後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

文字の大きさ
24 / 59

第23話 それはまるで眠っているような

しおりを挟む
「皇后様!」

 姜皇后は目を閉じたままぴくりとも動かない。皇帝は驚きながら立ち上がると倒れた姜皇后の身体を両手で揺さぶる。

「目を覚ますのだ!」

 彼の問いかけに姜皇后が応じる気配は全くない。そんな椅子の右横でうつぶせに倒れている姜皇后の口元に美雪は手を当てた。
 林才人のように、口元からの出血は見られない。

「息はされていらっしゃる……」

 息に乱れはないものの、息は弱くまさに虫の息と言う言葉がぴったりと当てはまる。

「美雪!」
「朝日さん! 早く……!」

 朝日が飛びつくように姜皇后へと近づいた。皇帝は宴は中止だ! と大きな声を張り上げる。

「朝日、皇后の状態はどうなのだ!?」

 姜皇后の首元に手を当て、脈拍を測っていた朝日が顔を上げた。
 
「陛下、脈はややゆっくりではございますが安定しております」
(眠っているみたい……もしかして毒ではなく睡眠薬の類?)
「脈と息はあるのだな?」
「はっ。しかし気は失っておりますが」

 皇帝が再度姜皇后の肩をゆすり、呼びかけるが彼女の身体は全く動かない。
 試しに美雪が朝日に睡眠薬の類かと尋ねると、朝日は唸る。

「噂では、意識を失わせたり……仮死状態にさせる毒物もあると聞く」
「その可能性もあるのでございますか?」
「否定はできない」
(そう言えば皇后様に……睡眠薬を処方した事はまだ無かったはず)

 美雪は一度姜皇后から離れ、彼女が食べていたと思われる食事や飲み物を見渡す。
 
(食事達を回収して、薬が含まれているかどうか調べてみましょう)

 美雪の心の中で、大波が荒れだすかのようなざわめきが沸き起こりだしている。

◇ ◇ ◇

 姜皇后は担架で暁華殿私室内にある架子台へと運ばれた。意識を失った彼女の身体は、死者とは違いややぬくもりが残っている。
 息も弱いままだが乱れは無い。事情を知らない者が見れば、ただ夢の世界で微睡んでいるだけのように見える。なお、彼女達が手を付ける料理はもれなく毒見役の人間達によって毒見がなされているが、いずれも問題は無かったらしい。
 美雪はそんな横たわる彼女を朝日や児永ら宦官や宮女達、皇帝と共に眺め続けていた。

「姜皇后よ。はやくこちらの世界へと戻ってきておくれ……」

 皇帝の顔には悲しさがいっぱい埋め尽くされている。これまで美雪が勝手に抱いていた皇帝の印象は力強い統治者……と言った具合だが、今の彼には全く強さを感じられない。
 初老らしい皺と歴戦さを物語る細かな傷がついた皇帝の手は、姜皇后の右手を包むようにして握りしめている。

「美雪さん、皇后様がお召し上がりになられたお食事が全て回収されました」

 美雪よりも年下な宮女によって、回収された品々が並ぶ部屋へ移動する。後ろからは朝日が駆け足で追ってきていた。
 
「これら、ですね」

 円卓に並んだ品の数は30にものぼる。そして青才人から汲まれたお茶もちゃんと回収されていた。

(全て調べるとなると……時間はかかる。けどやらないと!)
「今からこれらすべてに毒が混入していないか、お調べいたします」
「美雪、他の薬師や医師達も呼んでこよう」

 誰かの力を借りる選択肢は美雪には無かった為、朝日からの提案に対しては驚きの表情を見せた。

「そこまで驚く必要はないだろう」
「ですが……」
「困った時は、誰かを頼ればすぐに解決できる事もある」

 この場に似つかわしくない穏やかな朝日の顔つきに、美雪の心はゆっくりと晴れ渡っていく。

「では、ご協力をお願いしてもよろしゅうございますでしょうか?」

 深々と頭を下げると、朝日はそこまでしなくても良い。と優しい声音で返してくれた。

◇ ◇ ◇

 毒物が入っているか否かの検査はいくつか手法がある。
 まずひとつめは動物の力を借りる……もとい、実験台になってもらう手法。用意されたのは後宮内の小さな人工池で飼育繁殖されている金魚達だ。
 赤ん坊くらいの大きさがある陶器の水槽を自由に泳ぎ回る金魚達に、一品ずつかつ少量を箸で掴み彼らの泳ぐ水の中へと落とす。金魚達は疑う事なく落とされた品々をパクパクと口にしていった。

