後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

文字の大きさ
16 / 59

第15話 朝日との昼食

しおりを挟む
 秋大宴祭開催まであと1週間に迫った。後宮内には屋台を立てる為に皇帝が直々に集めた職人達が宙雇わず屋台設営などの作業に従事している。
 薬師としての仕事の傍ら、美雪達も秋大宴祭に向けて準備を進めていた。具体的には処分期限が近づいている薬をひとつずる紙袋に入れて商品にしたり。他にも薬のお悩みを相談する場を設けるのも決定している。
 今は昼。午前の仕事を終えた美雪達は食堂で昼食を取っている最中だ。

「ごはん美味しい……」

 今日の昼食は炊き立ての白米に、鳥肉と根菜複数種を焼いたもの。卵入りでとろみのついた温かな汁物と小さな月餅が2つ。どれも美雪が好きな品々だ。

「お肉とご飯が、合う……」
「美雪、隣いいか?」

 声がした左隣に首を回すと、同じ品をお盆に乗せた朝日の姿があった。突然の登場に美雪は口内に入れたものを吐き出してしまう位驚いてしまう。

「っ!」

 慌てて飲み込もうとしたら、むせてしまった。それに気が付いた朝日が背中を軽くたたいてくれたおかげで難を逃れる。しかし生きた心地はしない。

「はあ……はあ……申し訳、ありません……朝日さん……」
「いや、こっちこそ急に隣に座って済まない。大丈夫か?」
「大丈夫です。ふう……」

 お茶を2口ほど飲んで改めて呼吸を落ち着かせた。

「朝日さん、今日はどうですか?」
「今日はぼちぼちだな。皇后様もお子様達も皆元気だ。秋大宴祭を楽しみにしていらっしゃる」
「そうですか……良かったです。何もないのが一番ですからね」

 自然と口元から笑顔がこぼれる。彼からは優しい君らしいなと言葉が降りかかって来た。

「へへ、やっぱり健康が大事ですよ。その為に私達薬師と医師がいると思っているのです」
「そうだなぁ……人間、死ぬまで病知らずというのは俺はあり得ないと考えているからな。そういう意味では俺と似た考えをしているのな」
「朝日さんは、ご病気とかされた事、あるのですか?」
「あるぞ。そうだなあ……」

 彼が3歳の時。何の前触れもなく高熱が出て寝込んでしまったそう。同じく医者である父親はじめ一族は朝日の回復のために奔走したが、病は治らなかった。

「あの時の父上や母上はじめ、親族達はすごかった。皇帝陛下に直接、陛下付きの医者にも診察をお願いしたいなんて直訴していたからなあ」
「朝日さん……」
「まあ、俺の父上も後宮で医師を勤めていたから、その伝手もあったんだがな」

 朝日が寝込んでしまい1か月は過ぎたある日、秋大宴祭の日が訪れた。当然朝日の一族はそれどころではないのだが、父親はせめて楽しんでもらおうと、屋台で朝日が好きな食べ物を買ってきてくれたらしい。
 そこで彼が連れて帰って来たのが、外国から来た若い医者だった。

「いやぁ、金髪で目も青くてびっくりしたよ。まるで仙人か何かじゃないかって思ったくらい」

 彼の診察を受け、処方された薬を飲むと朝日の病はたちまち良くなっていった。外国から来た医者は朝日が完全に回復する前屋敷に寝泊まりして、日夜彼の看病を続けてくれたと聞く。

「微熱位になった時点で、俺は聞いたんだ。帰らなくていいのかって」
「確かに外国のお方ですもんね……」
「でも彼はこういった。君のような病で苦しむ人達を見過ごせない。彼らの為に医者は存在しているのだから、何かあれば遠慮なく言ってくれってな」

 笑顔で語ったと聞き、彼の誇りが垣間見れたような気がした美雪は、目の輝きを増していく。
 
「君、共感しているのか?」
「あっ……素敵なお方だなって。医者として、崇高な方だと感じました」
「俺もそう思う。なんせ医者を志したきっかけのひとつだからな。でも……」
「でも?」

 朝日は鳥肉を頬張る。その後に出てくる言葉は一体なんだろうかと、美雪は彼の口周辺をじっと見つめた。

「時には自分を優先すべきだとな」
「あ……」

 以前彼が放った会話が重なる。

 ――その優しさは、時として後宮内では仇になる事もある。
 ――幸い今日はどうにかなったが、君を踏みにじったり利用する輩がいないとも限らない。

「自分の身体をずっと守り続けられるのは、自分だけ。ずっと誰かにおぶってもらう訳にもいかない」
「……」
「無理が祟ったら、仕事どころじゃなくなる。ま、これは俺の痛い所でもあるんだがな」

