【完結】好きじゃないけど、付き合ってみる?

海野雫

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第二章 新しい生活の始まり

生活リズムの確立

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 同居生活が始まって一週間。二人の生活リズムは驚くほどうまく噛み合った。

 健は朝型で、直人が起きる前にはもう朝食の準備を終えている。時には夕食の下ごしらえまで済ませていることもあった。その分、夜は早めに休む。

 直人は逆に夜型。健が寝静まった後に風呂掃除や洗濯を済ませ、課題や読書に時間を使う。お互いの時間を邪魔することなく、絶妙な距離感を保っていた。

 それでも健が毎朝作ってくれる朝食のおかげで、一人暮らしの頃より早起きできるようになった。

「ふぁあ……おはよう」

 あくびを噛み殺しながらリビングに出ると、キッチンにはエプロン姿の健がいる。

「おはようございます、先輩! 朝食できてますから、顔洗ってきてください。コーヒー入れておきますね」

 朝からこんなに爽やかに笑顔を向けられると、眠気も吹き飛ぶ。まるで新婚の妻のように甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるのを見ると、自分は何もしてやれないのが申し訳なくなる。

 洗面所で顔を洗い、ダイニングへ向かう。無垢材のテーブルには、ワンプレートに美しく盛り付けられた朝食が用意されていた。

 リーフレタスとパプリカ、プチトマトのサラダには自家製の酢玉ねぎが添えられ、オリーブオイルとブラックペッパーでシンプルに味付けされている。健の得意なオムレツは、フォークを入れるとトロッと半熟の黄身が溢れ出す。それをトーストで拭いながら食べるのが、直人のお気に入りだった。

「はい、先輩。コーヒーです。ブラックでいいですよね?」

「ありがとう。健は今日、何限から授業?」

 湯気の立つコーヒーを受け取りながら尋ねる。

「二限からです」

「僕も二限からだから、一緒に出ようか」

 健の顔がぱあっと輝いた。

「はい!」

 もう朝食を済ませた健は、直人の向かいに座ってじっと食べる様子を眺めている。

「何? 変な食べ方してる?」

「いえ……先輩が美味しそうに食べてくれるのが、嬉しくて」

 健は頬杖をついて、幸せそうに微笑んだ。

「本当に美味しいよ。ありがとう。一人だと朝はコンビニのパンで済ませちゃうから、こうやって手作りの朝食を食べられるのは本当にありがたい」

「なんか奥さんみたいですね、俺」

 何気なく呟いた言葉に、健は頬を赤く染めて俯いた。

「やっぱり、変ですよね……こんなことするの……」

 か細い声で恥ずかしそうに言う健が、妙に愛らしく見えた。

「僕は助かってるから、全然変じゃないよ」

 すると健はホッとした表情で「よかった」と小さく呟いた。

「あ、先輩! もう九時ですよ!」

 時計を見ると、確かに九時を過ぎている。のんびり朝食を味わっている場合じゃない。

「やばい! 急いで準備しないと!」

 直人の髪は寝癖で酷いことになっている。健も最初の朝はその有様に驚いていた。

「俺が皿洗いしておくので、先輩は急いで身支度してください」

「う、うん!」

 半ば強引に食器を取り上げられ、直人は慌てて部屋へ戻った。

 急いで着替え、洗面所へ駆け込む。歯磨きをしながらドライヤーで髪をセットするが、頑固な寝癖は簡単には直らない。結局、一部の髪は跳ねたままになってしまった。

「お待たせ」

 玄関で待っていた健と一緒に、大学へ向かった。


「ただいま~」

「お疲れさま」

 二人そろっての帰宅。同じ部活に所属しているので、特に約束をしなくても自然と一緒に帰ることが多くなった。

「今日は先にお風呂に入る?」

 こんな夫婦のようなやり取りにも、すっかり慣れてしまった。

「今日は暑かったですね。俺、湯船にゆっくり浸かりたいので、お湯溜めてもらえると嬉しいです」

「了解。その間に夕飯の準備しようか。僕にもできること手伝わせて」

「はい!」

 健は本当に嬉しそうに答えた。

 夕食後は、どちらからともなくリビングのソファに腰を下ろす。これも、いつの間にか定着した習慣だった。

「テレビでも見る?」

「どうしましょう? 先輩は何か見たい番組ありますか?」

 そう言われても、特に見たいものはない。一人暮らしの時はテレビを持っていなかったし、そもそもあまり興味がない。

「ごめん、実はテレビってあまり見ないんだ」

「じゃあ、音楽でもかけましょうか? どんなジャンルがお好みですか?」

 健はスピーカーの電源を入れ、スマートフォンを取り出した。

「ロック、ジャズ、クラシック……何がいいでしょう?」

「健が選んで。健の好みの音楽を聞いてみたい」

 その言葉に、健の顔は満面の笑みになった。

「分かりました! 今日はジャズでいかがですか?」

 スマートフォンのプレイリストをタップすると、サックスの滑らかな音色がリビングに響いた。その後ろで、ピアノ、ベース、ドラムが心地よくセッションを奏でている。

「健はジャズが好きなの?」

 音楽の話は、意外にしたことがなかった。同じ軽音楽部とはいえ、演奏者とマネージャーという立場の違いもあってか、こういう個人的な嗜好を聞く機会がなかった。

「そうですね。部ではロック中心ですけど、俺は基本的にどんな音楽でも聞きます。でも、ジャズは――」

 そこで健は口ごもった。何かジャズには特別な思い入れがあるのだろうか。それ以上は追求せず、直人は黙って音楽に耳を傾けた。

 健は本当に気の利く後輩だ。毎日美味しい食事を作ってくれるし、使った後のキッチンはいつもピカピカに掃除されている。それでいて直人に干渉しすぎることなく、お互いのペースを尊重してくれる。理想的なルームメイトと言えるだろう。

 ただ、時折見せる表情が気になった。

 特に夜、一人でベランダに出て夜空を見上げている時。普段の明るい笑顔とは正反対の、何かを思い詰めているような、深く沈んだ表情をすることがある。

 健が何を考えているのか気になったが、お互いの距離感を大切にしてくれる健に対して、踏み込んでいいものか躊躇してしまう。直人は結局、見て見ぬふりを続けていた。
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