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第21話 夢に出た女性
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ゆっくりと目を開けると、見知らぬ天井と内装が目に飛び込む、どちらも暁華殿の自室のそれとは違い、茶色い木材本来の色合いをしていた。
右側には若い女性が笑顔を浮かべて立っている。勿論この女性を見た記憶は無い。
黒髪に橙色の瞳と美雪と髪色と目の色は同じか。美雪と比べると肉付きが良く、目の形も大きなたれ目で美雪とは少々違う点も見受けられる。
白を基調とした衣服を身にまとう彼女は、起き上がれる? と言って両手を差し出してきた。
「あ、大丈夫です……自分で起き上がれます」
「朝ご飯出来ているわよ。あなたの好きな鳥肉と卵の雑炊にしたの」
確かに鳥肉と卵の雑炊は好きな部類だ。暁華殿の食堂で提供される朝食によく出て来るのもあって、最近特によく食べている品でもある。
だが、なぜ目の前にいる女性はその事を知っているのだろう? この女性とは初対面のはずなのに。と美雪は強い疑問を抱く。
「あの、あなたと会うのは初めてなのに、どうして私の好きな食べ物を知っているのでしょうか?」
背を向けてどこかへ移動しようとしている若い女性が振り返る。
「そりゃあ、私は美雪の好きな食べ物を知っているわよ」
「でも、どうして……」
にこやかに笑う彼女からの返答はない。そんな彼女についてきて。と優しく言われ、たどり着いたのは簡素な茶色い円卓と椅子のあるこじんまりとした部屋だった。
円卓の上には茶色い土鍋や、漬物や副菜等が盛り付けられた白い無地の小皿が併せて5つくらい並んでいる。
(これらは全部、この方が用意してくださったのでしょうか?)
「あの、全部ご用意されたのですか?」
「ええ、もちろん!」
さも当たり前のような反応に、美雪は更に怪しさと疑問を感じえない。
「あの……ご用意してくださったのはありがたいのですが、あなたは一体どなたなのでしょう?」
「美雪?」
「私はあなたの事知らないのです。どうか教えていただきたいと考えているのですが」
若い女性がふふっと笑う。その瞬間美雪の視界がぐにゃりと曲がり、暗闇に包まれていった。
「ま、待って!」
視界から消え行く若い女性へ右手を伸ばすのと、美雪が現実世界へ帰還したのがほぼ同時だった。
見慣れた自室の内装と、右側で口を開けて驚く朝日を視界が捉えると、右手は硬直してしまう。
「美雪? どうした?」
「あ……私が見ていたのは、夢……?」
「何を見ていたんだ?」
朝日は椅子に座っている。机には彼が用意してきたものと思わしき、肉入り饅頭や豚の角煮、炊き立ての白米などの夜食が湯気を出しながら並べられていた。
「若い女性です。髪と目の色は私と同じで、でも肉付きは良くて、たれ目で……」
「なんだと?」
一瞬で朝日の表情が険しいものへと変わった。もしかして彼にとっては言ってはいけないものだったかもしれない。美雪は口を抑えてすみません! と即座に謝罪の意志を示す。
「いや、すまない。少々驚いただけだ」
「朝日さん……ごめんなさい、嫌な事だったら……」
「嫌とかではない。気にするな。さあ、夕食を食べよう。早く食べないと冷めてしまう」
「! そうですね……お腹空いちゃいました」
これ以上、この話を朝日にしてはいけない。美雪はそう直感した。
彼から白いお茶碗のよそられた白米と、豚の角煮、お箸を頂く。豚の角煮と白米の相性はとても良くいつもならしっかりと味わいながら食べているのに、今は若い女性の姿がちらついて離れない。
そのせいか、食欲も少しずつ消えていこうとしている。
「美味しいですね」
朝日から心配されないように平常心をよそいながら食事をする。それは普段の仕事以上に精神が削られていくのは間違いなかった。
◇ ◇ ◇
秋大宴祭3日目の昼前。美雪は控室にてひとり、身体を硬直させて何度も鏡を覗き込んでいた。
この後、美雪は妃達が勢ぞろいする宴会で給仕を手伝わなければならない。しかし姜皇后からの指示により朝日と共に、姜皇后だけ給仕をする――。と言う条件が付与された。
姜皇后だけ。朝日もいる。この点を美雪は少々おかしいように感じたが、彼らの指示ならば従うしかない。
給仕とはいえ身にまとう衣服はいつもと同じ淡い桃色の薬師用のもの。しかし秋大宴祭と言う事もあって髪には妃達が愛用するようなかんざしが2本もあしらわれている。
鏡で自分の姿を確認している美雪の胸中は、恥じらいと嬉しさに揺らいでいた。
(こんなに飾り立てて……自分じゃないみたい)
でも、たまにはおしゃれするのも悪くない。すると控室にいた女性達へ、給仕に出るように宦官から号令がかかった。
「美雪さんは皇后様へお茶を」
「はい!」
料理担当の宮女から差し出された、濃い茶色をしたお茶は見るからに高級そうな白磁の器に入っている。お盆に乗せて慎重に宴会場へ歩いていくと、妃達や高官らが席についている壮観な光景が目に飛び込んできた。
「わあ……」
そしていつもと変わらぬ赤い豪華な衣に袖を通している姜皇后の隣には、黄色い衣服に冠を身に着けた皇帝が鎮座していた。
(あの方が……!)
