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第22話 事件発生
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皇帝の目じりには細かい皺こそあるものの、金色に光り輝く瞳は神々しさを感じる。彼の瞳に視線を奪われているとぴたりと目が合った。
(わっ!)
慌てて目を逸らそうとしても、皇帝から放たれる威圧感のせいで視線が動かせない。
「姜皇后、あのおなごは?」
彼の目が姜皇后へ向けられて、ようやく瞳を床下へ動かす事が出来た。
「あのおなごは美雪でございます、陛下。我が薬師で優しい心を持つおなごでございますよ」
(優しい心……褒めてくださっているのでしょうか? 嬉しい……)
「ふむ。美雪!」
いきなり皇帝に呼び止められ、美雪は恐る恐る彼らへと近づいていく。足も手もくまなく全身に緊張の震えが生じてうまく動かせない。
彼らの卓に並べられた料理はどれも贅の限りを尽くしたものばかり。特に肉類などの茶色さが目立つのもあって美雪の食欲が沸き立つ。
「あ、美雪でございます……!」
「その茶は……姜皇后のものか?」
「はい、さようでございます」
「美雪、実はさっき青才人からお茶を貰ったのよ。だからそれはお代わりとして置いておくわね」
よく見ると既に美雪のお盆の上にあるものと同じお茶が姜皇后の左手元にあった。妃達の宴会とはいえ下級の位の妃は給仕も行わなければならないようだ。
位が低いと大変だ、と美雪は感じていると、皇帝は何かを思いついたような口ぶりを見せる。
「その茶、余が貰おうか」
「陛下? よろしいのですか?」
「ああ、ちょうど喉が渇いていた所だったのだ」
「では陛下にお渡しいたしましょう。美雪、ちょうど良かったわ。私からも感謝を」
目を細めて笑う彼女に、はい! と返事をしながら見とれてしまう。
(美しい。それにお二方ともお似合いって感じがしますね……ずっと眺めていたくなるほど……)
「美雪、もう下がって良いわ」
「あっはい……! それでは失礼いたします……!」
飛んでいくようにして宴会場の裏へ向かった美雪。その時、ひとりの妃がため息を吐いている場面に遭遇した。
「……はあ……」
「あの、具合でも悪いのでしょうか? 大丈夫ですか?」
「え?! ああ……薬師ね。体調は何ともないわ」
蒼い衣を身にまとう妃の年齢は大体30代後半くらいだろうか。美しいのは間違いないが、目元にはやや疲れの色が見え隠れしており、全体的にあまり良い精神状態ではなさそうな印象を受ける。
「ご無理はなさらないでくださいませ……要らぬおせっかいかもしれませぬが」
「いえ、おせっかいではないわ。声を掛けてくれてありがとう」
すると彼女へ中年くらいの小柄な宦官が近づいてくる。
「青才人様、もうお席にお戻りいただいて結構でございます」
(! あの方が青才人)
林才人の噂を聞いたのは、確か青才人付きの宮女だったと当時の記憶を思い出す。少し距離を取って注意深く彼女の観察を始めた。
「もういいの? わかった、戻るわね」
「はっ」
(やっぱり疲れていらっしゃったのでしょうか……?)
