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第四章 揺れ動く心
拓真の告白
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その日の練習終わり、直人と健が帰り支度をしていると、拓真が健に声をかけてきた。
「健、ちょっといい?」
健は楽器ケースのファスナーを上げる手を止めて、怪訝そうな顔を向けた。
「何? 今日、ちょっと早く帰りたいんだけど」
健の声音に、いつもの人懐っこさはない。拓真は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、すぐ終わるから。二人で外のベンチで話さない?」
健は明らかに面倒くさそうにため息をついた。
「直人がいたらダメなわけ?」
遠慮のない問いかけに、拓真は躊躇いながらも頷いた。
「……わかった。でも外は暑いから、ここでいいでしょ? 他に誰もいないし」
健は直人に振り返った。
「直人、悪いけど、ちょっと外で待ってて」
直人はその場に残って二人の話を聞いていたかったが、健にそう言われては仕方ない。重い足取りで部室を出て、廊下に立った。
だが、どうしても気になって扉の前で聞き耳を立ててしまう。
「健、今日のベースもカッコよかった」
拓真の緊張した声が聞こえた。健の返事は聞こえない。きっと小さく頷いただけだろう。
「で、何の話? バイトの時間、いつもより早いから急いでるんだって」
健の声に、微かな苛立ちが混じっている。直人が聞いたことのない、冷たい響きだった。健はどんなに急いでいても、直人にこんな風に話したことはない。その違いが、直人の心をちくりと刺した。
「あ、うん……時間取らせてごめん」
拓真の声が震えている。
「今度のフェスの時に言おうと思ったんだけど、どうしても早めに伝えておきたくて」
一拍の沈黙があった。直人の心臓が激しく鼓動を刻む。
「俺、健のことが好きなんだ」
その瞬間、直人の世界が静止した。頭の中が真っ白になり、心臓が止まりそうになる。
――やっぱり、そうだった。
健はなんと答えるのだろう。直人と健の関係は擬似恋人。健が新しい恋に踏み出すための練習台に過ぎない。
部室の中は沈黙に包まれている。時間だけが重く流れて、直人は息をするのも忘れそうになった。
「健、入学してからずっとお前のことが好きだった。付き合ってほしい」
拓真の真剣な声に、直人は息を呑んだ。胸の奥で何かが軋むような音を立てている。
――健は、なんて答えるんだろう。
「ごめん、拓真」
健の声は思いのほか冷静だった。
「せっかく告白してくれたのに……俺、拓真とは付き合うことができない」
「な、なんで? 誰か、好きな人がいるとか?」
拓真の声が涙声になっている。その問いに、健は少し間を置いてから答えた。
「うん。俺、付き合ってる人いるし、その人のこと、すっげえ好きなんだよね」
直人は耳を疑った。付き合っている人──それは直人のことを指している、はず。そして「すっげえ好き」という言葉。
――健は、僕のことを本気で……?
そう思いかけて、直人は慌てて首を振った。きっと断る口実に違いない。恋人がいると言えば、拓真も諦めてくれるはずだから。
「それって……誰? 俺の知ってる人?」
「言わなきゃダメ?」
健の声に、微かな困惑が滲んでいる。
しばらくして、健は大きくため息をついた。
「直人先輩だよ」
「やっぱり……」
拓真の声が絞り出すような響きになった。
「拓真の気持ちは嬉しいよ。でも俺たち、同棲してるし……もう誰も入る隙なんてないから」
健の声音が、さっきまでとは打って変わって優しくなっている。
「だから俺たちの邪魔、しないでね」
足音がドアに向かって近づいてくる。直人は慌ててドアから離れ、向かいの掲示板に目を向けた。扉が開く音がして、健が出てきた。
部室の中の拓真は、後ろ姿しか見えないが肩を震わせている。
「直人、お待たせ。帰ろうか」
健はそう言いながら、自然に直人の手を取った。その手のひらは温かくて、直人の心に安堵が広がる。健の体温を感じていると、なぜか安心してしまう。
これは、やはり自分が健を……。
「拓真、何て言ってた?」
廊下を歩きながら、直人はさりげなく尋ねた。盗み聞きしていたとは言えない。
「……うん。付き合ってほしいって、言われた」
健は嘘をつかず、素直に答えた。
「そっか……」
直人は驚いたふりをして、健の次の言葉を待った。
「でも、付き合ってる人いるからって、断った」
「うん」
「直人と付き合ってるって……言っちゃった」
健は申し訳なさそうに眉を下げた。その表情が、やけに罪悪感に満ちている。
「そっか」
直人は気にしていないというように軽やかに答えた。内心では、健の選択に安堵と喜びを感じている自分がいた。もし健が拓真に少しでも心を動かされていたら、きっと違う答えをしただろうから。
「この前、健のバイト先の人に『彼氏』って紹介されても嫌じゃないって言ったでしょ? だから全然気にしなくていいよ」
その言葉を聞くと、健は心底ほっとした表情を見せた。
「よかった……」
健がどれほど直人を恋人と言ってしまったことを気に病んでいたのか、その安堵ぶりから察することができた。
「大丈夫だよ」
直人は健のふわふわした髪をそっと撫でた。健は目を細めて、まるで猫のように甘えるような表情を見せる。
