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act11. 拒絶
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「……お兄さん、蒔田さんに似てますよね」
「よく言われる。学生の頃は、よく双子の兄弟に間違われた」
会ったばかりの蒔田樹の姿を思い返す。スポーツマンらしい日に焼けた肌に、明るい髪のいろ。蒔田との見た目の違いはそのくらいだ。
ただし話し方が随分違った。
* * *
「初めまして。弟がお世話になってます」
「繰り返すが世話をしているのはおれのほうだ」
「空気読めよこいつ、こんなだから手ぇかかるでしょ?」
「えっ、と……」上司に対して『手が掛かる』とは答えにくい。
実際掛かるのだが。
「とにかく。おれたちは帰る。じゃあな」
「あっせめて途中まで一緒に……」
「車で来ている」
「ごめんなあ。チャイルドシートがあるから後ろの座席埋まっとって、全員、乗れんの」
「あっそんなお気遣いなく。ごめんなさい変なこと言って……」
「いつも応援ありがとう。……竹田さん、だったよね」
「……どうしてわたしのことをご存知なんですか」
「ヒデさんから話聞いてる。女の子なのにイケイケのとこ来る強者が居るってさ」
「ああ、もう……」
「それじゃあ、ありがとうございました」
「じゃあな」
「お子さん、パパ似ですね」
「ありがと。じゃあね」
* * *
そんなかたちで、蒔田樹夫婦と蒔田一臣との短い会話を終えたのだが。
友人・竹田薫には、あとから、『なんかあんたたちいい感じじゃないの』と言われた。別にそのとき、取り立てて仲睦まじい様子を見せたわけでもないのに。
むしろ仲睦まじくしたい気持ち満載なのに。
『冷たい、素の部分を見せられる相手ってことでしょ、紘花が。……なんか脈ありそうだね』
道林ミカと同じようなことを言うのだ。
親しい人間二人にそんなことを言われ、舞い上がりそうになる気持ちを彼女は必死で抑えこんでいた。いくら周りに言われたって、本人との関係がうまく行かなくては元も子もない。
空想よりも現実。
けどいざ蒔田を目の前にすれば、彼の一挙一動に目を奪われ、ほかのことを忘れてしまいそうになる。
仕事中であっても。
飲み会の多い事業部に配属されたことに彼女は感謝をした。蒔田の仕事のときとちょっと違う一面を見られる。
蒔田がお酒に弱いことは、蒔田と彼女だけの秘密だ。いつもウーロンハイを作る役割の彼女に、蒔田がそっと打ち明けてくれたのだ。蒔田のためにとびきり薄いウーロンハイを作るのが、彼女の密かな楽しみだった。
帰る方向も二人だけが一緒だ。
* * *
「蒔田さんてあんま飲まないんですね」
「『飲めない』んだ。……ほかの奴らに吹聴するなよ」
「言ってませんて。お兄さん、このお近くにお住まいなんですか」
「近いってほどではないが、まあ行ける範囲内だな」
言って蒔田は電車のドアに寄りかかる。
彼女は黙ってその様子を見つめた。吐く息が白い。電車のなかは暖房が効いているのに、隙間風が寒さをもたらしている。座席のシルバーの手すりをそっと持つと、思いのほかひんやりしていた。
次の春を迎えれば、蒔田と出会って二年が経つことになる。
彼と出会った頃はリクルートスーツを着た新入社員だった。配属された先でも着たほうが無難だという大多数の意見に流されリクルートスーツを着ていた。
配属先には、いつも真っ黒なスーツを着ている上司が居た。黒い髪、白いワイシャツでなんだかカラスみたいなひとだと思った。
初対面で『おまえ』呼ばわりされた。上から目線な物言い、不遜な態度。確かに上司は上司だけどたった三年違いなのだから、まるで先生と弟子みたいな、まるきり立場が別みたいな態度はどうかと思うのだけれど
それでも惹かれる自分が居る。
惹かれてしまう自分が居る。
彼女は、蒔田が沈黙するときには黙った。会話が佳境に入ろうとするときに、決まって蒔田は席を外す。だがいまは電車内だ。人目もあるから、話しかければきっとなにか返してくれるはず。