右側には若い女性が笑顔を浮かべて立っている。勿論この女性を見た記憶は無い。
黒髪に橙色の瞳と美雪と髪色と目の色は同じか。美雪と比べると肉付きが良く、目の形も大きなたれ目で美雪とは少々違う点も見受けられる。
白を基調とした衣服を身にまとう彼女は、起き上がれる? と言って両手を差し出してきた。
「あ、大丈夫です……自分で起き上がれます」
「朝ご飯出来ているわよ。あなたの好きな鳥肉と卵の雑炊にしたの」
確かに鳥肉と卵の雑炊は好きな部類だ。暁華殿の食堂で提供される朝食によく出て来るのもあって、最近特によく食べている品でもある。
だが、なぜ目の前にいる女性はその事を知っているのだろう? この女性とは初対面のはずなのに。と美雪は強い疑問を抱く。
「あの、あなたと会うのは初めてなのに、どうして私の好きな食べ物を知っているのでしょうか?」
背を向けてどこかへ移動しようとしている若い女性が振り返る。
「そりゃあ、私は美雪の好きな食べ物を知っているわよ」
「でも、どうして……」
にこやかに笑う彼女からの返答はない。そんな彼女についてきて。と優しく言われ、たどり着いたのは簡素な茶色い円卓と椅子のあるこじんまりとした部屋だった。
円卓の上には茶色い土鍋や、漬物や副菜等が盛り付けられた白い無地の小皿が併せて5つくらい並んでいる。
(これらは全部、この方が用意してくださったのでしょうか?)
「あの、全部ご用意されたのですか?」
「ええ、もちろん!」
さも当たり前のような反応に、美雪は更に怪しさと疑問を感じえない。
「あの……ご用意してくださったのはありがたいのですが、あなたは一体どなたなのでしょう?」
「美雪?」
「私はあなたの事知らないのです。どうか教えていただきたいと考えているのですが」
若い女性がふふっと笑う。その瞬間美雪の視界がぐにゃりと曲がり、暗闇に包まれていった。
「ま、待って!」
視界から消え行く若い女性へ右手を伸ばすのと、美雪が現実世界へ帰還したのがほぼ同時だった。
見慣れた自室の内装と、右側で口を開けて驚く朝日を視界が捉えると、右手は硬直してしまう。
「美雪? どうした?」
「あ……私が見ていたのは、夢……?」
「何を見ていたんだ?」
朝日は椅子に座っている。机には彼が用意してきたものと思わしき、肉入り饅頭や豚の角煮、炊き立ての白米などの夜食が湯気を出しながら並べられていた。
「若い女性です。髪と目の色は私と同じで、でも肉付きは良くて、たれ目で……」
「なんだと?」
一瞬で朝日の表情が険しいものへと変わった。もしかして彼にとっては言ってはいけないものだったかもしれない。美雪は口を抑えてすみません! と即座に謝罪の意志を示す。
「いや、すまない。少々驚いただけだ」
「朝日さん……ごめんなさい、嫌な事だったら……」
「嫌とかではない。気にするな。さあ、夕食を食べよう。早く食べないと冷めてしまう」
「! そうですね……お腹空いちゃいました」
これ以上、この話を朝日にしてはいけない。美雪はそう直感した。
彼から白いお茶碗のよそられた白米と、豚の角煮、お箸を頂く。豚の角煮と白米の相性はとても良くいつもならしっかりと味わいながら食べているのに、今は若い女性の姿がちらついて離れない。
そのせいか、食欲も少しずつ消えていこうとしている。
「美味しいですね」
朝日から心配されないように平常心をよそいながら食事をする。それは普段の仕事以上に精神が削られていくのは間違いなかった。
◇ ◇ ◇
秋大宴祭3日目の昼前。美雪は控室にてひとり、身体を硬直させて何度も鏡を覗き込んでいた。
この後、美雪は妃達が勢ぞろいする宴会で給仕を手伝わなければならない。しかし姜皇后からの指示により朝日と共に、姜皇后だけ給仕をする――。と言う条件が付与された。
姜皇后だけ。朝日もいる。この点を美雪は少々おかしいように感じたが、彼らの指示ならば従うしかない。
給仕とはいえ身にまとう衣服はいつもと同じ淡い桃色の薬師用のもの。しかし秋大宴祭と言う事もあって髪には妃達が愛用するようなかんざしが2本もあしらわれている。
鏡で自分の姿を確認している美雪の胸中は、恥じらいと嬉しさに揺らいでいた。
(こんなに飾り立てて……自分じゃないみたい)
でも、たまにはおしゃれするのも悪くない。すると控室にいた女性達へ、給仕に出るように宦官から号令がかかった。
「美雪さんは皇后様へお茶を」
「はい!」
料理担当の宮女から差し出された、濃い茶色をしたお茶は見るからに高級そうな白磁の器に入っている。お盆に乗せて慎重に宴会場へ歩いていくと、妃達や高官らが席についている壮観な光景が目に飛び込んできた。
「わあ……」
そしていつもと変わらぬ赤い豪華な衣に袖を通している姜皇后の隣には、黄色い衣服に冠を身に着けた皇帝が鎮座していた。
(あの方が……!)
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