「美雪さん」
声がした方へと振り返ると、児永が微笑みを浮かべて立っていた。
背が高い彼に見下されているせいか、朝日以上に驚きが増す。
「わっ、児永さん!」
「美雪さん、そろそろ踊り子の方々が陛下へ舞踊を献上するそうですよ。見に行かれますか?」
「そうなのですか?! では見に行きます……! と言いたい所なのですが」
「あぁ、給仕のお仕事が心配なのですか?」
それなら多少手が止まっても大丈夫でしょう。と笑みを浮かべた児永が語る。
「舞踊を見ている間、食事の手も止まるでしょうから」
「な、なるほど……言われてみれば、確かに……」
「ですのでお気になさらず。ふふっ。もしよろしければ、この後お時間ありますか?」
「え?」
その時、後ろから何を話しているんだ? と朝日の低い声がこだました。
「あ、朝日さん」
「朝日様、お疲れ様でございます。そう言えば医者のあなたも給仕に参加していらっしゃるのでしたね」
「皇后様のご意志でな。児永、何を話していたんだ?」
「たわいのないお話でございますよ。ふふっ……この後お時間があれば、美雪さんとお話しできればと」
児永自体はいつもと変わらぬ品のある空気を出しているが、朝日はどことなくひりついた何かを醸し出しているようにも見える。
「俺もよかったら混ぜてもらえないか?」
「もちろん大歓迎でございます! 語らい合うのに人数は多い方が良いでしょうから」
目を細めてにっこりと笑う児永に、朝日のひりついた視線は徐々に穏やかなものとなっていった。
「では、舞踊を見ながら語らいましょう。給仕のお仕事は一旦お休みしてしまって」
「児永、良いのか?」
「先ほど美雪さんにお話ししましたが、舞踊を見ている最中に食事にありつく者達はここにはいらっしゃらないでしょうからねえ」
「確かに児永の言う通りだな……」
ふふっ……とたおやかに笑う児永に誘われて、宴会場の2階へと移動する。ここから見下ろす形なら給仕の仕事をさぼっていてもバレなさそうだ。
「椅子、ございますよ。こちらにおかけください」
児永が用意してくれたのは茶色の丸椅子。彼の気遣いに感謝しつつ椅子を受け取ろうとしたが、朝日が代わりに受け取ってくれた。
「す、すみません」
「いや、重いものを持つのは俺の方が良い」
「ふふ、朝日さんは美雪さんに随分とお優しいのですねえ?」
「そりゃあ同じ皇后様付きの薬師なのだから、優しくするのは当然のこと」
一瞬だけ細い児永の目がぴかっと見開かれた気がする。その様子に少しだけ不穏さを抱いたが、美雪はすぐに辺りが暗いからだろうと疑問に思わなくなった。
「では、座って眺めると致しましょうか」
下へ目線を向けると、既に薄い金色の衣を着用した踊り子の女性達がいる。皆腕輪や首輪など豪華な装飾品を身に着けていて、それらが灯りの火に当たるとキラキラと真珠のような輝きを放っていた。
(まぶしい……あ、あそこに楓さんが)
楓は他の踊り子と同じく整列し、待機している。前回見た時よりも明らかに艶やかさが増していた。
(皇帝陛下に皇后様方がお相手ですし、前見た時よりも豪華な衣装を着るのは当然ですよね)
楽器の音が静かに鳴り響く。喧騒が自然と消え、踊り子達の舞が静謐な空気に包まれた状態で始まった。
羽衣を持つ踊り子達が楓の周囲で円を描くようにして踊る。羽衣を纏わせ腕をめいっぱい広げた姿は鳥が羽ばたいているようにも見えた。
すっかり幻想的な雰囲気に溺れていく感覚に、美雪の口元から息がこぼれる。ふと右隣を見てみると児永はいつもと変わらぬ笑みを携えたままだ。
「児永さん、ひょっとしてあの中に妃候補が……?」
「おや、どうしてわかったのですか?」
「朝日さんが教えてくださったので」
ちらりと反対側に座る朝日に視線を送ると、そうだ。と彼は小さく低い声で答えた。下では楓が中央から姜皇后がいる前の席へとくるりと回りながら近づいていく。そして左胸元を飾っていた花を片手でつまむようにして姜皇后へと差し出した。
見せた花は姜皇后へ手渡すものではないらしく、すぐさま元あった場所へとつけ直される。姜皇后はと言うと青才人から頂いたお茶をぐいっと飲んでいたが、表情までははっきりとは見えない。
(これも舞の一種なのでしょうか?)
試しに児永へ尋ねてみた所、あれも舞の一種なのでしょう。と答えがもたらされた。
「舞は千差万別。暁月国の中でも実に多種多様な舞が今日まで継承され続けておりますから。勿論新たな舞が生まれる事だってございます」
「へえ……奥が深いのですねえ」
楓は中央まで戻ると、右足を掲げたりと派手な動きを繰り返す。そして両手を天へと掲げ、舞は終わった。
あちこちから静寂を切り裂くような大歓声が鳴り響く。雄々しさを感じる歓声に、美雪は圧倒されそうになった。
「この後も舞は続きそうです。どうです? もう少し楽しまれていかれませんか?」
児永からの誘いに美雪は疑う事無くはい。と返事をした。朝日はやや渋々さを隠しきれていない。
「ではお言葉に甘えまして」
好きな食べ物など日常的な会話が飛びつつ、踊り子達の優美な舞踊が続く。
しばらく経過した時、突如ガタン! と何かが倒れていくような大きな音が鳴り響いた。すぐさま下の方へ目線を向けると、そこにはうつぶせに倒れている姜皇后の姿が確認できる。
「! 皇后様!」
美雪はすぐさま彼女の元へ駆けつけるべく、衣の裾を持ち上げて走り出した。
(わっ!)