その瞬間、直人の心に確かな感情が芽生えた。
――これは、もう「擬似」じゃない。
「健、ちょっといい?」
健は楽器ケースのファスナーを上げる手を止めて、怪訝そうな顔を向けた。
「何? 今日、ちょっと早く帰りたいんだけど」
健の声音に、いつもの人懐っこさはない。拓真は申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん、すぐ終わるから。二人で外のベンチで話さない?」
健は明らかに面倒くさそうにため息をついた。
「直人がいたらダメなわけ?」
遠慮のない問いかけに、拓真は躊躇いながらも頷いた。
「……わかった。でも外は暑いから、ここでいいでしょ? 他に誰もいないし」
健は直人に振り返った。
「直人、悪いけど、ちょっと外で待ってて」
直人はその場に残って二人の話を聞いていたかったが、健にそう言われては仕方ない。重い足取りで部室を出て、廊下に立った。
だが、どうしても気になって扉の前で聞き耳を立ててしまう。
「健、今日のベースもカッコよかった」
拓真の緊張した声が聞こえた。健の返事は聞こえない。きっと小さく頷いただけだろう。
「で、何の話? バイトの時間、いつもより早いから急いでるんだって」
健の声に、微かな苛立ちが混じっている。直人が聞いたことのない、冷たい響きだった。健はどんなに急いでいても、直人にこんな風に話したことはない。その違いが、直人の心をちくりと刺した。
「あ、うん……時間取らせてごめん」
拓真の声が震えている。
「今度のフェスの時に言おうと思ったんだけど、どうしても早めに伝えておきたくて」
一拍の沈黙があった。直人の心臓が激しく鼓動を刻む。
「俺、健のことが好きなんだ」
その瞬間、直人の世界が静止した。頭の中が真っ白になり、心臓が止まりそうになる。
――やっぱり、そうだった。
健はなんと答えるのだろう。直人と健の関係は擬似恋人。健が新しい恋に踏み出すための練習台に過ぎない。
部室の中は沈黙に包まれている。時間だけが重く流れて、直人は息をするのも忘れそうになった。
「健、入学してからずっとお前のことが好きだった。付き合ってほしい」
拓真の真剣な声に、直人は息を呑んだ。胸の奥で何かが軋むような音を立てている。
――健は、なんて答えるんだろう。
「ごめん、拓真」
健の声は思いのほか冷静だった。
「せっかく告白してくれたのに……俺、拓真とは付き合うことができない」
「な、なんで? 誰か、好きな人がいるとか?」
拓真の声が涙声になっている。その問いに、健は少し間を置いてから答えた。
「うん。俺、付き合ってる人いるし、その人のこと、すっげえ好きなんだよね」
直人は耳を疑った。付き合っている人──それは直人のことを指している、はず。そして「すっげえ好き」という言葉。
――健は、僕のことを本気で……?
そう思いかけて、直人は慌てて首を振った。きっと断る口実に違いない。恋人がいると言えば、拓真も諦めてくれるはずだから。
「それって……誰? 俺の知ってる人?」
「言わなきゃダメ?」
健の声に、微かな困惑が滲んでいる。
しばらくして、健は大きくため息をついた。
「直人先輩だよ」
「やっぱり……」
拓真の声が絞り出すような響きになった。
「拓真の気持ちは嬉しいよ。でも俺たち、同棲してるし……もう誰も入る隙なんてないから」
健の声音が、さっきまでとは打って変わって優しくなっている。
「だから俺たちの邪魔、しないでね」
足音がドアに向かって近づいてくる。直人は慌ててドアから離れ、向かいの掲示板に目を向けた。扉が開く音がして、健が出てきた。
部室の中の拓真は、後ろ姿しか見えないが肩を震わせている。
「直人、お待たせ。帰ろうか」
健はそう言いながら、自然に直人の手を取った。その手のひらは温かくて、直人の心に安堵が広がる。健の体温を感じていると、なぜか安心してしまう。
これは、やはり自分が健を……。
「拓真、何て言ってた?」
廊下を歩きながら、直人はさりげなく尋ねた。盗み聞きしていたとは言えない。
「……うん。付き合ってほしいって、言われた」
健は嘘をつかず、素直に答えた。
「そっか……」
直人は驚いたふりをして、健の次の言葉を待った。
「でも、付き合ってる人いるからって、断った」
「うん」
「直人と付き合ってるって……言っちゃった」
健は申し訳なさそうに眉を下げた。その表情が、やけに罪悪感に満ちている。
「そっか」
直人は気にしていないというように軽やかに答えた。内心では、健の選択に安堵と喜びを感じている自分がいた。もし健が拓真に少しでも心を動かされていたら、きっと違う答えをしただろうから。
「この前、健のバイト先の人に『彼氏』って紹介されても嫌じゃないって言ったでしょ? だから全然気にしなくていいよ」
その言葉を聞くと、健は心底ほっとした表情を見せた。
「よかった……」
健がどれほど直人を恋人と言ってしまったことを気に病んでいたのか、その安堵ぶりから察することができた。
「大丈夫だよ」
直人は健のふわふわした髪をそっと撫でた。健は目を細めて、まるで猫のように甘えるような表情を見せる。
その瞬間、直人の心に確かな感情が芽生えた。
――これは、もう「擬似」じゃない。
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