後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~

二位関りをん

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第33話 完成

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 いきなり人間の身を使い、薬の効能を調べると言う選択肢は朝日達にはない。それは罪人を人体実験に使う時だけだ。
 
「何か、そうだな、実験用の動物はいたりするか?」
「実はその為にネズミを飼っているの。彼らでいいかな?」
「ちょうどいいな。では早速実験を始めよう」

 凝雨の手で家の奥にあった小屋から飼育されている白いネズミが2匹、薬棚のある部屋へと持ち込まれた。飼育下のネズミなので体毛は白く、毛並みも艶がある。野生のネズミのような薄汚い部分は全く見当たらない。

「じゃあ、先にこの箱の中にあった夢生薬を食べさせてみるから」
「わかった。頼む」
「餌、用意して、と……」
(丸薬みたいなえさですね。ネズミってこんな餌食べるのですか……)

 凝雨が小瓶から夢生薬を小さな匙で取り出した。ぱっと見る限り夢生薬は雪のような白い粉で匂いは全くしない。
 匙をネズミ用の餌の上へと返すと、餌ごとネズミに食べさせた。
 すると夢生薬を食べたネズミは数秒程餌を食べ続けていたが、突如ぱたりと倒れて動かなくなる。

「予想通りね。次にさっき作った毒消しを強引に口の中に突っ込むわよ」
「お湯か何かで溶かした方がよさそうでしょうか?」
「美雪の言う通りだな、その方が直接胃まで入りやすい」

 作ったばかりの解毒薬を少量、夢生薬を取り出したものとは別の匙で掬い、ぬるま湯の入った白い容器に入れて溶かす。そして再び匙で掬い、倒れたネズミの口の中に匙を突っ込んだ。
 この後ネズミに何が起こるのか、美雪は匙をぎゅっと握りしめて注意深く観察する。

「……あれ?」

 一瞬だけネズミがぴくりと動いたのが見えた。気のせいかもしれない。気を逸らさずにネズミを見つめ続ける。
 するとネズミの手足がぴくぴくと震え始めたかと思うと、大きく身をよじらせた。

「動いた!」
「解毒薬がしっかり効いている……! だがまだ油断はできない」
「そうですね、このままネズミに何もなければ……」

 朝日の言う通り、この後1時間ほどネズミの身に変化は無いかを観察し続ける。結果ネズミは何ともなかったかのように忙しなく動くだけ。

「これなら安心して使えそうだね」

 元気なネズミを見ながら、凝雨は憑き物が落ちたかの如く穏やかな微笑みを見せている。美雪も順調に事が進み、安堵の気持ちを抱いていた。

「そうだな。よかった……皇后様に飲ませないと」
「とりあえず今は……昼時か。どうする? もうとっとと後宮戻っちゃう?」
「俺としてはそうしたい。美雪はどうする?」
「私も早く後宮へ戻って、一刻も早く皇后様にこのお薬を届けたいと思っております。しかし……」

 凝雨さんはここでお別れですか? すっかり彼女へ芽生えた仲間意識が、後宮への帰還を拒んでいるのだ。

「そう言う事になるね。私が後宮で働くなんてとんでもない」
「そ、そうです、よね……こちらこそ難しい事聞いてしまって申し訳ないです」
「謝らないでよ、美雪が何か悪い事したわけじゃないんだし。とにかく夕方が来る前に行った方がいいよ」

 荷物をまとめて玄関まで向かった。凝雨との別れは胸が痛くなるが、姜皇后の事を考えると早く帰還しなければと焦りが顔を覗かせる。

「凝雨さん。短い間でしたがお世話になりました」
「俺からも。世話になったし本当に助かった。感謝する」
「こちらこそ。2人に会えてよかった。よかったらさ、後宮から手紙、送ってほしいな。たま~にでいいから」

 名残惜しそうにする凝雨へもちろん! と明るく返す美雪。姜皇后が目を覚ました暁には必ず彼女へ手紙を出そうと心に決めたのだった。

◇ ◇ ◇

 解毒薬を持って後宮へ無事に帰還を果たした美雪と朝日は大門で槍と剣を貸してくれた兵士へ返す。

「無事に帰還出来て本当に良かったです! 心配しておりましたから……」
「君がこれらを貸してくれたのもあるんだ。今皇后様はどうなっている? 後宮内に何か動きはあったか?」
「皇后様はまだお眠りのまま変わりません。後宮内での動きと言うと、皇帝陛下は新たなお妃をお迎えになるそうで」
「新たな妃か……」

 皇帝が新たな妃を迎える事自体は朝日にとっては珍しくもないのだろう。しかしこんな状態に新たな妃を迎えるという事は、姜皇后の容体はよろしくない、これは急がなくては。と美雪は顔に焦りを浮かべる。

「朝日さん、早く暁華殿へ戻らないと……!」
「っそうだな! あっ最後にひとつ! 新たな妃が一体誰なのかわかるか?!」
「それが踊り子らしいんですよ。楓って名前のお方で、秋大宴祭で皇后様と陛下の御前で舞を披露したお方だとか」
「楓さん?」

 まさかの人選に美雪は形容しがたいざわめきを全身で感じ取る。あの秋大宴祭で知り合った踊り子が妃になるとは思いもしていなかっただけに、衝撃が津波のように広がっては止まらない。

「才人の位だそうです。まだ後宮入りしてはいないそうですが、明日にでも入るのではないでしょうか?」
「そうか。教えてくれてありがとう。またな!」

 暁華殿へと駆け出す朝日を追うように走り出す美雪の足は、どこか重さが残っている。しかし心は早く早くと急き立てながら、暁華殿へと向かっていった。

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