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第51話 暗転
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「ここはやはり、己の力でご寵愛を勝ち取るべきだと思うの」
「よろしいの、ですか?」
何度も確かめるようにして首を小刻みに縦に振る青才人。あれだけ疲れ切った表情をしていたのが、嘘のように晴れやかになっていくのがわかる。
「ええ。お妃達の中で最もご寵愛を得られている皇后様側の人間の力を借りるのは、それはそれで、負けと言うか……」
(誇り……的なものでしょうか)
「でも、あなたの優しさが心の奥に染みわたっていくわ……だから、美雪。あなたの優しさは大事に受け取ろうと思う」
「あ、ありがとうございます。そう仰っていただき光栄です」
にこりと笑う青才人の顔は、これから満開になろうとしている花のようだった。
「繰り返しになるけど、あなたが林才人のかんざしを拾わなかったら今頃死んでいたかもしれない。だから美雪、本当にあなたへは感謝の思いで一杯よ。ありがとう」
青才人からぎゅっと両手を握りしめられる。包み込まれるような熱さに今後、彼女が寵愛を得られるようにと願いを託したのだった。
◇ ◇ ◇
青才人とのやり取りを終え、再び暁華殿へ戻ると再び朝日を待っていた医者達の歓迎を受ける。その後も彼らとの交流を続けていくうちにあっという間に日が暮れた。
「もうこんな時間か……」
夜になり、医者達は静かにそれぞれの持ち場へと姿を消していく。勿論まだ暁華殿内に留まっている者もかなりいるが、彼らもいずれは帰還するだろう。
するとそこへ宮女達を伴い、豪奢な赤い衣服を身にまとう姜皇后が現れた。
「皆さん、お楽しみいただけたようで何よりだわ」
「皇后様!」
医師達が慌てて深々と頭を下げる。姜皇后はにこやかに笑いながら彼らをひとりひとり目にしていた。
やはり皇后……これだけの影響力があるのだと改めて思い知らされる。その光景に美雪は目を丸くさせていた。
「美雪と朝日。私の部屋に来てくれる?」
「はっ、かしこまりました」
(私達を呼びにこられたのでしょうか? 調査内容を聞き出す為……?)
美雪の推測通り、姜皇后の私室に到着するや否や彼女から2人はどうだった? と尋ねられた。
「はっ。お二方とも、噂通りの人物かと言われますと違うようにお見受けしました」
「朝日はそう考えたのね。美雪は?」
「私も朝日さんと同じ考えでございます」
特に双貴妃は嫉妬に狂うような人物ではない――。美雪は正直に打ち明ける。
「ありがとう。双貴妃がそのような人物だったとは私も考えが及ばなかったわ。輿入れの際に多くの家臣たちが付き従っているとは聞いていたけれど」
「あのお方はとても双貴妃様をご心配されていらっしゃるようで」
「内乱があったんだもの。ましてや異国の地。警戒しても仕方ないわ」
(私と同じ考え……やっぱり、警戒しているのでしょうか)
その警戒を解けば噂も消えていくのではないかと思いますが。と朝日がぼそりと呟いた。
「朝日の言う通りでしょうね」
朱塗りの椅子に腰かけた姜皇后の返しは確かに的を得ているように感じられる。
「今日、更に噂を聞いたわ。双貴妃は妊娠した妃を次々に毒殺していったって」
「え?」
過激極まりない話に美雪は声が出なくなる。脳裏に刻まれた可憐な花のような可愛らしい彼女が、そのような悪の道に堕ちるなんて考えにくいからだ。
そして獨昭媛が一度子を身ごもった事実も併せてよぎる。
「でもあなた方の話を聞いて、その噂はただの噂、それも悪口だと私は思ったわ。双貴妃を陥れたい誰かがいるのかもね」
(確かに……その可能性は否定できませんよね)