慌てて目を逸らそうとしても、皇帝から放たれる威圧感のせいで視線が動かせない。
「姜皇后、あのおなごは?」
彼の目が姜皇后へ向けられて、ようやく瞳を床下へ動かす事が出来た。
「あのおなごは美雪でございます、陛下。我が薬師で優しい心を持つおなごでございますよ」
(優しい心……褒めてくださっているのでしょうか? 嬉しい……)
「ふむ。美雪!」
いきなり皇帝に呼び止められ、美雪は恐る恐る彼らへと近づいていく。足も手もくまなく全身に緊張の震えが生じてうまく動かせない。
彼らの卓に並べられた料理はどれも贅の限りを尽くしたものばかり。特に肉類などの茶色さが目立つのもあって美雪の食欲が沸き立つ。
「あ、美雪でございます……!」
「その茶は……姜皇后のものか?」
「はい、さようでございます」
「美雪、実はさっき青才人からお茶を貰ったのよ。だからそれはお代わりとして置いておくわね」
よく見ると既に美雪のお盆の上にあるものと同じお茶が姜皇后の左手元にあった。妃達の宴会とはいえ下級の位の妃は給仕も行わなければならないようだ。
位が低いと大変だ、と美雪は感じていると、皇帝は何かを思いついたような口ぶりを見せる。
「その茶、余が貰おうか」
「陛下? よろしいのですか?」
「ああ、ちょうど喉が渇いていた所だったのだ」
「では陛下にお渡しいたしましょう。美雪、ちょうど良かったわ。私からも感謝を」
目を細めて笑う彼女に、はい! と返事をしながら見とれてしまう。
(美しい。それにお二方ともお似合いって感じがしますね……ずっと眺めていたくなるほど……)
「美雪、もう下がって良いわ」
「あっはい……! それでは失礼いたします……!」
飛んでいくようにして宴会場の裏へ向かった美雪。その時、ひとりの妃がため息を吐いている場面に遭遇した。
「……はあ……」
「あの、具合でも悪いのでしょうか? 大丈夫ですか?」
「え?! ああ……薬師ね。体調は何ともないわ」
蒼い衣を身にまとう妃の年齢は大体30代後半くらいだろうか。美しいのは間違いないが、目元にはやや疲れの色が見え隠れしており、全体的にあまり良い精神状態ではなさそうな印象を受ける。
「ご無理はなさらないでくださいませ……要らぬおせっかいかもしれませぬが」
「いえ、おせっかいではないわ。声を掛けてくれてありがとう」
すると彼女へ中年くらいの小柄な宦官が近づいてくる。
「青才人様、もうお席にお戻りいただいて結構でございます」
(! あの方が青才人)
林才人の噂を聞いたのは、確か青才人付きの宮女だったと当時の記憶を思い出す。少し距離を取って注意深く彼女の観察を始めた。
「もういいの? わかった、戻るわね」
「はっ」
(やっぱり疲れていらっしゃったのでしょうか……?)
