後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第14話 秋大宴祭

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 時が経つのは早いもので、夏が終わって本格的な秋が到来した。
 朱美、零染、魯照の3人は朝日から謹慎処分を言い渡されている。2週間ほど姿を見せなかったが出仕した後はまるであの事が無かったかのように、優しく美雪に接していて、今もそれは変わらない。
 ちなみに美雪は謹慎処分を軽くするように朝日へ頼んだが、彼はこれでいい。むしろ足りないくらいだと言って跳ね返された。

 ――君にあのような事をするなんて、個人的にも許せない。

 この朝日の発言の意図は少し気になったが、尋ねても顔を朱に染めるだけ。答えは返って来なかった。

 洗濯場で働いていた時に毒殺された林才人だが、犯人は未だに見つからない。しかも彼女の存在はほぼ語られなくなり、本格的に忘却の彼方へと移行している。
 美雪は彼女とは面識こそないが、忘れてはいけないと正義感を募らせていた。具体的には時折彼女が暮らしていた部屋を訪れては季節の花を手向けたり、証拠が落ちていないかを確認している。

(彼女の事は、忘れてはいけない)

 林才人付きの宮女達は既にそれぞれ他の妃付きの宮女になったりと配置転換がなされている。たまに彼女達へ林才人がどのような人物だったかを尋ねてみると、皆いいような答えが返って来た。

 ――良い人でしたよ。今仕えている妃は機嫌の浮き沈みがひどくて、林才人様が良かったって思っちゃうくらいです。
 ――人柄の良さが本当に伝わって来るお方でした。どうして殺されなければいかなかったのでしょうか……。
 ――蠱惑的な見た目の方でしたが、いざ話してみるとおおらかで陽気で楽しかったです。陛下がご寵愛したのも頷けます。
 ――1番印象に残っているのは、共にお菓子を作った事ですね。親しみやすい妃でございました。

(本当に、惜しい方を失った……)

 また、彼女が最期の食事を取る前、毒見をした宮女とも接触した。青才人付きの宮女となった彼女は未だに林才人の死は己のせいだと悔いている。
 
 ――毒見役であるあたしが代わりに死んでいたら良かった……! 林才人様も、お腹のお子も助かっていたはずなのに……!

 美雪へ大粒の涙を流しながらそう語る彼女の姿は、今でも脳裏に深く刻み込まれている。絶対に忘れないだろうという確証さえあるほどに。

(でも、だからと言って人が死んでいい事なんて無い。代わりなんてない)

 自死を考えていた彼女に対し、美雪はそれだけは良くない。と何度も制止した。大きな声を構わず出して引き留めた結果、彼女は肩で息を吸って吐くのを数度繰り返した後、美雪へ作り笑いを向けた。

 ――美雪さんとお話できてよかったです。少しは楽になれました。あたしは引き留めてくれる人を待っていたのかもしれません。

 去っていく彼女の背中は、負の感情だけでなく、これから先を見据えて良そうな明るさも宿っていた。

 そんなこんなで出来事を振り返っていた。そこでとある共通点がよぎる。

(新葉さんに林才人様と、毒物を使った事件が立て続けに起きている。何か関係はあったりするのでしょうか……?)

 かぶれで済んだ新葉と亡くなった林才人。こうも連続していると関係性を疑ってしまう。

(未だに自分の記憶は全部戻ってこない)

 思い出したのは、ここで勤めていた頃の断片的な記憶だけ。
 しかし焦りは禁物だと己に言い聞かせながら、仕事に当たっている。こなしているのは、姜皇后の子供達に服用させている栄養剤作りだ。

 彼らは週に一度、朝日ら医師達から健康診断を受けている。簡単な診察自体は毎朝行っているが、彼らは皇后の子供達。身体に異常をきたす前に……と言うのが当たり前なのだ。

 そんな彼らは揃って冷え症持ち。冬になると霜焼けに悩まされやすいと朝日が教えてくれた。
 それゆえに身体を温めたり血や気、水の流れをよくさせる成分の薬草を用意。乾燥後は粉末状にし水に溶いて丸薬にさせ、毎朝食前に服用している。

「水、水……」

 煮沸消毒した水を木製の柄杓で1杯掬う。粉末状の薬草が入った白いすり鉢の中にゆっくりと入れながらすりこぎ棒でかき混ぜた。

「硬さはちょうど良い感じですかね……」

 ここから専用の裁断機にかけ、更に日に当てたりと複雑な工程を得て丸薬となる。その工程を得て薬が生まれる瞬間は、美雪にとってはとても愛おしい。

(楽しい。薬を作るのがとてもやりがいがある……!)

 出来上がった丸薬の元を、茶色い漆塗りのお盆に乗せ、機織り機のような裁断機へ持っていこうとした時だった。

「今年、秋大宴祭はどんな感じなんでしょうねぇ」

 荷物を届けに来た姜皇后付きの若い宮女の呟きを耳が拾った。
 秋大宴祭。名前からして祭りの類いらしいのはわかった。だが、脳内では懐かしさを感じたりはしない。はたしてどのような行事なのだろうか?

「すみません、秋大宴祭とは、どのような行事なのでしょうか?」
「作物の豊穣を祝う後宮内の行事でございます」

 若い宮女の簡単な説明によれば、1週間もの間、朝からから夜明けまで続く宴会と言う事だった。
 この日は国の内外から希少な食材が取り寄せられ神々へ奉納され、さまざまに調理されて頂くそう。

「後宮入りしたら、皇帝陛下からの特別な許可がない限り死ぬまで出られません。なので食事以外にも娯楽が詰まった日でもあるんですよ」
「娯楽……例えば?」
「大道芸人が国中から訪れます。それに外国からの使者や商人が自国の品々を売り込みに来たり……とにかく後宮内に様々な屋台や劇場が立ち並んで、もうすごい騒ぎなんですよ」

 ちょっとした商店街のような光景を想像すると、これは非日常へと誘ってくれるような気がしてならない。

「ちなみにその秋大宴祭、いつなんですか?」
「2週間後ですね。そろそろ関係者が出入りして、屋台を立てたりする時期です」
「2週間後……!」

 想定していたよりも近くに迫っている。すると近くにいた薬師達が美雪の元へと寄って来た。彼女は慌てて丸薬の元を裁断機へ投入する。

「これで、こっちの取っ手を引く……」
「美雪さん、秋大宴祭楽しみにしてる?」

 薬師達に声を掛けられたので、裁断機から視線を動かさないままはい。と明るく答える。勿論お祭りは楽しみ。美味しいものをたくさん食べられて、人々の歓声を耳にし、日常とは違う世界を堪能する事が出来るのだから。

「美雪さん、すごい目が輝いていたから楽しみにしてそうだなって」
「えっそうですか?! あっ仕事中にごめんなさい……」
「いいのいいの! むしろ私達も楽しみだもの、ねえ?!」
「そうだそうだ! 俺達にとって、数少ない娯楽でもあるからな!」

 男性薬師達はがはははっ! と大きく愉快な笑い声を挙げながら、今年の踊り子達はどんなかわいい子が来るかな~? などと話している。それを女性薬師達はまた始まった……と言わんばかりに冷たい眼差しを向けていた。
 踊り子がどのような者達かはなんとなく知っている。彼女達の持つ妖艶な空気は、どこか後宮の妃達が持っているものと似ているようにも感じているのだ。

(秋大宴祭、楽しみだなあ)
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