「引き続きあなた方には獨昭媛と双貴妃の2人を調べてほしいと考えているのだけど。よろしいかしら?」
姜皇后からの提案に異論はない。朝日と声を揃えて返事をすると、姜皇后はお願いね。と低い声音で返した。
「白雪を殺した犯人について、何かしら知っているかもしれないもの」
真剣な表情からいつも通りのおっとりとした笑顔を見せた姜皇后に、美雪は早く犯人を見つけなければならないと焦りに駆られていく。
「美雪、顔が硬くなっているわよ」
「あ……」
焦りはすぐに姜皇后へ露見した。隣では朝日が顔を覗き込んでくる。
「君の事だ。どうせまた焦りに駆られていたんだろう」
「申し訳ございません……皇后様の為にも、白雪さん……姉を殺した犯人を見つけないとって」
「美雪。気持ちはわかるわ。でも焦ってはいけない。それこそ犯人の思うつぼよ」
姜皇后から正論を投げかけられると、頭の上まで登っていた熱が少しずつ冷めていく。
「でも気持ちはわかるわよ。その熱は失ってもいけない」
「皇后様、はい……!」
「美雪、俺が言うのもなんだが抱え込むなよ。俺達がついているんだから」
記憶も姉も失ったが、自分は孤独ではない。こんなにも素晴らしいお方がすぐそばにいらっしゃる。己に何度もそう言い聞かせると、大きく息を吸い込んだ。
「皆さんに感謝いたします。引き続き、頑張っていきます……!」
記憶が取り戻せないなら、犯人を捜して真相を知る。美雪の両手に力が籠った。
◇ ◇ ◇
交流会から2日後。朝からいつも通り業務に当たっていた美雪は、廊下から聞こえて来る宮女達の会話に気が向いた。
「ねえ、獨昭媛様ご体調崩されたって」
「えっもしかしてご懐妊?!」
「どうなんだろう……体調崩したとしか私は聞いていないから」
放っておけない。美雪は詰所から彼女達の元へと飛び出していった。
「あのっ……! 獨昭媛様の事について、詳しくお聞かせ願えますか?!」
「よろしいの、ですか?」
何度も確かめるようにして首を小刻みに縦に振る青才人。あれだけ疲れ切った表情をしていたのが、嘘のように晴れやかになっていくのがわかる。
「ええ。お妃達の中で最もご寵愛を得られている皇后様側の人間の力を借りるのは、それはそれで、負けと言うか……」
(誇り……的なものでしょうか)
「でも、あなたの優しさが心の奥に染みわたっていくわ……だから、美雪。あなたの優しさは大事に受け取ろうと思う」
「あ、ありがとうございます。そう仰っていただき光栄です」
にこりと笑う青才人の顔は、これから満開になろうとしている花のようだった。
「繰り返しになるけど、あなたが林才人のかんざしを拾わなかったら今頃死んでいたかもしれない。だから美雪、本当にあなたへは感謝の思いで一杯よ。ありがとう」
青才人からぎゅっと両手を握りしめられる。包み込まれるような熱さに今後、彼女が寵愛を得られるようにと願いを託したのだった。
◇ ◇ ◇
青才人とのやり取りを終え、再び暁華殿へ戻ると再び朝日を待っていた医者達の歓迎を受ける。その後も彼らとの交流を続けていくうちにあっという間に日が暮れた。
「もうこんな時間か……」
夜になり、医者達は静かにそれぞれの持ち場へと姿を消していく。勿論まだ暁華殿内に留まっている者もかなりいるが、彼らもいずれは帰還するだろう。
するとそこへ宮女達を伴い、豪奢な赤い衣服を身にまとう姜皇后が現れた。
「皆さん、お楽しみいただけたようで何よりだわ」
「皇后様!」
医師達が慌てて深々と頭を下げる。姜皇后はにこやかに笑いながら彼らをひとりひとり目にしていた。
やはり皇后……これだけの影響力があるのだと改めて思い知らされる。その光景に美雪は目を丸くさせていた。
「美雪と朝日。私の部屋に来てくれる?」
「はっ、かしこまりました」
(私達を呼びにこられたのでしょうか? 調査内容を聞き出す為……?)
