30 / 88
第29話 噴火
しおりを挟む
日没を迎え医師や女官らが治療院の戸を閉めようとしていた中、いきなり即席の担架に乗せられた庶民達が治療院に運び込まれてきた。
「皇后様! お助けください! 彼らが死にそうなんです!」
「治療院をお開けください! 大変なんです!」
運び込まれたのは計4名。若い男性に中年位の夫婦と思わしき男女2人、そして少女という内訳となる。
皆高熱にうなされているのだろうか、担架の上で脂汗をかきながら激しく咳き込みを見せていた。
「皇后様、あれは……流行病の類やもしれませんわ」
「劉貴妃様……流行り病、ですか」
「ええ、見て取れるのは高熱と咳に倦怠感……流行り病によくある症状ですわ。皆様、お気をつけて!」
劉貴妃の判断により、皆口もとに布を巻いてから彼らの分級が始まる。
その頃。浩明は中々訪れない美華に対し、苛立ちと焦りを感じていた。
(何かあったのか……)
浩明の心配をよそに、分級をする医師団の中にに加わる美華。結果、医者達が相手をする事に決まるが美華は自分が治すと張り合いを見せる。
「どのような病かわからない以上、私が適任だと思うのですが」
「皇后様のお気持ちはわかります。しかし、皇后様にご病気を移しては……」
結局美華は医師団からの圧に負けた形で、処置をお願いする事になった。
しかし次は胸を抑えて苦しむ中年くらいの男性が仲間の肩を借りて現れる。治療院を閉める直前に相次いだ患者達に、美華はかかりきりとなっていた。
(……あ、陛下との約束を忘れていた!)
だが、治療院が大変な事になっている今、自分だけが抜け出して陛下に会いに行くなどとは美華からすれば言い出せない状況である。自分の志に反するからだ。
(最後までいた方がいいよね……)
結局、患者が1人残らず退去するまで、美華は治療院に留まり、看病にあたったのであった。
浩明は治療院での出来事を知らないまま、美華を待ち続けている。
(まだ来ないか……まさか、約束をすっぽかしている訳ではあるまいな)
我慢できないので家臣に美華はどうなっているのかを調べるように命じると、体感で数十秒後に美華が女官を引き連れた状態で慌てて浩明の前へとはせ参じる。
「へ、陛下……遅くなって申し訳ありません……!」
「遅い。約束を忘れたのかと思ったわ」
「っ途中までは忘れておりました……大変申し訳ございません」
(……やっぱりこいつは、俺よりも治療院の事が大事なのだな)
席に座れと浩明が促すと、美華は宦官らの助けを借りて椅子に着席する。女官達は一礼してその場から去っていった。
贅を尽くした料理が運び込まれる中、浩明はなぜ遅れたのか? と美華に冷たさを孕んだ声で詰め寄る。
「治療院を閉める前に、急病人が続々と運び込まれてきまして、その対応に当たっておりました……」
「分級はしていたのか?」
「しております」
患者は薬を貰うなり、美華の力により1人残らず治療院から自宅へと戻っている。この事も浩明に美華は包み隠さず申し伝えた。
「なら、君がずっと治療院に留まる理由も無いだろう。途中で抜け出せばよかったものの。医者らに任せておけば良いのだから」
確かに浩明の持論は正論かもしれない。美華は皇后なのでそのような権限もある。だが、美華はこの考えに賛同できないでいた。
「私は……病に倒れている皆さんを見捨てる訳にはいかないのです。たとえ私の力が必要ないとしても」
「なんだと?」
浩明の眉にしわが寄る。そんな彼の表情は美華には見えない。
「確かにあの場に私は必要なかったかもしれないです。でも私は皇后として、治療院を束ねる者としてその場に留まる必要があると考えました」
「……皇后として、か」
(ここで皇后としてだなんて言うとはな……)
「では問おう。君は皇后として俺のそばにいるのと、今の治療院での仕事……どっちが大事なんだろうか)」
美華からすれば突如として繰り出された質問。だが、美華の中で答えはすでに決まったも同然だった。
「後者でございます。分け隔てなく治すというのが私ですから。勿論陛下の事も大事でございますが」
「っ!」
「私はこの治療院での仕事に、自らを賭しています。陛下含めこの世界の民を治すのが大事なのです」
「……っ!」
自分だけでなく全ての人々に彼女の愛が向けられている。そう感じた浩明の腹の底で、言葉には言い表せないどす黒さを纏った溶岩が噴火した。
「……俺の事はっ……どうだっていいのか……!」
「っ! 違います! 陛下の事も……!」
「俺含めて、と言っただろう! 俺だけとは言っていないではないか!」
自分でも驚くくらいに大きな声で美華を傷つける如き言葉を言い放ってしまった浩明は、目をぎゅっとつむって顔をくしゃくしゃにする。そんな顔も美華には見えていない。
「……すまない、もう下がって良い」
浩明は食事に殆ど手をつけないまま、自室へと足早に去っていく。美華は彼の姿が消えていくのを波動で感じ取りながら、椅子にただ座り込むしかできないのであった。
「皇后様! お助けください! 彼らが死にそうなんです!」
「治療院をお開けください! 大変なんです!」
運び込まれたのは計4名。若い男性に中年位の夫婦と思わしき男女2人、そして少女という内訳となる。
皆高熱にうなされているのだろうか、担架の上で脂汗をかきながら激しく咳き込みを見せていた。
「皇后様、あれは……流行病の類やもしれませんわ」
「劉貴妃様……流行り病、ですか」
「ええ、見て取れるのは高熱と咳に倦怠感……流行り病によくある症状ですわ。皆様、お気をつけて!」
劉貴妃の判断により、皆口もとに布を巻いてから彼らの分級が始まる。
その頃。浩明は中々訪れない美華に対し、苛立ちと焦りを感じていた。
(何かあったのか……)
浩明の心配をよそに、分級をする医師団の中にに加わる美華。結果、医者達が相手をする事に決まるが美華は自分が治すと張り合いを見せる。
「どのような病かわからない以上、私が適任だと思うのですが」
「皇后様のお気持ちはわかります。しかし、皇后様にご病気を移しては……」
結局美華は医師団からの圧に負けた形で、処置をお願いする事になった。
しかし次は胸を抑えて苦しむ中年くらいの男性が仲間の肩を借りて現れる。治療院を閉める直前に相次いだ患者達に、美華はかかりきりとなっていた。
(……あ、陛下との約束を忘れていた!)
