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閑話休題――他人との関係性の構築
しおりを挟む正直に言うと、他人に近寄られるのが苦手だ。
苦手なあまり、一時声を失い、コミュニケーション不全に陥ったくらいだ。(それがどんなかたちで解決したかは、また別の話だが)
彼はその病的な状態からは脱したものの、それ以降、他人とどのように関係性を築いたらいいのかが分からなくなった。物事をどう進めてたらいいか分からぬ場合には、所定のやり方をあてがうのが、もっとも簡単な対処法だ。
彼は、冷たく、他人に接する。
そうすれば、勝手に他人が萎縮するか離れるかしてくれる。
他人は、他人でしかなく、どうせ仲良くなれないのだ。
故郷を同じくするあの友人たちほどには。
嫌われたほうがいい。嫌われたほうが楽。好かれるほどめんどくさいことは無い。
何故ならば、『好き』という感情は常に報酬を求める。
見返りという報酬を。
その見返りを返す余裕など彼には無いのだから、最初から冷たく跳ね除けるのが一種の優しさだと彼は思っていた。あとあと傷つけるくらいなら最初から関わらないほうがいいのだと。
他人とのコミュニケーションの取り方を、そうしたやり方で統一していても、人間と関わるは必然。例えば、大学時代の友人ともそうしたやりかたでも交流は続いていた。
一定距離を保ったまま他人と接するのだ。
触れられたくないぎりぎりのラインを保ったままで。
そこに踏み込む人間は、無視するかすれば二度と相手は関わりたがらない。
弱い人間ほど、攻撃に出る。
防御を固めようとするのは、彼自身の脆弱さに起因していることを、勿論、彼は意識していたが、見て見ぬふりを貫いていた。
必要に迫られねば、人間、自分の弱いところなど見やしない。
だから彼は、学校を卒業し、会社で働くようになっても、その交流手法がある程度通用することに、満足していた。
冷たいキャラはときとして重宝される。
しかし、彼が三十余年かけて構築した防波堤を脅かす人間がここで現れた。
榎原紘花だ。
彼女は、彼がどれだけ冷たく跳ね除けようとも、めげずに、食らいついてくる。仕事の面では見事だと思った一面が災いに転じた。
一年経とうとも二年経とうとも。
『好き』という感情を捨て去る様子がない。
その諦めの悪さを一体どこで仕入れてきたのか知りたいものだが、……第一、こんな自分のどこに惚れたのかを聞いてみたいところだが、そうした質問は相手の炎に火をつけることも分かっている。
だから訊かない。
訊けない。
そうした人間は放置しておくに限るが、……彼女の諦めの悪さに段々、彼はしびれを切らすようになった。
それに彼自身、彼女の言動に、はっとする場面がある。
まるで彼女に恋でもしたかのように。
彼女の言動に見惚れるのだ。
そうした感情が宿ることを、彼は、『裏切り』だと感じていた。
自分には、一生貫いて愛そうと決めた人間が居る。
なのに、こんな簡単に心動かされようなど。
自分は、もっと強情で、一途な人間だったはずだ。それがどうしたものか。
こんなふうに揺さぶられるなど。
そして、問題は、彼自身がそうした分厚くて固い防波堤を築いていること自体が、間違いかもしれないと感じる瞬間が生じてきたことだ。
自分を揺さぶられる、それは決して不快ではない。
むしろ、彼女ともっと話してみたい。
関わってみたい。
そうした欲求が生じることに、無論、彼は驚いていた。
心変わりを決して嫌悪しているわけではないが、そうした自分を受け入れるには時間がかかる。
それよりも、彼女が諦めてしまうことのほうが先ではないか、むしろ、そのほうが望ましいと彼は感じていた。
彼女はまだ若い、といっても、二十代女性の時間は、貴重だ。結婚相手を見定める時間でもある。その貴重な時間を、果たして報われぬ恋に費やさせていいものかと、彼は責任も感じていたのだ。
手っ取り早く諦めさせる方法があれば、と思っていたが、自分のなかに生じる、諦めの悪さとも向き合った結果、彼は葛藤していた。
彼の構築したコミュニケーション手段を脅かすほどに、彼女の存在は、彼を侵略していた。
そして、それはその後の彼の在り方を左右するようになる。
彼自身の気づかないところで。
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