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第13話 疑いたくなんてない
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「美雪。君は優しい。それはいいんだ。意地悪なやつよりもずっと良い」
「朝日様?」
美雪の視界に映し出されている朝日の青い瞳には哀愁が籠もっているようにも見える。彼の瞳を真っ直ぐに見ていると、次第に中へ吸い込まれていきそうな錯覚を覚えた。
だが、目を逸らそうとしても逸らせない。
「その優しさは、時として後宮内では仇になる事もある」
「あ、仇、ですか……」
「幸い今日はどうにかなったが、君を踏みにじったり利用する輩がいないとも限らない」
彼の真剣な目つきに、自分の身体が打ち抜かれていく――。痛い所もそうでない所もまとめて貫通したような、そんな感覚さえしてしまう程に。
「それと彼女達がなぜ君にあのような事をしたのか、俺はなんとなく理解できる……」
「なぜ、でしょうか?」
「それは俺の口からは言えない。しかし、君は許せても俺は医師長として、彼女達へ何らかの罰を与えないといけない」
朝日の低い声音が、人気のない廊下に響き渡り美雪の鼓膜を揺らした。
「でもっ、鞭打ちはやめてあげてください……! 痛みを与えるなんて……!」
「そこまではしないよ。安心してくれ」
ハハッと笑う朝日を見て、少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来た。
ふう。と息を吐くと、心配させてしまってすまないな。と彼の声が頭上に降りかかる。
「さあ、薬師の詰所に戻ろう」
「はい……」
◇ ◇ ◇
詰所に到着した後は朝日と分かれる。ひとりで薬棚を見つめていた美雪は、先ほど見ていた配合表を改めて読んでみる事にした。
「へえ……すごい。わかりやすい気がしますね……」
使用する薬は入手困難な高級品から、市場で売られていたりその辺に生えているようなものまでまさに多種多様な種が掲載されていた。
また、姜皇后が普段飲んでいる薬はどれも手ごろなもの。遠方から取り寄せたりするようなものは見当たらない。
(皇后様だから、もっと希少なものが多いかと思ってた……)
と、感じた事を胸の中で唱えていると、ふいにそういえばそうだった。と慣れた感覚が全身に宿る。
(……思い出した。皇后様はそうだった……)
またひとつ、記憶の断片を取り戻した美雪は、その余韻に浸りながら配合表をぺらぺらとめくって読み込んでいく。
しばらくして朱美、魯照、零染の3人が詰所へと戻ってきた。戻るやいなや彼女達は配合表を読んでいる途中の美雪へ頭を下げる。
「本当にごめんなさい!!」
「大丈夫てすよ、気にしないでください……!」
「でも、いじわるをしたのは事実ですし……! 許してもらえるなんて思っていないわ、本当にごめんなさい」
ここで朱美がだからやんない方が良かったのに! と言い出したのを皮切りに、3人の中で言い争いが発生した。
やんややんやと一挙に3人の声が美雪の鼓膜へ直接鳴り響いてくる。そのせいか美雪の頭に痛みが現れてきた。
「私だってしたくなかったわよ! でも、もう爆発してしまいそうだったし!」
「魯照の言う通りだったわ、でも朱美はどうなのよ?! 一番愚痴ってたじゃない! どうせまた美雪はいなくなるって!」
「零染、そうだけど! でも直接いじめるような真似はしないでもいいかなって思ったの!」
(美雪はいなくなる……?)
