恋は、やさしく

美凪ましろ

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最終話 このひととともに

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「紘花さーん!」


 前方のテーブル席にドレス姿の女性が走り寄って来る。

 ヒールを履いた足元は危なくないのかな、と思いつつ、彼女は笑顔で応じた。「久し振りだね、ミカちゃん……」

「紘花さーん! もう! すっごく感激しましたよあたし!」道林ミカは、見せられた挙式の映像にいたく感激した様子だ。走り寄るなり榎原の両手をしっかり握り、「幸せになってくださいね!」と涙目で訴えたのだった。

 同じく目が潤むのを感じつつ、紘花は頷く。道林ミカがいなければ、蒔田と結ばれることはなかった……。生涯忘れられないくらいの恩人だ。彼女のためにも、幸せになることがいまの自分の努めだと紘花は感じていた。

 誠実さには誠実さで応えたい。

『彼』にも、『彼女』に対しても。

 道林ミカの後ろには彼女の彼氏である一色修平が立っている。蒔田から事情は聞いていないが、どうやら二人は関係を公表したらしい。その更に後ろで宗方部長が、おまえの嫁さん泣きすぎー! と突っ込んでいる。

 蒔田と紘花は、婚前旅行を兼ねたウェディングを海外で挙げたあと、お披露目パーティを、都内のレストランを貸しきって行った。服装自由。ご祝儀なし。わいわいと、二人の映像を見ながら、楽しくお酒を飲んで過ごして欲しいそんな趣旨のイベントだった。

 なお、蒔田の石川の友人は招待していない。今度石川に帰ったときに、これまた蒔田の友人のレストランを貸しきってパーティをしてくれるらしい。どうやらその友人はミュージシャンで、宣伝を兼ねたライブを行うそうだ。ちゃっかりしている。

 ともあれ、いまは二人の結婚パーティだ。二人を知る会社の知人友人が集まってくれている。その輪のなかで、紘花は、「次はミカちゃんの番だね」と笑いかける。

「うえっ!? あたしっすか? まだまだ全然っすよ!」

「そんなこと言ってたらミカちゃん。二十代なんてあっという間に過ぎてくよ?」

「えーでもー、……仕事好きだしぃ」

「会社には産休育休取得してるひとだっているじゃない」紘花は思い返す。一緒のプロジェクトに、十六時までの時短勤務をしていた女性がいたことを。呼び出しがかかったりと育児と仕事との両立は大変そうだったが聡明で美人な女性で。憧れに似た気持ちを抱いていたことを思い返す。「ミカちゃんならたぶん、できるよ」

「……まあ、向こうの意思ありきのことですから……」

「さーあみなさんご注目!」いつの間にやらマイクを握った宗方部長が、手を大きく振り、周囲を惹きつける発言をする。「うちの会社のこの一色修平がね! みなさんの前で言いたいことがあるそうでーす!」

「えと、おれ……」真っ赤になった一色修平の姿は、彼女に彼の新人時代を思い起こさせた。ガッツがあるけれど、飲み込みがやや遅くそんな彼もいまでは会社の中堅に育ちつつあるに違いない。

「道林ミカさん!」彼女の思考を破るように大きな声で発言する。呼ばれた道林は目を白黒させつつも、「あ、はい……」と紘花の元を離れ一色修平のほうへと近づく。

 彼は。道林の足元に跪くと、


「おれと、……結婚してください」


 即座にわあっと歓声が沸き起こる。その輪の中心で。

 顔を赤くしつつも、道林ミカは、震える声で、「はい」と答え、彼の手を取ったのだった。


 * * *


「一色のあれ。仕組んだのはおまえか?」

 帰り道を、二人並んで歩いていると、そんなふうに蒔田が訊いてくる。

「そうだよ」と彼女は答えた。「一色くんから結婚考えてるってメールで相談受けて。なら、パーティで告白しちゃいないよってプッシュした」

「油断ならないやつだな」彼が彼女の背中に手を添える。「……いろいろ準備で大変だったろうに、そんなことまで仕組んでいたとはな……」

「終わっちゃうと寂しい感じがするね。準備は正直大変だったけど、充実してたっていうかこれから抜け殻になっちゃいそ」

 彼女は蒔田と一緒になることを決めてからの日々を思い返す。実家への帰省。転職。住んでいるマンションの解約と、蒔田との同居生活のスタート。流産。蒔田の父親との対面。四人での会食。海外での挙式。二人きりの婚前旅行。入籍。にまつわる種々の手続き……。

 どれも、大変とはいっても、愛しいひとと一緒になることの幸せに満ちあふれていた。

 これからもずっと彼と、生きていく。

 どんななにが待ち受けていようとも、彼と、二人で。

「あ。蒔田さん」彼女は鍵を開けようとする蒔田の背中に話しかけた。「落ち着いたらペットとか飼いたいね。せっかくペット可のマンションに引っ越したんだし」

 にこりともせずに彼は彼女を振り返る。「なんなら来週でも構わないが?」

「わーお。さすが蒔田さん」彼女は蒔田の背後から抱きしめにかかる。彼の前で両手を合わせるとその手に彼の手が重なる。彼は手のなかで彼女の手を遊ばせるようにし、

「紘花」

「なぁに。一臣さん」

「幸せになろうな」

「うんっ!」彼女は彼の背中に頬ずりをする。彼のからだのぬくもりを。言葉のぬくもりを確かめるように。

 そして彼女は彼から離れ、彼がドアを開くのを見守る。もうひとりではない。

 どんな悲しい夜だって、乗り越えてみせる。

 決意を新たにする彼女に彼が笑いかける。


「風呂で抱いてやる」


 玄関に入る彼女を待ち受けていたのは彼の熱い抱擁。


 確かな未来への約束だった。



 ―完―
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感想 1

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みんなの感想(1件)

はな
2022.03.06 はな

act43 2回ありますよ―?

解除

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