「これは……大丈夫。これも……」

 気がつけば残る品はあと3つ。金魚達は皆元気に泳ぎ回っていて、異常は見られない。

(食事には入っていないかもしれない……)

 じゃあ、食事以外の部分から混入したのか。その可能性を視野に入れつつ、最後に残ったお茶を手にした。

「お茶、注ぎます……」

 美雪は恐る恐るお茶を水の中に注いでいく。注ぐのは半分ほど。すると金魚達はパタパタと動きが止まった。
 水底へ沈んだ金魚達は箸でつついてみてもピクリとも動かない。

「お茶に毒が……!」

 美雪が持つお茶の容器に朝日を始め、医師と薬師全員の視線が集まる。
 
「このお茶を注いだのは……青才人様……」
「美雪、青才人に話を聞かなければ」
「そうでございますよね、ですが」
「私にお任せください」

 児永が宦官ら4人程を引き連れ、静かに歩み寄ってくる。
 どうやら途中から検査の様子を観察していたらしく、すぐに彼女の元へ伺う。と微笑みを絶やさずに答えた。

「あと、彼女が注いだお茶を入れた人物も探し出す必要がございますねぇ。青才人に罪を着せる……なんて意図も考えられます」
(確かに児永さんの仰る通り……)

 児永は品のある歩き方のまま、青才人のいる屋敷へと姿を消した。

「青才人様が注いだお茶を入れたのは……」
「厨房担当の宮女を当たってみよう」
「朝日さん、そうですね……!」
「いや、待て。ここからはより慎重に事を進めていかなければ」

 美雪はん? と首を傾げる。視界に映る朝日は青い目をかっと見開いていた。

「皆、聞いてほしい。捜査に当たる者のうち、使用された毒物の解析を進める班と、毒物が使われた痕跡を探す班の2つに分かれて捜査を進めたい」

 その上で皇后様のおそばに残る班を加えて、3班に分かれて行動すべきだ。と発せられた彼の意思を受け止めた。

(私は……皇后様の元につきたい。しかし、毒物の捜査も……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】田舎育ちの令嬢は王子様を魅了する

五色ひわ
恋愛
 エミリーが多勢の男子生徒を従えて歩いている。王子であるディランは、この異様な光景について兄のチャーリーと話し合っていた。それなのに……  数日後、チャーリーがエミリーの取り巻きに加わってしまう。何が起こっているのだろう?  ディランは訳も分からず戸惑ったまま、騒動の中心へと引きづりこまれていくのだった。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 ――貧乏だから不幸せ❓ いいえ、求めているのは寄り添ってくれる『誰か』。  ◆  第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリア。  両親も既に事故で亡くなっており帰る場所もない彼女は、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていた。  しかし目的地も希望も生きる理由さえ見失いかけた時、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    10歳前後に見える彼らにとっては、親がいない事も、日々食べるものに困る事も、雨に降られる事だって、すべて日常なのだという。  そんな彼らの瞳に宿る強い生命力に感化された彼女は、気が付いたら声をかけていた。 「ねぇ君たち、お腹空いてない?」  まるで野良犬のような彼らと、貴族の素性を隠したフィーリアの三人共同生活。  平民の勝手が分からない彼女は、二人や親切な街の人達に助けられながら、自分の生き方やあり方を見つけて『自分』を取り戻していく。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

【完結】令嬢は売られ、捨てられ、治療師として頑張ります。

まるねこ
ファンタジー
魔法が使えなかったせいで落ちこぼれ街道を突っ走り、伯爵家から売られたソフィ。 泣きっ面に蜂とはこの事、売られた先で魔物と出くわし、置いて逃げられる。 それでも挫けず平民として仕事を頑張るわ! 【手直しての再掲載です】 いつも通り、ふんわり設定です。 いつも悩んでおりますが、カテ変更しました。ファンタジーカップには参加しておりません。のんびりです。(*´꒳`*) Copyright©︎2022-まるねこ

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

視える宮廷女官 ―霊能力で後宮の事件を解決します!―

島崎 紗都子
キャラ文芸
父の手伝いで薬を売るかたわら 生まれ持った霊能力で占いをしながら日々の生活費を稼ぐ蓮花。ある日 突然襲ってきた賊に両親を殺され 自分も命を狙われそうになったところを 景安国の将軍 一颯に助けられ成り行きで後宮の女官に! 持ち前の明るさと霊能力で 後宮の事件を解決していくうちに 蓮花は母の秘密を知ることに――。

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

処理中です...