だが、治療院が大変な事になっている今、自分だけが抜け出して陛下に会いに行くなどとは美華からすれば言い出せない状況である。自分の志に反するからだ。
(最後までいた方がいいよね……)
結局、患者が1人残らず退去するまで、美華は治療院に留まり、看病にあたったのであった。
浩明は治療院での出来事を知らないまま、美華を待ち続けている。
(まだ来ないか……まさか、約束をすっぽかしている訳ではあるまいな)
我慢できないので家臣に美華はどうなっているのかを調べるように命じると、体感で数十秒後に美華が女官を引き連れた状態で慌てて浩明の前へとはせ参じる。
「へ、陛下……遅くなって申し訳ありません……!」
「遅い。約束を忘れたのかと思ったわ」
「っ途中までは忘れておりました……大変申し訳ございません」
(……やっぱりこいつは、俺よりも治療院の事が大事なのだな)
席に座れと浩明が促すと、美華は宦官らの助けを借りて椅子に着席する。女官達は一礼してその場から去っていった。
贅を尽くした料理が運び込まれる中、浩明はなぜ遅れたのか? と美華に冷たさを孕んだ声で詰め寄る。
「治療院を閉める前に、急病人が続々と運び込まれてきまして、その対応に当たっておりました……」
「分級はしていたのか?」
「しております」
患者は薬を貰うなり、美華の力により1人残らず治療院から自宅へと戻っている。この事も浩明に美華は包み隠さず申し伝えた。
「なら、君がずっと治療院に留まる理由も無いだろう。途中で抜け出せばよかったものの。医者らに任せておけば良いのだから」
確かに浩明の持論は正論かもしれない。美華は皇后なのでそのような権限もある。だが、美華はこの考えに賛同できないでいた。
「私は……病に倒れている皆さんを見捨てる訳にはいかないのです。たとえ私の力が必要ないとしても」
「なんだと?」
浩明の眉にしわが寄る。そんな彼の表情は美華には見えない。
「確かにあの場に私は必要なかったかもしれないです。でも私は皇后として、治療院を束ねる者としてその場に留まる必要があると考えました」
「……皇后として、か」
(ここで皇后としてだなんて言うとはな……)
「では問おう。君は皇后として俺のそばにいるのと、今の治療院での仕事……どっちが大事なんだろうか)」
美華からすれば突如として繰り出された質問。だが、美華の中で答えはすでに決まったも同然だった。
「後者でございます。分け隔てなく治すというのが私ですから。勿論陛下の事も大事でございますが」
「っ!」
「私はこの治療院での仕事に、自らを賭しています。陛下含めこの世界の民を治すのが大事なのです」
「……っ!」
自分だけでなく全ての人々に彼女の愛が向けられている。そう感じた浩明の腹の底で、言葉には言い表せないどす黒さを纏った溶岩が噴火した。
「……俺の事はっ……どうだっていいのか……!」
「っ! 違います! 陛下の事も……!」
「俺含めて、と言っただろう! 俺だけとは言っていないではないか!」
自分でも驚くくらいに大きな声で美華を傷つける如き言葉を言い放ってしまった浩明は、目をぎゅっとつむって顔をくしゃくしゃにする。そんな顔も美華には見えていない。
「……すまない、もう下がって良い」
浩明は食事に殆ど手をつけないまま、自室へと足早に去っていく。美華は彼の姿が消えていくのを波動で感じ取りながら、椅子にただ座り込むしかできないのであった。
10
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
後宮に咲く毒花~記憶を失った薬師は見過ごせない~
二位関りをん
キャラ文芸
数多の女達が暮らす暁月国の後宮。その池のほとりにて、美雪は目を覚ました。
彼女は自分に関する記憶の一部を無くしており、彼女を見つけた医師の男・朝日との出会いをきっかけに、陰謀と毒が渦巻く後宮で薬師として働き始める。
毒を使った事件に、たびたび思い起こされていく記憶の断片。
はたして、己は何者なのか――。
これは記憶の断片と毒をめぐる物語。
※年齢制限は保険です
※数日くらいで完結予定
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
王宮に薬を届けに行ったなら
佐倉ミズキ
恋愛
王宮で薬師をしているラナは、上司の言いつけに従い王子殿下のカザヤに薬を届けに行った。
カザヤは生まれつき体が弱く、臥せっていることが多い。
この日もいつも通り、カザヤに薬を届けに行ったラナだが仕事終わりに届け忘れがあったことに気が付いた。
慌ててカザヤの部屋へ行くと、そこで目にしたものは……。
弱々しく臥せっているカザヤがベッドから起き上がり、元気に動き回っていたのだ。
「俺の秘密を知ったのだから部屋から出すわけにはいかない」
驚くラナに、カザヤは不敵な笑みを浮かべた。
「今日、国王が崩御する。だからお前を部屋から出すわけにはいかない」
※ベリーズカフェにも掲載中です。そちらではラナの設定が変わっています。内容も少し変更しておりますので、あわせてお楽しみください。
高校生なのに娘ができちゃった!?
まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!?
そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる