後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第34話 復活

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「皇后様!」

 姜皇后は未だに架子台の上に仰向けで寝かされている。美雪と朝日の大きな声に対して反応する様子も見られない。
 
「早く皇后様に解毒薬を飲ませないと……あの、宮女さんぬるま湯くらいのお白湯ってございますか?! もしなければ水でも構いません!」

 近くにいた宮女がかしこまりました! と返事をして急いでお白湯を用意してくれた。そこへ解毒薬を三分の一ほど注ぎ入れて匙で溶かす。

「皇后様、失礼いたします……」

 口の中へと匙をねじ込むようにして姜皇后の体内へ薬を流し込んだ。彼女の反応をじっと目を大きく開いて見てみるが、まだ返って来ない。
 再び薬を今度は3回ほどに分けて流し入れる。すると姜皇后の瞼がぴくぴくと動き出した。

「動いたぞ! もう少し飲ませて差し上げよう!」
「はい!」

 三度目も3回から4回ほどに分けてゆっくりと丁寧に飲ませていく。
 今度はごくりと喉が鳴る音が聞こえ、手足がふるふると震えを伴い始めた。

「ん、あ……」
「皇后様! 皇后様!」
「あ……その、声は……」

 重たく閉ざされた姜皇后の瞼が開かれ、瞳に美雪と朝日達が映し出される。周囲にいた宮女達は互いに顔を見合わせて大歓声を上げ始めた。

「美雪と朝日……どうして、ここに……? 私は、何を……」
「目を覚まされたのですね、皇后様!」
「え? 私、そんなに眠っていたのかしら……」

 起き上がろうとする姜皇后だが、身体に痛みが走ったのか、うっと苦しそうな声を出すと頭を右手で抑えだした。
 立ち眩みのような症状があるのだろう、すぐに美雪と朝日は彼女の背中に手をやる。枕を数個用意させ、背もたれがわりにしてから再び彼女を仰向けに寝かせた。

「皇后様いけません、急に立ち上がっては。なにせずっとお眠りになられていらしたのですから」
「朝日、そうだったのかしら? ああ、秋大宴祭の宴会は……」

 どうやらあの日の記憶以降を覚えていないらしい。
 朝日が丁寧かつ簡潔に出来事を説明すると、彼女はそんな事があったのね……とまだ弱さが残る声を返す。

「そして陛下は新しいお妃をお迎えする予定だと兵士から伺いました」
「あら、どなた?」
「秋大宴祭で舞を踊った楓と言うものだそうです。我々も詳しい事はまだよく存じておりませんが」
「そう……私がずっと眠っていたから焦ったのかしらね。また陛下に直接尋ねてみるわ」

 ここでひとりの宮女が陛下がこちらに参られます! と目に涙を浮かべながら報告してきた。どうやら朝日がこれまで起きた出来事を説明している間、別の宮女が独断で皇帝の元へ姜皇后が目覚めたと報告しに行っていたらしい。
 仕事の速さに美驚くが、皇帝が安心できるなら良い事だ。とほっと息を吐く。

「皇后! 目を覚ましたか!」

 風のように姜皇后の私室へ現れた皇帝の目にはクマが出来ていた。あれから色々あったのが察せされる。

「陛下、ご心配をおかけしてしまい申し訳ございません」
「謝る必要などない。目を覚まして本当に、良かった……」

 姜皇后の両手を握りしめ、その手の甲の上に涙を流し始める。そんな皇帝の姿を美雪は目に焼き付けながら本当に良かった……。と心の中で何度も唱えたのだった。
 そんな嬉しさに浸る皇帝の空気を読むように、しばらくしてから姜皇后は新たな妃について尋ねる。相手はやはり楓で兵士の言う通り才人の位で入宮すると決まった、と気まずそうに彼女へ語った。

「かしこまりました。これからがらりと暮らしぶりが変わるでしょうし、大変でしょうけど頑張ってほしい所ね」

 嫉妬や羨望を全く出さない余裕たっぷりの反応は、皇后の貫禄だけでなく彼女のおっとりとした性格もにじみ出ている。

「本当にすまないな。こんな大変な時に……」
「いえ、陛下。お気になさらないでくださいな。お子は多い方が良いのですから、ね?」
「っすまない……! そなたは本当に優しいな……清い妃を持てて幸せだ……」

 このお方は決して嫉妬はしない。どのようなお方でも温かく迎え入れるのだと改めて再認識させられた。彼女の姿を朝日と共に目に焼き付けていると、彼から美雪。と小さな声をかけられる。

「俺達も仕事場に戻るとするか。皇后様と陛下の邪魔をするのも無粋だしな」
「そうでございますね。詰所に戻るのは久しぶりです」
「ああ……後宮に戻って来たって気がするなあ」
「外の空気も新鮮でしたが、今ここで吸っている空気もなんだか新鮮に感じます」

 踏みしめるようにして歩みを進めていくと、人気の少ない廊下に差し当たった所で朝日がちょんちょんと背中をさすってくる。

「美雪」
「朝日、さん?」

 ふわっとそよ風のような感覚が顔に降りかかったと思った瞬間、朝日の胸の中に顔を埋めていた。彼の腕が背中に回っている上に、火鉢に近づいたようなぬくもりが全身を覆っている。

(朝日さんに、抱きしめられている……温かくて、心地良い)
「美雪、本当に無事に帰って来れて良かった……」

 朝日の感極まる声が頭にそっと降りかかって来る。

「朝日さん……!」
(本当に後宮に戻れてよかった、本当に良かった……)

 嬉しさをぬくもりと共に互いにわかちあったこの瞬間は、このまま時間が止まればいいのにと思わせてしまう程に幸福感を感じさせてくれる。
 朝日と熱い抱擁を交わした後、薬師の詰所に戻ると、同僚や先輩達がばっと美雪の元に駆け寄って来た。

「美雪! おかえりなさい!」

 朱美達はじめ、薬師が皆彼女の帰還を大いに喜ぶ。

「よく帰ってきてくださいました!」
「もしかしたら返って来ないんじゃないかって思っていたけど……杞憂だった。本当に無事でよかった!」
「朱美さん……皆さんご存じかと思いますが、皇后様の解毒薬を開発する事に成功いたしました。そして皇后様はお目覚めになっております。長い間留守にしてしまい、申し訳ございません」

 美雪を薬師達の温かな空気が包む。彼らは涙を流したり、大きな声を挙げて喜びを分かち合っている。それらが全身の肌にひしひしと伝わってきて、心の奥から高揚感を芽生えさせてくれるのだ。

(よかった。無事に帰ってきて、解毒薬も作れて本当に良かった……)

 この高揚感と嬉しさと安堵感にずっと浸り続けていたい。そう感じながら仲間達と幸福を感じ続けていたのだった。

◇ ◇ ◇

 翌日の朝。姜皇后への薬を届けに行くついでに彼女の様子を見てみる。これまで眠っていたのが嘘だったかのように赤い豪華な衣服を身にまとった姜皇后は、いつもよりもだいぶ品数が少ない朝食達をのんびりとした表情で眺めていた。

(すごい、既にほぼ元通りだなんて……)

 彼女の驚異的な回復力に目を奪われそうになるが、しっかり仕事は果たさなければならない。姜皇后付きの宮女へ薬を届けた後は、また別の薬を作ったり、別の部署へ届けたりする業務に付きながら時間が過ぎ去っていく。
 夕方、治療院から暁華殿へ戻ろうとしている美雪の耳に、ある話が聞こえてきた。

「皇后様はお目覚めになったけど、やっぱり青才人様が犯人なのかしら?」
「拷問、いよいよ明日決行するそうね」
「児永さん、ここまでよく我慢してくれたわよねえ。私ならさっさとやってるけど」
「鞭打ちですってね。妃とはいえもっときついのからでもいいのに」

 ひそひそとまるで表に出ぬように話し合う宮女達の声を聞き逃す訳にはいかない。
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