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第六章 それぞれの気づき
健の逡巡
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「直人……」
健は気付けば直人の名前を呟いていた。ベランダに出て、夜空を見上げるが雲がかかっていて星は一つも見えない。まるで自分の心の中のようだと落胆した。
蒸し暑い湿気が体を撫でまわし、肌にベタつく。夜になっても一向に気温が下がらない日が続いていた。この暑さも、直人と一緒にいた時は心地よく感じられたのに。
健は室内に戻り、ソファに腰掛ける。エアコンが効いていて、さっきの蒸し暑さを忘れさせてくれた。
――これぐらいの温度だったら、直人はきっと寒がって、羽織るものを探すんだろうな……。
そこまで考えを巡らすと、頭を振った。健は一人になると、いつも直人のことで頭がいっぱいになる。自分の気持ちを整理するために、直人のそばから離れたのに、全くの逆効果だ。むしろ離れてみて、直人がどれだけ自分の生活に根ざしていたかを思い知らされている。
その時、健が居候させてもらっている大学の友人・田中がシャワーから出てきた。健が、泊めてほしいとお願いした時、理由も聞かずに「いいよ」と言ってくれたのだった。
『困ったときは、お互い様だろ』
田中の言葉が凍りついていた健の心を少し溶かしてくれた。
「飯島、シャワーどうぞ」
「ありがとう」
健は浴室に入ると、少しぬるめのお湯を出し、頭からかぶった。脳内にいっぱいになっている直人のことを追い出したいと思ったのだが、うまくいかない。今度は熱くしてみたが、それもまた同じことだった。お湯の温度を変えても、直人への想いは流れ落ちてくれない。
シャワーから出ると、田中に声をかけた。
「田中、ありがとう。出ました」
髪の毛をタオルで拭きながら礼を言うと、田中が健を振り返りながら言った。
「あ、飯島。山田にさぁ、お前が元気ないって話をしたら、今度一緒に飯でもどうかって言ってたけど、どうする?」
一人でいると、いつも直人のことばかり考えてしまう。だったら、友達と気晴らしに出かけるのもいいかもしれない。
「うん、いいよ。いつにするか、日程決めないとね」
健はスマートフォンを取り出して、カレンダーアプリを開く。都合のいい日をいくつかピックアップして、田中に伝えると、「山田に聞いておく」と言ってにっこり笑った。
山田の都合はすぐについた。こういうことは、早いほうがいいと言って、次の日にみんなで集まることに決まった。
「それじゃあ、乾杯しようか。かんぱ~い!」
山田が音頭を取って、会は始まった。健はお酒があまり強くないので、最初の一杯だけレモンサワーを頼み、あとは烏龍茶でやり過ごすつもりだった。
「で、田中がさぁ、飯島が元気がないって言うから。何か悩んでるんだったら、俺たちに相談しろよ」
山田はビールをぐびっと飲んで言った。急に同じ学部で仲良くしている田中の家に転がり込んだのだから、二人とも何かあるとは薄々感じていたのだろう。
「実は……」
健はそう切り出すと、直人とのルームシェアの経緯から、今に至るまでをかいつまんで話をした。田中と山田は健が男性が恋愛対象だということを知っている。健の話を聞いた田中は、腕組みをして苦い顔をしながら唸っていた。
「で、その先輩とは、今、どうなってるの?」
田中に聞かれて、健は正直に答えた。
「今は……、一時的に距離をとっている。だから、田中の家にお世話になってるんだよ」
「喧嘩でもした?」
「そういう訳じゃないよ。仲は良かったし、一緒にいると居心地がよかった」
むしろ、居心地がよすぎたのが問題だった。あまりにも自然で、あまりにも幸せで、それが本物ではないと知っているのが辛くて仕方なかった。
すると山田は訳がわからないという表情を見せて言った。
「恋愛関係だったってこと?」
「まあ……そんなとこかな。正式には『疑似恋人』だったんだけど。俺が本気になりそうになったから、距離を置いてるっていうか。まあ、そんな感じ」