「美雪さん」
声がした方へと振り返ると、児永が微笑みを浮かべて立っていた。
背が高い彼に見下されているせいか、朝日以上に驚きが増す。
「わっ、児永さん!」
「美雪さん、そろそろ踊り子の方々が陛下へ舞踊を献上するそうですよ。見に行かれますか?」
「そうなのですか?! では見に行きます……! と言いたい所なのですが」
「あぁ、給仕のお仕事が心配なのですか?」
それなら多少手が止まっても大丈夫でしょう。と笑みを浮かべた児永が語る。
「舞踊を見ている間、食事の手も止まるでしょうから」
「な、なるほど……言われてみれば、確かに……」
「ですのでお気になさらず。ふふっ。もしよろしければ、この後お時間ありますか?」
「え?」
その時、後ろから何を話しているんだ? と朝日の低い声がこだました。
「あ、朝日さん」
「朝日様、お疲れ様でございます。そう言えば医者のあなたも給仕に参加していらっしゃるのでしたね」
「皇后様のご意志でな。児永、何を話していたんだ?」
「たわいのないお話でございますよ。ふふっ……この後お時間があれば、美雪さんとお話しできればと」
児永自体はいつもと変わらぬ品のある空気を出しているが、朝日はどことなくひりついた何かを醸し出しているようにも見える。
「俺もよかったら混ぜてもらえないか?」
「もちろん大歓迎でございます! 語らい合うのに人数は多い方が良いでしょうから」
目を細めてにっこりと笑う児永に、朝日のひりついた視線は徐々に穏やかなものとなっていった。
「では、舞踊を見ながら語らいましょう。給仕のお仕事は一旦お休みしてしまって」
「児永、良いのか?」
「先ほど美雪さんにお話ししましたが、舞踊を見ている最中に食事にありつく者達はここにはいらっしゃらないでしょうからねえ」
「確かに児永の言う通りだな……」
ふふっ……とたおやかに笑う児永に誘われて、宴会場の2階へと移動する。ここから見下ろす形なら給仕の仕事をさぼっていてもバレなさそうだ。
「椅子、ございますよ。こちらにおかけください」
児永が用意してくれたのは茶色の丸椅子。彼の気遣いに感謝しつつ椅子を受け取ろうとしたが、朝日が代わりに受け取ってくれた。
「す、すみません」
「いや、重いものを持つのは俺の方が良い」
「ふふ、朝日さんは美雪さんに随分とお優しいのですねえ?」
「そりゃあ同じ皇后様付きの薬師なのだから、優しくするのは当然のこと」
一瞬だけ細い児永の目がぴかっと見開かれた気がする。その様子に少しだけ不穏さを抱いたが、美雪はすぐに辺りが暗いからだろうと疑問に思わなくなった。
「では、座って眺めると致しましょうか」
下へ目線を向けると、既に薄い金色の衣を着用した踊り子の女性達がいる。皆腕輪や首輪など豪華な装飾品を身に着けていて、それらが灯りの火に当たるとキラキラと真珠のような輝きを放っていた。
(まぶしい……あ、あそこに楓さんが)
楓は他の踊り子と同じく整列し、待機している。前回見た時よりも明らかに艶やかさが増していた。
(皇帝陛下に皇后様方がお相手ですし、前見た時よりも豪華な衣装を着るのは当然ですよね)
楽器の音が静かに鳴り響く。喧騒が自然と消え、踊り子達の舞が静謐な空気に包まれた状態で始まった。
羽衣を持つ踊り子達が楓の周囲で円を描くようにして踊る。羽衣を纏わせ腕をめいっぱい広げた姿は鳥が羽ばたいているようにも見えた。
すっかり幻想的な雰囲気に溺れていく感覚に、美雪の口元から息がこぼれる。ふと右隣を見てみると児永はいつもと変わらぬ笑みを携えたままだ。
「児永さん、ひょっとしてあの中に妃候補が……?」
「おや、どうしてわかったのですか?」
「朝日さんが教えてくださったので」
ちらりと反対側に座る朝日に視線を送ると、そうだ。と彼は小さく低い声で答えた。下では楓が中央から姜皇后がいる前の席へとくるりと回りながら近づいていく。そして左胸元を飾っていた花を片手でつまむようにして姜皇后へと差し出した。
見せた花は姜皇后へ手渡すものではないらしく、すぐさま元あった場所へとつけ直される。姜皇后はと言うと青才人から頂いたお茶をぐいっと飲んでいたが、表情までははっきりとは見えない。
(これも舞の一種なのでしょうか?)
試しに児永へ尋ねてみた所、あれも舞の一種なのでしょう。と答えがもたらされた。
「舞は千差万別。暁月国の中でも実に多種多様な舞が今日まで継承され続けておりますから。勿論新たな舞が生まれる事だってございます」
「へえ……奥が深いのですねえ」
楓は中央まで戻ると、右足を掲げたりと派手な動きを繰り返す。そして両手を天へと掲げ、舞は終わった。
あちこちから静寂を切り裂くような大歓声が鳴り響く。雄々しさを感じる歓声に、美雪は圧倒されそうになった。
「この後も舞は続きそうです。どうです? もう少し楽しまれていかれませんか?」
児永からの誘いに美雪は疑う事無くはい。と返事をした。朝日はやや渋々さを隠しきれていない。
「ではお言葉に甘えまして」
好きな食べ物など日常的な会話が飛びつつ、踊り子達の優美な舞踊が続く。
しばらく経過した時、突如ガタン! と何かが倒れていくような大きな音が鳴り響いた。すぐさま下の方へ目線を向けると、そこにはうつぶせに倒れている姜皇后の姿が確認できる。
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