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第23話 それはまるで眠っているような
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「皇后様!」
姜皇后は目を閉じたままぴくりとも動かない。皇帝は驚きながら立ち上がると倒れた姜皇后の身体を両手で揺さぶる。
「目を覚ますのだ!」
彼の問いかけに姜皇后が応じる気配は全くない。そんな椅子の右横でうつぶせに倒れている姜皇后の口元に美雪は手を当てた。
林才人のように、口元からの出血は見られない。
「息はされていらっしゃる……」
息に乱れはないものの、息は弱くまさに虫の息と言う言葉がぴったりと当てはまる。
「美雪!」
「朝日さん! 早く……!」
朝日が飛びつくように姜皇后へと近づいた。皇帝は宴は中止だ! と大きな声を張り上げる。
「朝日、皇后の状態はどうなのだ!?」
姜皇后の首元に手を当て、脈拍を測っていた朝日が顔を上げた。
「陛下、脈はややゆっくりではございますが安定しております」
(眠っているみたい……もしかして毒ではなく睡眠薬の類?)
「脈と息はあるのだな?」
「はっ。しかし気は失っておりますが」
皇帝が再度姜皇后の肩をゆすり、呼びかけるが彼女の身体は全く動かない。
試しに美雪が朝日に睡眠薬の類かと尋ねると、朝日は唸る。
「噂では、意識を失わせたり……仮死状態にさせる毒物もあると聞く」
「その可能性もあるのでございますか?」
「否定はできない」
(そう言えば皇后様に……睡眠薬を処方した事はまだ無かったはず)
美雪は一度姜皇后から離れ、彼女が食べていたと思われる食事や飲み物を見渡す。
(食事達を回収して、薬が含まれているかどうか調べてみましょう)
美雪の心の中で、大波が荒れだすかのようなざわめきが沸き起こりだしている。
◇ ◇ ◇
姜皇后は担架で暁華殿私室内にある架子台へと運ばれた。意識を失った彼女の身体は、死者とは違いややぬくもりが残っている。
息も弱いままだが乱れは無い。事情を知らない者が見れば、ただ夢の世界で微睡んでいるだけのように見える。なお、彼女達が手を付ける料理はもれなく毒見役の人間達によって毒見がなされているが、いずれも問題は無かったらしい。
美雪はそんな横たわる彼女を朝日や児永ら宦官や宮女達、皇帝と共に眺め続けていた。
「姜皇后よ。はやくこちらの世界へと戻ってきておくれ……」
皇帝の顔には悲しさがいっぱい埋め尽くされている。これまで美雪が勝手に抱いていた皇帝の印象は力強い統治者……と言った具合だが、今の彼には全く強さを感じられない。
初老らしい皺と歴戦さを物語る細かな傷がついた皇帝の手は、姜皇后の右手を包むようにして握りしめている。
「美雪さん、皇后様がお召し上がりになられたお食事が全て回収されました」
美雪よりも年下な宮女によって、回収された品々が並ぶ部屋へ移動する。後ろからは朝日が駆け足で追ってきていた。
「これら、ですね」
円卓に並んだ品の数は30にものぼる。そして青才人から汲まれたお茶もちゃんと回収されていた。
(全て調べるとなると……時間はかかる。けどやらないと!)