そんな期待を込めて、彼女は口を開いた。「蒔田さん。あの。こないだ、あたし、見たんです」
「なにをだ」蒔田は目を瞑ったまま答える。眠いというわけでは無さそうだが。
「蒔田さんが、お兄さんの奥さんと一緒に居て、……あの赤ちゃんを抱っこしているのを」
「そうか」蒔田は軽く自分の眉間に触れ、そしてその手を離す。
「それで、あたし、……変ですよね。蒔田さんの隠し子かも、って早とちりしちゃったんですよ」変ですよね、ははは、と乾いた笑い声を彼女は立てた。笑ってみて彼女は、自分の笑い声が作りものめいている、と思った。
「変ではない。似ているのだから」
「気づいていたんですか」
電車はカーブに差し掛かる。
彼女は、倒れないよう、注意して立っていた。上京して一年半以上が経つのだ。もはやこの程度の揺れでかかとを鳴らすようなヘマなどしない。
一拍置くと、蒔田は彼女の目を見据えて言った。「きみに誤解されようが、それで構わないと思っていた」
彼女は、二三歩つんのめってしまった。
うえを見あげた。蒔田の顔が、さっきよりも近くにあった。身長差が二十センチ近く。蒔田は、厳しいような、険しいような、他人を拒絶するような目をしていた。
彼女は、自分の手が震えているのを感じた。
同時に、核心に迫るときの恐れに似たものを感じていた。だから言葉にして放った。「あの。それってどういう……」
タイミング悪く。
電車のアナウンスが入った。「千歳船橋(ちとせふなばし)、千歳船橋です」
「じゃあ、な」
「お、お疲れさまです」彼女は頭を下げた。
去っていく蒔田を見た。真っ直ぐ前を向いたその横顔。彼の着る黒いコートが人混みの中へと消えていく。
電車のドアが閉まった。
頭ひとつぶん飛び出た頭が見えなくなるまでを見送ろうと思った。でもそのとき彼女の胸に去来するのは。
蒔田に拒否されたのかもしれないという、不安。
そして不安に由来する、漠然とした予感だった。
*
「よく言われる。学生の頃は、よく双子の兄弟に間違われた」
会ったばかりの蒔田樹の姿を思い返す。スポーツマンらしい日に焼けた肌に、明るい髪のいろ。蒔田との見た目の違いはそのくらいだ。
ただし話し方が随分違った。
* * *
「初めまして。弟がお世話になってます」
「繰り返すが世話をしているのはおれのほうだ」
「空気読めよこいつ、こんなだから手ぇかかるでしょ?」
「えっ、と……」上司に対して『手が掛かる』とは答えにくい。
実際掛かるのだが。
「とにかく。おれたちは帰る。じゃあな」
「あっせめて途中まで一緒に……」
「車で来ている」
「ごめんなあ。チャイルドシートがあるから後ろの座席埋まっとって、全員、乗れんの」
「あっそんなお気遣いなく。ごめんなさい変なこと言って……」
「いつも応援ありがとう。……竹田さん、だったよね」
「……どうしてわたしのことをご存知なんですか」
「ヒデさんから話聞いてる。女の子なのにイケイケのとこ来る強者が居るってさ」
「ああ、もう……」
「それじゃあ、ありがとうございました」
「じゃあな」
「お子さん、パパ似ですね」
「ありがと。じゃあね」
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そんなかたちで、蒔田樹夫婦と蒔田一臣との短い会話を終えたのだが。
友人・竹田薫には、あとから、『なんかあんたたちいい感じじゃないの』と言われた。別にそのとき、取り立てて仲睦まじい様子を見せたわけでもないのに。
むしろ仲睦まじくしたい気持ち満載なのに。
『冷たい、素の部分を見せられる相手ってことでしょ、紘花が。……なんか脈ありそうだね』
道林ミカと同じようなことを言うのだ。
親しい人間二人にそんなことを言われ、舞い上がりそうになる気持ちを彼女は必死で抑えこんでいた。いくら周りに言われたって、本人との関係がうまく行かなくては元も子もない。
空想よりも現実。
けどいざ蒔田を目の前にすれば、彼の一挙一動に目を奪われ、ほかのことを忘れてしまいそうになる。