山田は前のめりになって健に聞いた。
「その先輩は、お前のこと、どう思ってるんだよ」
「多分……、何とも思っていないと思う。ただ、恋愛ごっこしているだけだと認識してるんじゃないかなぁ。めちゃくちゃ優しい人だから……」
健は直人の顔を思い出さないようにしているのに、彼の話をすると、直人のことで頭がいっぱいになる。優しい仕草、穏やかな声、困った時の表情……。全てが愛おしくて仕方ない。
「で、先輩に気持ちを伝えたのかよ」
田中が相変わらず渋い顔をしながら聞いてくる。その表情は呆れ返っているようにも見えた。
「ううん。言ってない。だって、絶対俺のこと、なんとも思っていないはずだから……」
「なんだよ、『絶対』って。そんなの聞いてみないと分からないじゃん!」
いつも温和な山田が急に声を荒げた。
「だってさ、元々、自分の気持ちを表現するのが苦手な人なんだろ? それに、いい人だって言うなら、絶対、お前の話をきちんと聞いてくれるって!」
確かにそうだろう。直人に向き合ってきちんと話をすれば、聞いてくれるはず。だが、優しい直人だからこそ、健が本気で好きになったと知れば、それを受け入れて正式な恋人になろうと言ってくれることも予想される。でもそれは、直人の優しさから出た言葉かもしれない。
「うん。それはわかってる。すっごいいい人だもん。だからこそ、迷惑かけられない……」
健は再び、直人の穏やかな表情を思い出し、愛おしく思うと同時に、切なくなった。あの人を困らせたくない。あの人の優しさに甘えるわけにはいかない。
「迷惑って何だよ」
田中が呆れたように言った。
「お前、本当に好きなんだろ? だったら、迷惑なんて言葉使うなよ。失礼だぞ、その先輩に」
田中の言葉にハッとする。確かに、迷惑だなんて言ったら、直人に対して失礼だ。
「それに」
山田が続けた。
「お前が一人で決めつけてるだけじゃないか。その先輩の気持ちも聞かずに」
二人の友人の言葉が胸に刺さる。健は自分が逃げているだけだということを、薄々感じていた。智也から『自分の気持ちから逃げるな』と言われたばかりなのに……。
健は気付けば直人の名前を呟いていた。ベランダに出て、夜空を見上げるが雲がかかっていて星は一つも見えない。まるで自分の心の中のようだと落胆した。
蒸し暑い湿気が体を撫でまわし、肌にベタつく。夜になっても一向に気温が下がらない日が続いていた。この暑さも、直人と一緒にいた時は心地よく感じられたのに。
健は室内に戻り、ソファに腰掛ける。エアコンが効いていて、さっきの蒸し暑さを忘れさせてくれた。
――これぐらいの温度だったら、直人はきっと寒がって、羽織るものを探すんだろうな……。
そこまで考えを巡らすと、頭を振った。健は一人になると、いつも直人のことで頭がいっぱいになる。自分の気持ちを整理するために、直人のそばから離れたのに、全くの逆効果だ。むしろ離れてみて、直人がどれだけ自分の生活に根ざしていたかを思い知らされている。
その時、健が居候させてもらっている大学の友人・田中がシャワーから出てきた。健が、泊めてほしいとお願いした時、理由も聞かずに「いいよ」と言ってくれたのだった。
『困ったときは、お互い様だろ』
田中の言葉が凍りついていた健の心を少し溶かしてくれた。
「飯島、シャワーどうぞ」
「ありがとう」
健は浴室に入ると、少しぬるめのお湯を出し、頭からかぶった。脳内にいっぱいになっている直人のことを追い出したいと思ったのだが、うまくいかない。今度は熱くしてみたが、それもまた同じことだった。お湯の温度を変えても、直人への想いは流れ落ちてくれない。
シャワーから出ると、田中に声をかけた。
「田中、ありがとう。出ました」
髪の毛をタオルで拭きながら礼を言うと、田中が健を振り返りながら言った。
「あ、飯島。山田にさぁ、お前が元気ないって話をしたら、今度一緒に飯でもどうかって言ってたけど、どうする?」
一人でいると、いつも直人のことばかり考えてしまう。だったら、友達と気晴らしに出かけるのもいいかもしれない。
「うん、いいよ。いつにするか、日程決めないとね」