「今からこれらすべてに毒が混入していないか、お調べいたします」
「美雪、他の薬師や医師達も呼んでこよう」
誰かの力を借りる選択肢は美雪には無かった為、朝日からの提案に対しては驚きの表情を見せた。
「そこまで驚く必要はないだろう」
「ですが……」
「困った時は、誰かを頼ればすぐに解決できる事もある」
この場に似つかわしくない穏やかな朝日の顔つきに、美雪の心はゆっくりと晴れ渡っていく。
「では、ご協力をお願いしてもよろしゅうございますでしょうか?」
深々と頭を下げると、朝日はそこまでしなくても良い。と優しい声音で返してくれた。
◇ ◇ ◇
毒物が入っているか否かの検査はいくつか手法がある。
まずひとつめは動物の力を借りる……もとい、実験台になってもらう手法。用意されたのは後宮内の小さな人工池で飼育繁殖されている金魚達だ。
赤ん坊くらいの大きさがある陶器の水槽を自由に泳ぎ回る金魚達に、一品ずつかつ少量を箸で掴み彼らの泳ぐ水の中へと落とす。金魚達は疑う事なく落とされた品々をパクパクと口にしていった。
「これは……大丈夫。これも……」
気がつけば残る品はあと3つ。金魚達は皆元気に泳ぎ回っていて、異常は見られない。
(食事には入っていないかもしれない……)
じゃあ、食事以外の部分から混入したのか。その可能性を視野に入れつつ、最後に残ったお茶を手にした。
「お茶、注ぎます……」
美雪は恐る恐るお茶を水の中に注いでいく。注ぐのは半分ほど。すると金魚達はパタパタと動きが止まった。
水底へ沈んだ金魚達は箸でつついてみてもピクリとも動かない。
「お茶に毒が……!」
美雪が持つお茶の容器に朝日を始め、医師と薬師全員の視線が集まる。
「このお茶を注いだのは……青才人様……」
「美雪、青才人に話を聞かなければ」
「そうでございますよね、ですが」
「私にお任せください」
児永が宦官ら4人程を引き連れ、静かに歩み寄ってくる。
どうやら途中から検査の様子を観察していたらしく、すぐに彼女の元へ伺う。と微笑みを絶やさずに答えた。
「あと、彼女が注いだお茶を入れた人物も探し出す必要がございますねぇ。青才人に罪を着せる……なんて意図も考えられます」
(確かに児永さんの仰る通り……)
児永は品のある歩き方のまま、青才人のいる屋敷へと姿を消した。
「青才人様が注いだお茶を入れたのは……」
「厨房担当の宮女を当たってみよう」
「朝日さん、そうですね……!」
「いや、待て。ここからはより慎重に事を進めていかなければ」
美雪はん? と首を傾げる。視界に映る朝日は青い目をかっと見開いていた。
「皆、聞いてほしい。捜査に当たる者のうち、使用された毒物の解析を進める班と、毒物が使われた痕跡を探す班の2つに分かれて捜査を進めたい」
その上で皇后様のおそばに残る班を加えて、3班に分かれて行動すべきだ。と発せられた彼の意思を受け止めた。
(私は……皇后様の元につきたい。しかし、毒物の捜査も……)
姜皇后は目を閉じたままぴくりとも動かない。皇帝は驚きながら立ち上がると倒れた姜皇后の身体を両手で揺さぶる。
「目を覚ますのだ!」
彼の問いかけに姜皇后が応じる気配は全くない。そんな椅子の右横でうつぶせに倒れている姜皇后の口元に美雪は手を当てた。
林才人のように、口元からの出血は見られない。
「息はされていらっしゃる……」
息に乱れはないものの、息は弱くまさに虫の息と言う言葉がぴったりと当てはまる。
「美雪!」
「朝日さん! 早く……!」
朝日が飛びつくように姜皇后へと近づいた。皇帝は宴は中止だ! と大きな声を張り上げる。
「朝日、皇后の状態はどうなのだ!?」
姜皇后の首元に手を当て、脈拍を測っていた朝日が顔を上げた。
「陛下、脈はややゆっくりではございますが安定しております」
(眠っているみたい……もしかして毒ではなく睡眠薬の類?)