釣り針のような引っかかりを覚える。やはりここで働いていた時に何かやらかしてしまったのだろうか? 一抹の不安が美雪の胸の奥に芽生えた。
「まあまあ、落ち着いてください……! 喧嘩はよくないです!」
彼女達へ真相を尋ねる前に何とか言い争いをなだめると、美雪はふぅ。と息を吸って吐くのを繰り返した。
「あの、私が記憶を失う前に何かやらかした感じですか? いなくなるって朱美さん仰ってましたけど」
「あ」
3人は互いに口を開きながら、目を合わせる。どうやらこの反応を見る限り、言ってはいけない事を言ってしまったようだ。
「朱美、言っちゃだめって」
「あ、そうだった……でももう聞こえちゃったから、ちょっとくらい話そうか」
「朱美さん……何があったのでしょうか?」
「あなた、記憶を失う前はここで働いていたの。薬師としてね」
自分が取り戻した記憶の断片と一致する内容に、美幸はごくりと唾を飲み込む。その先が聞きたくてはやる心を抑えようとしても、歯止めが利きそうにない。
「それで……私は、何か……」
「いきなりいなくなったのよ。ここから」
「え?」
「で、記憶喪失になってたって訳よ。だから、またどこかへ消えてしまうんじゃないかって思ったの」
美雪は一度、床下へ視線を落とす。朱美の話がいまいち飲み込めないからだ。
なぜ自分が職場から姿を消したのかを思い起こそうとしても、記憶がよみがえるような衝撃はいつまで経っても現れない。
「なぜ……」
「……」
誰も言葉を発しようとしない。冷たい空気が流れている。美雪は何とかしてこの空気を打破しようと思考回路を巡らせるが、最適な言葉が見つからない。
その時、朝日の部下である医師が2名、荒々しく靴音を鳴らしながら詰所へと入って来る。
「魯照、朱美、零染。いるか? 朝日様がお呼びだ。来るように」
「! は、はい……!」
3人は血相を変えて彼らの元へついていく。彼女達と入れ替わるようにして別の女性薬師2名と男性薬師3名が詰所に姿を見せた。
「あっあなたが新人の?!」
女性薬師達から声を掛けられた美雪はすぐさま彼女達へ挨拶をする。5人は朗らかに笑いながらよろしくね。と返してくれたが、ほんの少しだけ、声音に硬さが宿っていた。
(私、急にいなくなるなんて何をしたんだろう……。きっと、それだけが理由じゃない気もして)
でも、仕事をほっぽりだすなんて出来ない。それなのにここから姿を消すなんてそれ相応の理由がないと矛盾している。
自分を疑ってしまうのに、疑いたくない。相反する感情が美雪の身体を縛り付けようとしていた。
「朝日様?」
美雪の視界に映し出されている朝日の青い瞳には哀愁が籠もっているようにも見える。彼の瞳を真っ直ぐに見ていると、次第に中へ吸い込まれていきそうな錯覚を覚えた。
だが、目を逸らそうとしても逸らせない。
「その優しさは、時として後宮内では仇になる事もある」
「あ、仇、ですか……」
「幸い今日はどうにかなったが、君を踏みにじったり利用する輩がいないとも限らない」
彼の真剣な目つきに、自分の身体が打ち抜かれていく――。痛い所もそうでない所もまとめて貫通したような、そんな感覚さえしてしまう程に。
「それと彼女達がなぜ君にあのような事をしたのか、俺はなんとなく理解できる……」
「なぜ、でしょうか?」
「それは俺の口からは言えない。しかし、君は許せても俺は医師長として、彼女達へ何らかの罰を与えないといけない」
朝日の低い声音が、人気のない廊下に響き渡り美雪の鼓膜を揺らした。
「でもっ、鞭打ちはやめてあげてください……! 痛みを与えるなんて……!」
「そこまではしないよ。安心してくれ」
ハハッと笑う朝日を見て、少しだけ落ち着きを取り戻す事が出来た。
ふう。と息を吐くと、心配させてしまってすまないな。と彼の声が頭上に降りかかる。
「さあ、薬師の詰所に戻ろう」
「はい……」
◇ ◇ ◇
詰所に到着した後は朝日と分かれる。ひとりで薬棚を見つめていた美雪は、先ほど見ていた配合表を改めて読んでみる事にした。
「へえ……すごい。わかりやすい気がしますね……」
使用する薬は入手困難な高級品から、市場で売られていたりその辺に生えているようなものまでまさに多種多様な種が掲載されていた。