美雪の推測通り、姜皇后の私室に到着するや否や彼女から2人はどうだった? と尋ねられた。
「はっ。お二方とも、噂通りの人物かと言われますと違うようにお見受けしました」
「朝日はそう考えたのね。美雪は?」
「私も朝日さんと同じ考えでございます」
特に双貴妃は嫉妬に狂うような人物ではない――。美雪は正直に打ち明ける。
「ありがとう。双貴妃がそのような人物だったとは私も考えが及ばなかったわ。輿入れの際に多くの家臣たちが付き従っているとは聞いていたけれど」
「あのお方はとても双貴妃様をご心配されていらっしゃるようで」
「内乱があったんだもの。ましてや異国の地。警戒しても仕方ないわ」
(私と同じ考え……やっぱり、警戒しているのでしょうか)
その警戒を解けば噂も消えていくのではないかと思いますが。と朝日がぼそりと呟いた。
「朝日の言う通りでしょうね」
朱塗りの椅子に腰かけた姜皇后の返しは確かに的を得ているように感じられる。
「今日、更に噂を聞いたわ。双貴妃は妊娠した妃を次々に毒殺していったって」
「え?」
過激極まりない話に美雪は声が出なくなる。脳裏に刻まれた可憐な花のような可愛らしい彼女が、そのような悪の道に堕ちるなんて考えにくいからだ。
そして獨昭媛が一度子を身ごもった事実も併せてよぎる。
「でもあなた方の話を聞いて、その噂はただの噂、それも悪口だと私は思ったわ。双貴妃を陥れたい誰かがいるのかもね」
(確かに……その可能性は否定できませんよね)
「引き続きあなた方には獨昭媛と双貴妃の2人を調べてほしいと考えているのだけど。よろしいかしら?」
姜皇后からの提案に異論はない。朝日と声を揃えて返事をすると、姜皇后はお願いね。と低い声音で返した。
「白雪を殺した犯人について、何かしら知っているかもしれないもの」
真剣な表情からいつも通りのおっとりとした笑顔を見せた姜皇后に、美雪は早く犯人を見つけなければならないと焦りに駆られていく。
「美雪、顔が硬くなっているわよ」
「あ……」
焦りはすぐに姜皇后へ露見した。隣では朝日が顔を覗き込んでくる。
「君の事だ。どうせまた焦りに駆られていたんだろう」
「申し訳ございません……皇后様の為にも、白雪さん……姉を殺した犯人を見つけないとって」
「美雪。気持ちはわかるわ。でも焦ってはいけない。それこそ犯人の思うつぼよ」
姜皇后から正論を投げかけられると、頭の上まで登っていた熱が少しずつ冷めていく。
「でも気持ちはわかるわよ。その熱は失ってもいけない」
「皇后様、はい……!」
「美雪、俺が言うのもなんだが抱え込むなよ。俺達がついているんだから」
記憶も姉も失ったが、自分は孤独ではない。こんなにも素晴らしいお方がすぐそばにいらっしゃる。己に何度もそう言い聞かせると、大きく息を吸い込んだ。
「皆さんに感謝いたします。引き続き、頑張っていきます……!」
記憶が取り戻せないなら、犯人を捜して真相を知る。美雪の両手に力が籠った。
◇ ◇ ◇
交流会から2日後。朝からいつも通り業務に当たっていた美雪は、廊下から聞こえて来る宮女達の会話に気が向いた。
「ねえ、獨昭媛様ご体調崩されたって」
「えっもしかしてご懐妊?!」
「どうなんだろう……体調崩したとしか私は聞いていないから」
放っておけない。美雪は詰所から彼女達の元へと飛び出していった。
「あのっ……! 獨昭媛様の事について、詳しくお聞かせ願えますか?!」
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