健はスマートフォンを取り出して、カレンダーアプリを開く。都合のいい日をいくつかピックアップして、田中に伝えると、「山田に聞いておく」と言ってにっこり笑った。
山田の都合はすぐについた。こういうことは、早いほうがいいと言って、次の日にみんなで集まることに決まった。
「それじゃあ、乾杯しようか。かんぱ~い!」
山田が音頭を取って、会は始まった。健はお酒があまり強くないので、最初の一杯だけレモンサワーを頼み、あとは烏龍茶でやり過ごすつもりだった。
「で、田中がさぁ、飯島が元気がないって言うから。何か悩んでるんだったら、俺たちに相談しろよ」
山田はビールをぐびっと飲んで言った。急に同じ学部で仲良くしている田中の家に転がり込んだのだから、二人とも何かあるとは薄々感じていたのだろう。
「実は……」
健はそう切り出すと、直人とのルームシェアの経緯から、今に至るまでをかいつまんで話をした。田中と山田は健が男性が恋愛対象だということを知っている。健の話を聞いた田中は、腕組みをして苦い顔をしながら唸っていた。
「で、その先輩とは、今、どうなってるの?」
田中に聞かれて、健は正直に答えた。
「今は……、一時的に距離をとっている。だから、田中の家にお世話になってるんだよ」
「喧嘩でもした?」
「そういう訳じゃないよ。仲は良かったし、一緒にいると居心地がよかった」
むしろ、居心地がよすぎたのが問題だった。あまりにも自然で、あまりにも幸せで、それが本物ではないと知っているのが辛くて仕方なかった。
すると山田は訳がわからないという表情を見せて言った。
「恋愛関係だったってこと?」
「まあ……そんなとこかな。正式には『疑似恋人』だったんだけど。俺が本気になりそうになったから、距離を置いてるっていうか。まあ、そんな感じ」
山田は前のめりになって健に聞いた。
「その先輩は、お前のこと、どう思ってるんだよ」
「多分……、何とも思っていないと思う。ただ、恋愛ごっこしているだけだと認識してるんじゃないかなぁ。めちゃくちゃ優しい人だから……」
健は直人の顔を思い出さないようにしているのに、彼の話をすると、直人のことで頭がいっぱいになる。優しい仕草、穏やかな声、困った時の表情……。全てが愛おしくて仕方ない。
「で、先輩に気持ちを伝えたのかよ」
田中が相変わらず渋い顔をしながら聞いてくる。その表情は呆れ返っているようにも見えた。
「ううん。言ってない。だって、絶対俺のこと、なんとも思っていないはずだから……」
「なんだよ、『絶対』って。そんなの聞いてみないと分からないじゃん!」
いつも温和な山田が急に声を荒げた。
「だってさ、元々、自分の気持ちを表現するのが苦手な人なんだろ? それに、いい人だって言うなら、絶対、お前の話をきちんと聞いてくれるって!」
確かにそうだろう。直人に向き合ってきちんと話をすれば、聞いてくれるはず。だが、優しい直人だからこそ、健が本気で好きになったと知れば、それを受け入れて正式な恋人になろうと言ってくれることも予想される。でもそれは、直人の優しさから出た言葉かもしれない。
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健は再び、直人の穏やかな表情を思い出し、愛おしく思うと同時に、切なくなった。あの人を困らせたくない。あの人の優しさに甘えるわけにはいかない。
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田中が呆れたように言った。
「お前、本当に好きなんだろ? だったら、迷惑なんて言葉使うなよ。失礼だぞ、その先輩に」
田中の言葉にハッとする。確かに、迷惑だなんて言ったら、直人に対して失礼だ。
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「お前が一人で決めつけてるだけじゃないか。その先輩の気持ちも聞かずに」
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