また、姜皇后が普段飲んでいる薬はどれも手ごろなもの。遠方から取り寄せたりするようなものは見当たらない。
(皇后様だから、もっと希少なものが多いかと思ってた……)
と、感じた事を胸の中で唱えていると、ふいにそういえばそうだった。と慣れた感覚が全身に宿る。
(……思い出した。皇后様はそうだった……)
またひとつ、記憶の断片を取り戻した美雪は、その余韻に浸りながら配合表をぺらぺらとめくって読み込んでいく。
しばらくして朱美、魯照、零染の3人が詰所へと戻ってきた。戻るやいなや彼女達は配合表を読んでいる途中の美雪へ頭を下げる。
「本当にごめんなさい!!」
「大丈夫てすよ、気にしないでください……!」
「でも、いじわるをしたのは事実ですし……! 許してもらえるなんて思っていないわ、本当にごめんなさい」
ここで朱美がだからやんない方が良かったのに! と言い出したのを皮切りに、3人の中で言い争いが発生した。
やんややんやと一挙に3人の声が美雪の鼓膜へ直接鳴り響いてくる。そのせいか美雪の頭に痛みが現れてきた。
「私だってしたくなかったわよ! でも、もう爆発してしまいそうだったし!」
「魯照の言う通りだったわ、でも朱美はどうなのよ?! 一番愚痴ってたじゃない! どうせまた美雪はいなくなるって!」
「零染、そうだけど! でも直接いじめるような真似はしないでもいいかなって思ったの!」
(美雪はいなくなる……?)
釣り針のような引っかかりを覚える。やはりここで働いていた時に何かやらかしてしまったのだろうか? 一抹の不安が美雪の胸の奥に芽生えた。
「まあまあ、落ち着いてください……! 喧嘩はよくないです!」
彼女達へ真相を尋ねる前に何とか言い争いをなだめると、美雪はふぅ。と息を吸って吐くのを繰り返した。
「あの、私が記憶を失う前に何かやらかした感じですか? いなくなるって朱美さん仰ってましたけど」
「あ」
3人は互いに口を開きながら、目を合わせる。どうやらこの反応を見る限り、言ってはいけない事を言ってしまったようだ。
「朱美、言っちゃだめって」
「あ、そうだった……でももう聞こえちゃったから、ちょっとくらい話そうか」
「朱美さん……何があったのでしょうか?」
「あなた、記憶を失う前はここで働いていたの。薬師としてね」
自分が取り戻した記憶の断片と一致する内容に、美幸はごくりと唾を飲み込む。その先が聞きたくてはやる心を抑えようとしても、歯止めが利きそうにない。
「それで……私は、何か……」
「いきなりいなくなったのよ。ここから」
「え?」
「で、記憶喪失になってたって訳よ。だから、またどこかへ消えてしまうんじゃないかって思ったの」
美雪は一度、床下へ視線を落とす。朱美の話がいまいち飲み込めないからだ。
なぜ自分が職場から姿を消したのかを思い起こそうとしても、記憶がよみがえるような衝撃はいつまで経っても現れない。
「なぜ……」
「……」
誰も言葉を発しようとしない。冷たい空気が流れている。美雪は何とかしてこの空気を打破しようと思考回路を巡らせるが、最適な言葉が見つからない。
その時、朝日の部下である医師が2名、荒々しく靴音を鳴らしながら詰所へと入って来る。
「魯照、朱美、零染。いるか? 朝日様がお呼びだ。来るように」
「! は、はい……!」
3人は血相を変えて彼らの元へついていく。彼女達と入れ替わるようにして別の女性薬師2名と男性薬師3名が詰所に姿を見せた。
「あっあなたが新人の?!」
女性薬師達から声を掛けられた美雪はすぐさま彼女達へ挨拶をする。5人は朗らかに笑いながらよろしくね。と返してくれたが、ほんの少しだけ、声音に硬さが宿っていた。
(私、急にいなくなるなんて何をしたんだろう……。きっと、それだけが理由じゃない気もして)
でも、仕事をほっぽりだすなんて出来ない。それなのにここから姿を消すなんてそれ相応の理由がないと矛盾している。
自分を疑ってしまうのに、疑いたくない。相反する感情が美雪の身体を縛り付けようとしていた。
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