「脈と息はあるのだな?」
「はっ。しかし気は失っておりますが」
皇帝が再度姜皇后の肩をゆすり、呼びかけるが彼女の身体は全く動かない。
試しに美雪が朝日に睡眠薬の類かと尋ねると、朝日は唸る。
「噂では、意識を失わせたり……仮死状態にさせる毒物もあると聞く」
「その可能性もあるのでございますか?」
「否定はできない」
(そう言えば皇后様に……睡眠薬を処方した事はまだ無かったはず)
美雪は一度姜皇后から離れ、彼女が食べていたと思われる食事や飲み物を見渡す。
(食事達を回収して、薬が含まれているかどうか調べてみましょう)
美雪の心の中で、大波が荒れだすかのようなざわめきが沸き起こりだしている。
◇ ◇ ◇
姜皇后は担架で暁華殿私室内にある架子台へと運ばれた。意識を失った彼女の身体は、死者とは違いややぬくもりが残っている。
息も弱いままだが乱れは無い。事情を知らない者が見れば、ただ夢の世界で微睡んでいるだけのように見える。なお、彼女達が手を付ける料理はもれなく毒見役の人間達によって毒見がなされているが、いずれも問題は無かったらしい。
美雪はそんな横たわる彼女を朝日や児永ら宦官や宮女達、皇帝と共に眺め続けていた。
「姜皇后よ。はやくこちらの世界へと戻ってきておくれ……」
皇帝の顔には悲しさがいっぱい埋め尽くされている。これまで美雪が勝手に抱いていた皇帝の印象は力強い統治者……と言った具合だが、今の彼には全く強さを感じられない。
初老らしい皺と歴戦さを物語る細かな傷がついた皇帝の手は、姜皇后の右手を包むようにして握りしめている。
「美雪さん、皇后様がお召し上がりになられたお食事が全て回収されました」
美雪よりも年下な宮女によって、回収された品々が並ぶ部屋へ移動する。後ろからは朝日が駆け足で追ってきていた。
「これら、ですね」
円卓に並んだ品の数は30にものぼる。そして青才人から汲まれたお茶もちゃんと回収されていた。
(全て調べるとなると……時間はかかる。けどやらないと!)
「今からこれらすべてに毒が混入していないか、お調べいたします」
「美雪、他の薬師や医師達も呼んでこよう」
誰かの力を借りる選択肢は美雪には無かった為、朝日からの提案に対しては驚きの表情を見せた。
「そこまで驚く必要はないだろう」
「ですが……」
「困った時は、誰かを頼ればすぐに解決できる事もある」
この場に似つかわしくない穏やかな朝日の顔つきに、美雪の心はゆっくりと晴れ渡っていく。
「では、ご協力をお願いしてもよろしゅうございますでしょうか?」
深々と頭を下げると、朝日はそこまでしなくても良い。と優しい声音で返してくれた。
◇ ◇ ◇
毒物が入っているか否かの検査はいくつか手法がある。
まずひとつめは動物の力を借りる……もとい、実験台になってもらう手法。用意されたのは後宮内の小さな人工池で飼育繁殖されている金魚達だ。
赤ん坊くらいの大きさがある陶器の水槽を自由に泳ぎ回る金魚達に、一品ずつかつ少量を箸で掴み彼らの泳ぐ水の中へと落とす。金魚達は疑う事なく落とされた品々をパクパクと口にしていった。
「これは……大丈夫。これも……」
気がつけば残る品はあと3つ。金魚達は皆元気に泳ぎ回っていて、異常は見られない。
(食事には入っていないかもしれない……)
じゃあ、食事以外の部分から混入したのか。その可能性を視野に入れつつ、最後に残ったお茶を手にした。
「お茶、注ぎます……」
美雪は恐る恐るお茶を水の中に注いでいく。注ぐのは半分ほど。すると金魚達はパタパタと動きが止まった。
水底へ沈んだ金魚達は箸でつついてみてもピクリとも動かない。
「お茶に毒が……!」
美雪が持つお茶の容器に朝日を始め、医師と薬師全員の視線が集まる。
「このお茶を注いだのは……青才人様……」
「美雪、青才人に話を聞かなければ」
「そうでございますよね、ですが」
「私にお任せください」
児永が宦官ら4人程を引き連れ、静かに歩み寄ってくる。
どうやら途中から検査の様子を観察していたらしく、すぐに彼女の元へ伺う。と微笑みを絶やさずに答えた。
「あと、彼女が注いだお茶を入れた人物も探し出す必要がございますねぇ。青才人に罪を着せる……なんて意図も考えられます」
(確かに児永さんの仰る通り……)
児永は品のある歩き方のまま、青才人のいる屋敷へと姿を消した。
「青才人様が注いだお茶を入れたのは……」
「厨房担当の宮女を当たってみよう」
「朝日さん、そうですね……!」
「いや、待て。ここからはより慎重に事を進めていかなければ」
美雪はん? と首を傾げる。視界に映る朝日は青い目をかっと見開いていた。
「皆、聞いてほしい。捜査に当たる者のうち、使用された毒物の解析を進める班と、毒物が使われた痕跡を探す班の2つに分かれて捜査を進めたい」
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