 苦笑する朝日が視界にこびりついていく。ああ、これはまた無理をしているかもしれない――。導かれるようにして彼の太ももに手が伸びた。

「わっ?! おい、こんな場所でいきなり触るんじゃない!」
「ふむ……硬いですね。食事が終わったら、按摩を致しましょうか?」
「なっ……君には恥じらいと言うものはないのか……」
「?」

 美雪が首を傾げていると、朝日はまあ、いいか……。と諦めにも似た表情を見せた。

「ちなみに美雪は按摩、出来るのか?」
「おととい、皇后様が按摩師をお呼びになって施術を受けた時に様子を拝見させていただきました」
「そう言えばそうだったな……忘れていた」
「いえいえ、お気になさらないでください。私はもっとたくさんの事を忘れていらっしゃいますから」

 そんな自虐しなくてもいいんだぞ。と朝日からそっと口に出される。特に意味はなかったが、彼がそう思ってしまうなら撤回した方がいいかもしれない……。などと考えていると、白米の量がもう残り僅かになっているのに気が付いた。

「おかわり、しましょうかね。朝日さん、ついでに持ってきますよ」
「いや、俺の分は……」
「まあまあ、せっかくですし。手間も省けますよ」
「じゃあ、君にお願いしようか。……おかずもいいか?」

 2人分の白米と、おかずのおかわりを用意する。食事後は満腹感に包まれた状態で仕事をこなしていったのだった。
 夕方。今日の仕事が終わり、夜勤担当の薬師達へ引き継ぎを行った後は一旦自室に戻る。

「ん?」

 扉を軽くたたく音がしたので扉を開けると、そこには朝日が立っていた。

「按摩、頼んでもいいか?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん
恋愛
春華国の後宮は男子禁制だが例外が存在する。その例外である未成年の第五皇子・暁明はお忍びで街を散策していたところ、旅人の雪慧に助けられる。雪慧は後宮の下女となり暁明と交流を深めていくこととなる。やがて親密な関係となった雪慧は暁明の妃となるものの、宮廷内で蠢く陰謀、傾国の美女の到来、そして皇太子と皇帝の相次ぐ死を経て勃発する皇位継承争いに巻き込まれていくこととなる。そして、春華国を代々裏で操ってきた女狐と対峙しーー。 ※改訂作業完了。完結済み。

わたしの方が好きでした

帆々
恋愛
リゼは王都で工房を経営する若き経営者だ。日々忙しく過ごしている。 売り上げ以上に気にかかるのは、夫キッドの健康だった。病弱な彼には主夫業を頼むが、無理はさせられない。その分リゼが頑張って生活をカバーしてきた。二人の暮らしでそれが彼女の幸せだった。 「ご主人を甘やかせ過ぎでは?」 周囲の声もある。でも何がいけないのか? キッドのことはもちろん自分が一番わかっている。彼の家蔵の問題もあるが、大丈夫。それが結婚というものだから。リゼは信じている。 彼が体調を崩したことがきっかけで、キッドの世話を頼む看護人を雇い入れことにした。フランという女性で、キッドとは話も合い和気藹々とした様子だ。気の利く彼女にリゼも負担が減りほっと安堵していた。 しかし、自宅の上の階に住む老婦人が忠告する。キッドとフランの仲が普通ではないようだ、と。更に疑いのない真実を突きつけられてしまう。衝撃を受けてうろたえるリゼに老婦人が親切に諭す。 「お別れなさい。あなたのお父様も結婚に反対だった。あなたに相応しくない人よ」 そこへ偶然、老婦人の甥という紳士が現れた。 「エル、リゼを助けてあげて頂戴」 リゼはエルと共にキッドとフランに対峙することになる。そこでは夫の信じられない企みが発覚して———————。 『夫が不良債権のようです〜愛して尽して失った。わたしの末路〜』から改題しました。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん
恋愛
二階堂有里は52歳の主婦。ある日事故に巻き込まれ死んじゃったけど、女神様に拾われある人のお世話係を頼まれ第二の人生を送る事に。 そこは異世界で、年若いアルフォンス皇帝陛下が治めるユリアナ帝国へと降り立つ。 てっきり子供のお世話だと思っていたら、なんとその皇帝陛下のお世話をすることに。 まぁ、異世界での息子と思えば・・・と生活し始めるけれど、周りはただのお世話係とは見てくれない。 女神様に若返らせてもらったけれど、これといって何の能力もない中身はただのおばちゃんの、ほんわか恋愛物語です。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する

タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。 社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。 孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。 そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。 追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。

処理中です...