仕事中であっても。
飲み会の多い事業部に配属されたことに彼女は感謝をした。蒔田の仕事のときとちょっと違う一面を見られる。
蒔田がお酒に弱いことは、蒔田と彼女だけの秘密だ。いつもウーロンハイを作る役割の彼女に、蒔田がそっと打ち明けてくれたのだ。蒔田のためにとびきり薄いウーロンハイを作るのが、彼女の密かな楽しみだった。
帰る方向も二人だけが一緒だ。
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「蒔田さんてあんま飲まないんですね」
「『飲めない』んだ。……ほかの奴らに吹聴するなよ」
「言ってませんて。お兄さん、このお近くにお住まいなんですか」
「近いってほどではないが、まあ行ける範囲内だな」
言って蒔田は電車のドアに寄りかかる。
彼女は黙ってその様子を見つめた。吐く息が白い。電車のなかは暖房が効いているのに、隙間風が寒さをもたらしている。座席のシルバーの手すりをそっと持つと、思いのほかひんやりしていた。
次の春を迎えれば、蒔田と出会って二年が経つことになる。
彼と出会った頃はリクルートスーツを着た新入社員だった。配属された先でも着たほうが無難だという大多数の意見に流されリクルートスーツを着ていた。
配属先には、いつも真っ黒なスーツを着ている上司が居た。黒い髪、白いワイシャツでなんだかカラスみたいなひとだと思った。
初対面で『おまえ』呼ばわりされた。上から目線な物言い、不遜な態度。確かに上司は上司だけどたった三年違いなのだから、まるで先生と弟子みたいな、まるきり立場が別みたいな態度はどうかと思うのだけれど
それでも惹かれる自分が居る。
惹かれてしまう自分が居る。
彼女は、蒔田が沈黙するときには黙った。会話が佳境に入ろうとするときに、決まって蒔田は席を外す。だがいまは電車内だ。人目もあるから、話しかければきっとなにか返してくれるはず。
そんな期待を込めて、彼女は口を開いた。「蒔田さん。あの。こないだ、あたし、見たんです」
「なにをだ」蒔田は目を瞑ったまま答える。眠いというわけでは無さそうだが。
「蒔田さんが、お兄さんの奥さんと一緒に居て、……あの赤ちゃんを抱っこしているのを」
「そうか」蒔田は軽く自分の眉間に触れ、そしてその手を離す。
「それで、あたし、……変ですよね。蒔田さんの隠し子かも、って早とちりしちゃったんですよ」変ですよね、ははは、と乾いた笑い声を彼女は立てた。笑ってみて彼女は、自分の笑い声が作りものめいている、と思った。
「変ではない。似ているのだから」
「気づいていたんですか」
電車はカーブに差し掛かる。
彼女は、倒れないよう、注意して立っていた。上京して一年半以上が経つのだ。もはやこの程度の揺れでかかとを鳴らすようなヘマなどしない。
一拍置くと、蒔田は彼女の目を見据えて言った。「きみに誤解されようが、それで構わないと思っていた」
彼女は、二三歩つんのめってしまった。
うえを見あげた。蒔田の顔が、さっきよりも近くにあった。身長差が二十センチ近く。蒔田は、厳しいような、険しいような、他人を拒絶するような目をしていた。
彼女は、自分の手が震えているのを感じた。
同時に、核心に迫るときの恐れに似たものを感じていた。だから言葉にして放った。「あの。それってどういう……」
タイミング悪く。
電車のアナウンスが入った。「千歳船橋(ちとせふなばし)、千歳船橋です」
「じゃあ、な」
「お、お疲れさまです」彼女は頭を下げた。
去っていく蒔田を見た。真っ直ぐ前を向いたその横顔。彼の着る黒いコートが人混みの中へと消えていく。
電車のドアが閉まった。
頭ひとつぶん飛び出た頭が見えなくなるまでを見送ろうと思った。でもそのとき彼女の胸に去来するのは。
蒔田に拒否されたのかもしれないという、不安。
そして不安に由来する、漠然とした予感だった。
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