくださったのかな?)
そのまま考え込む仕草を見せる朝日。彼の動向を注意深く観察する。次に出てくる言葉は何か。何が出てきてもいいように覚悟を決めて彼の姿を見つめる。
「わかった。じゃあ、ついてきてほしい」
「わかりました……」
彼が向かう先は暁華殿の正面入り口。この建物は妃達が住まう屋敷の中では群を抜いて巨大な為、一体どこに連れていかれるのか全く読めない。
(こないだみたいな部屋にでも案内するのでしょうか……?)
暁華殿の中ではあちこちを宮女や宦官が歩いている。密度は洗濯場よりも狭く感じられ、いかにこの屋敷内で働く者達が多いかを突き付けられているようだ。
朱塗りの柱ひとつひとつに極彩色の装飾が施され、色とりどりの晩夏の花々が磁器に生けられて芳醇な香りを漂わせている。この建物の奥に皇后が鎮座していると考えると、確かに最高位の妃にふさわしい建築だ。
(この建物も……なんだかどこかで見た事があるような、ないような……)
「美雪、こっちだ。はぐれるんじゃないぞ」
「あっ、失礼しました」
「気にするな。君ならはぐれる事はない。さあ、ここを右に曲がるぞ」
彼の足が止まった先には、大きな朱塗りの扉が広がっていた。扉の左右に宦官と兵士が控えているのを見る限り、この奥に皇后がいると直感が知らせてくれる。
「この奥に姜皇后様がいらっしゃる。今から君に会って、今後どうするかを話したいと思うが、いいか?」
「え、なぜ……皇后様と?」
「だって君は薬師として働きたいと言ったじゃないか。それはつまり皇后様付きの薬師、と言う事だと俺は思ったのだが違うのか?」
「あっいや……そこまで考えておりませんでした……でも、朝日さんと同じ皇后様付きなら、何かあった時頼れるのかも……?」
確かに朝日が近くにいた方が、何かあった時は安心感が違うはずだ。腕組みをしながら考えていると朝日は少し頬を桃色に染めながら咳ばらいをする。
「まず皇后様についての説明だ。君はどれだけ覚えているかも確認しなければな」
「皇后の位が最上位で、皇帝の正妻だと言う事は知っています」
「わかった」
朝日からもたらされた説明をまとめる
姜皇后は朝日達の主で皇帝の正妻。子供は既に5人おり、その中には世継ぎである皇太子もいる。
性格はたおやかで宮女達からは優しい母親のような存在に見られているらしい。いつも落ち着いており、妃としては珍しく嫉妬心は無く、優しさで満ち溢れている人物だとか。
「怒る場面を俺は見た事がない。だが、無礼はするなよ」
「わかりました」
さすがに相手は皇后だ。下手には出れない。
まさに高貴で貴婦人らしい人。子供が5人いる所からも分かる通り、皇帝からの寵愛も絶大なので妃達からは適わない存在とされている。一方、嫉妬深い妃たちからはあまり良く思われていない。と言う話も彼から教えられた。
「後宮は嫉妬が溜まりに溜まった汚い壺のようなものだ」
「そうでしょうね。たくさんの妃達が集まっているのですから……」
「よし、先に俺が入って話をする。後で呼ぶから君はそこで待っているんだ」
宣言通り朝日が先に扉の向こうへと姿を消していった。目を閉じて平常心を装っていると、十数秒後に彼の声が頭上へと降りかかる。
「もう良いのですか?」
「ああ、俺の後ろについてこい」
促されて入った先には真っ赤な衣服に身を包んだ、ひとりの女性が玉座めいた椅子に腰かけているのが見えた。
少々ふくよかで丸顔な彼女は、手入れが行き届いている艶やかな黒髪を金銀サンゴの髪飾りで彩っている。
たれ目で一重の赤い瞳はまっすぐに自分へと向けられているのを感じた。まさに赤で彩られた姿は鮮やかで強烈だが、柔和な表情がその強さを解してくれているようにも受け止められる。
「挨拶を」
「は、はい。皇后様。宮女の美雪でございます。お会いできて光悦至極にございます……」
緊張感が身体全体を包んでいるせいでうまく手足が動かせない。その状態でもひざまずいて挨拶を行う。
まるで上から己の全てを眺められているような、そんな感覚だ。
「美雪。私も会いたかったのよ。元気にしていたかしら?」
「はい」
「まあ!」
目をまん丸にさせて驚く姜皇后の顔は、まるで少女のそれと被って見える。
「朝日、美雪には優しいのね?」
「なっ……放っておけないのは、確かでございますが……」
「ふふっ。朝日らしい。美雪。あなたの事。そして薬師として働きたいと朝日から聞いたわ」
「はっその通りでございます」
さて、どのような言葉が彼女の口から放たれるのか。心臓が爆発してしまいそうな程、鼓動を速めていく。
「じゃあ、明日から私付きの薬師として働いてみない?」
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