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第四章 揺れ動く心
気持ちの変化
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七月上旬、梅雨特有の重たい湿気が香坂市を包んでいた。蒸し暑さで肌に纏わりつく衣服が煩わしく、街を歩く人々の足取りも心なしか重い。
前期試験が始まる頃には梅雨も明け、大学は二か月の長い夏休みに入る。試験といっても科目によって様々で、出席点重視の授業もあれば、がっつりと筆記試験を課すものもある。
試験期間中は部活も休みになるため、直人は大学図書館の三階、窓際の指定席で勉強していた。健はテストのある科目がほとんどないにも関わらず、なぜか毎日のように直人に付き添って図書館にやって来た。
「俺、直人みたいに本読む習慣ないから……勉強になるかなって」
そう言いながら直人が薦めた村上春樹の短編集を手に取った健は、読み始めるとまるで物語の世界に吸い込まれるように集中していた。
直人が英語の構文を覚えるのに疲れて顔を上げると、健は眉をひそめたり、時折くすりと笑ったりしながら本のページをめくっている。その横顔があまりにも真剣でかわいくて、直人は思わず見とれてしまった。
「その本、どう?」
小声で問いかけると、健ははっと現実に引き戻されたような表情をして、ふわりと微笑んだ。
「すっごい面白い! 小説ってこんなに人の心に入り込んでくるんだね。直人が薦めてくれてよかった」
健の瞳がきらきらと輝いている。その無邪気な喜びようを見ていると、直人の胸は温かくくすぐったい気持ちで満たされた。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
そう答えながら、直人は再び教科書に視線を落とした。だが、文字を追っているのに内容が頭に入ってこない。隣に座る健の存在が、まるで小さな太陽のように直人の意識を引き寄せてしまう。
前期試験が無事終了し、キャンパスは夏休みの解放感に包まれた。梅雨も明け、真夏特有の容赦ない陽射しが香坂市に降り注ぐ。セミの鳴き声が一日中響き、アスファルトから立ち上る陽炎が街を揺らめかせている。
大学生の夏休みは約二か月と長いが、軽音部は地域のフェスティバルや夏祭りへの出演が控えているため、練習のために週に数回は大学へ足を運ぶ。
その日も直人と健は連れ立って部室へ向かった。廊下を歩いていると、すでに始まっているギターの音が聞こえてくる。
「おはようございます」
部室のドアを開けて挨拶すると、先に来ていた拓真がエレキギターを抱えたまま振り返った。
「ざーっす」
拓真は直人には軽く会釈したが、その視線は明らかに健を追っている。健も気づいて「おはよう、拓真」と返した。
暑さにも負けず、部員たちは続々と集まってくる。みんなが汗だくになりながら練習に熱中する中、直人は熱中症対策として冷蔵庫にスポーツドリンクやミネラルウォーターを大量に補充した。
「直人、いつもありがとう」
ベースを置いて休憩に入った健が、冷えたミネラルウォーターを一気に飲み干しながら礼を言った。
「そんな。僕の方こそ、いつも健には感謝してるよ」
直人の言葉に、健は照れたように頬を薄紅色に染めた。その仕草がやけに愛らしくて、直人の心臓が一拍飛ぶ。
――なんだろう、この感じ。
そんな二人のやり取りを見ていた拓真が、ギターの弦を強く弾いた。その音が部室に鋭く響く。振り返ると、拓真が直人を見つめていた。その眼差しには、明らかに嫉妬めいた感情が宿っている。
――やっぱり拓真は健のことを……。
直人の胸に、得体の知れないざわめきが走った。それが何なのか、まだ言葉にできない。
前期試験が始まる頃には梅雨も明け、大学は二か月の長い夏休みに入る。試験といっても科目によって様々で、出席点重視の授業もあれば、がっつりと筆記試験を課すものもある。
試験期間中は部活も休みになるため、直人は大学図書館の三階、窓際の指定席で勉強していた。健はテストのある科目がほとんどないにも関わらず、なぜか毎日のように直人に付き添って図書館にやって来た。
「俺、直人みたいに本読む習慣ないから……勉強になるかなって」
そう言いながら直人が薦めた村上春樹の短編集を手に取った健は、読み始めるとまるで物語の世界に吸い込まれるように集中していた。
直人が英語の構文を覚えるのに疲れて顔を上げると、健は眉をひそめたり、時折くすりと笑ったりしながら本のページをめくっている。その横顔があまりにも真剣でかわいくて、直人は思わず見とれてしまった。
「その本、どう?」
小声で問いかけると、健ははっと現実に引き戻されたような表情をして、ふわりと微笑んだ。
「すっごい面白い! 小説ってこんなに人の心に入り込んでくるんだね。直人が薦めてくれてよかった」
健の瞳がきらきらと輝いている。その無邪気な喜びようを見ていると、直人の胸は温かくくすぐったい気持ちで満たされた。
「気に入ってもらえて嬉しいよ」
そう答えながら、直人は再び教科書に視線を落とした。だが、文字を追っているのに内容が頭に入ってこない。隣に座る健の存在が、まるで小さな太陽のように直人の意識を引き寄せてしまう。
前期試験が無事終了し、キャンパスは夏休みの解放感に包まれた。梅雨も明け、真夏特有の容赦ない陽射しが香坂市に降り注ぐ。セミの鳴き声が一日中響き、アスファルトから立ち上る陽炎が街を揺らめかせている。
大学生の夏休みは約二か月と長いが、軽音部は地域のフェスティバルや夏祭りへの出演が控えているため、練習のために週に数回は大学へ足を運ぶ。
その日も直人と健は連れ立って部室へ向かった。廊下を歩いていると、すでに始まっているギターの音が聞こえてくる。
「おはようございます」
部室のドアを開けて挨拶すると、先に来ていた拓真がエレキギターを抱えたまま振り返った。
「ざーっす」
拓真は直人には軽く会釈したが、その視線は明らかに健を追っている。健も気づいて「おはよう、拓真」と返した。
暑さにも負けず、部員たちは続々と集まってくる。みんなが汗だくになりながら練習に熱中する中、直人は熱中症対策として冷蔵庫にスポーツドリンクやミネラルウォーターを大量に補充した。
「直人、いつもありがとう」
ベースを置いて休憩に入った健が、冷えたミネラルウォーターを一気に飲み干しながら礼を言った。
「そんな。僕の方こそ、いつも健には感謝してるよ」
直人の言葉に、健は照れたように頬を薄紅色に染めた。その仕草がやけに愛らしくて、直人の心臓が一拍飛ぶ。
――なんだろう、この感じ。
そんな二人のやり取りを見ていた拓真が、ギターの弦を強く弾いた。その音が部室に鋭く響く。振り返ると、拓真が直人を見つめていた。その眼差しには、明らかに嫉妬めいた感情が宿っている。
――やっぱり拓真は健のことを……。
直人の胸に、得体の知れないざわめきが走った。それが何なのか、まだ言葉にできない。
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