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雅之視点
その男、『今元春』につき~其の陸~
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後編の雅之視点の予定でしたがどうしても入れたいエピソードが増えたのでもう1話挟みます。
前編と後編の間の雅之の出来事。
********************************************
その男、『今元春』につき… ~其の陸~
春香の作戦は順調だった。
日増しに佳織が俺のことを意識してくれているのがわかる。
そんなある日のこと。
「課長が奥出雲に一人旅に行くように仕向けたから。」
「は?」
「だ・か・ら! 偶然を装うチャンスよ!!」
「なんだ、それ?」
「だって、伯父さんもうすぐ同窓会でしょ?」
春香に言われて思い出した。
そうだ、春香の結婚式の前に高校の同窓会があるんだった。
どうしようか渋っていたが、霞とのことも片付いたから出席することにした。
「ああ、そうだったな。
それと何か関係あるのか?」
「課長をうまく誘導して日程合わせるのよ。」
「なるほど…。」
流石は登紀子の娘だと感心する。
俺にはない発想だ。
というか、できないな、俺だと…。
「だからさ、向こうの馴染みの店とかない?」
「良く行く喫茶店くらいか?」
「あるの?」
「ああ、まだやってると思う。
そこ、日替わりランチが美味いんだ。」
「分かった。 調べとくわ。」
「あんまり無理はするなよ。」
「そこら辺の匙加減は任せといて!
結果はまた連絡するから。」
そういって、春香は去っていった。
一時間と待たずに結果の連絡がきたのは言うまでもない。
相変わらず、仕事が早い。
数日後には佳織の旅行日程を事細かに書いた添付ファイル付きのメールが送られてきたのだった。
****************************************************************
――――――――六月某日――――――――
俺は実家の門の前に立っていた。
正直、気が重い。
兄・崇之から『同窓会で戻ってくるなら家に寄れ!』と親父の伝言を聞き、戦々恐々の思いでやってきたわけで…。
敷居をまたぐ前から逃げ出したくなっていた。
「あら? 雅之じゃないの?」
そんな俺に声をかけてきたのは母だった…。
一番見つかりたくない人に見つかってしまった。
「お袋…。」
「そんなところに立ってないで入りなさい。」
母親の有無を言わせぬ視線に俺は無言で家に入った。
で、通されたのは客間。
非常に居たたまれない。
というか、ここに通されということは十中八九あの人の説教が待っているということだ。
俺は緊張のあまり目の前に出されたお茶に口をつける。
すると、廊下の障子が開く。
入ってきたのはこの家の主である父・大江広之と母の有希子だった。
そして、俺の正面に親父が胡坐をかいて座り、お袋は廊下側に正座する。
二人の視線が痛くて、俺は俯いて小さくなる。
すると、親父は一つ深い溜息を吐く。
「雅之…。」
「ご、ご無沙汰しております…。」
「挨拶はいい。」
「………。」
「まったく…。 亡き梶原のご両親に跡継ぎの報告できると期待しておったというに…。」
「も、申し訳ありません。」
てか、親父が俺に武道やらラグビーやら教えたんだろうが!
ついでに、『体を大きくしろ!』と言ってきたのも親父だ。
と、内心毒づくが今この場で反論するのは得策ではない。
なので、表情を読まれないよう再び下を向く。
「あなた、あまり雅之を責めるもんじゃないですよ。」
「だがなぁ~。」
「ようは、この子の覚悟が足らなかったということです。」
あ、お袋がバッサリ切ってきた。
相変わらずこの人は死神の鎌をその背に隠し持っておるようです。
俺の背中は冷や汗タラタラです。
「だが、これじゃ登紀子の顔に泥を塗ったも…。」
「所詮、登紀子が紹介してくる女など雅之の相手が務まるはずがなかったのです。」
「いくらなんでもそれは言い過ぎ…。」
母がギロリと父を睨む。
父は誤魔化すように湯呑を取り、茶をすする。
「それはさておき…。」
母が話題を切り替え俺はドキッとする。
「春香から話を聞いてます。」
「え?!」
俺は顔を上げる。
ここで春香の名前が出てきたことに驚いたから…。
「何でも春香の上司の女性をものにすべく策を弄しているとか…。」
「いや、策を弄してるのは…。」
再び、母のレーザービームのような視線が飛んできて、俺はすぐに口を噤む。
八岐大蛇も真っ青な睨みです。
「聞けばその方あなたの元部下だそうですね。」
「は、はい…。」
「今は春香の上司でそこいらの男どもなど相手にならないキャリアウーマン。
42歳独身…。」
ひぇ~、お袋はどこまで調べてるんだ?
怖いです。
もしかして、佳織のことを諦めとでもいうのか?
「雅之!!!」
「は、はいぃ!!!!」
母の一喝に俺は声が裏返った。
そして背筋をピンとさせて前を向く。
「あなた、分かっているのですか?」
「分かっているのかとは?」
「42での出産となれば危険を伴い、命を落とすこともあるのですよ。」
「命を落とす?!」
母の突然の言葉に俺は愕然とする。
そんなこと思ってもなかった。
『高齢出産って大変だ』その程度の認識だった。
それがいかに甘い考えであるかを思い知らされた気分だった。
「雅之、あなたはそれでも彼女と添い遂げたいと。
そういう覚悟があるのですか?」
「覚悟…。」
「あなたもすでに52。
生まれてくる子供将来を考えればこれがラストチャンス。」
「有希子、それはいくらなんでも…。」
「だまらっしゃい!!!」
「ひぃっ。」
「雅之はそれ位の覚悟で臨まなくてはならないのです!」
「お袋…。」
鼻息荒く説教するお袋が懐から袱紗を取り出した。
それを俺に差し出す。
「これは?」
「開けてみなさい。」
「はい…。」
俺は恐る恐るそれを手に取り開ける。
中に入っていたのは赤い帯締めだった。
「帯締め?」
「雅之、千日回峰行者を知っていますか?」
「えっと、比叡山の高僧が数年がかりで挑む荒行、でしたか…。」
「その通り。 そして、その修業に失敗は許されない。
故に失敗はすなわち死を意味します。
ですから、そのために彼らは常に自害用として麻縄を首に掛け、短剣を腰に差しているのです。」
「それとこの帯締めがどう関係するのですか?」
「この帯締めはその麻縄の代わりです。」
「え?」
「つまりはそのくらいの覚悟で彼女を口説き落としなさいってことです。」
「お袋…。」
「いいですか。
彼女を口説き落とせなかったときは二度とこのうちの敷居は跨げないものと思いなさい。
それほどの覚悟をもって向き合いなさい。
わかりましたね。」
「は、はい…。」
俺は再び背筋を伸ばし、返事をした。
それに納得がいったのか、母は一つ頷き、息を吐く。
「さ、お説教はここまで。
泊まっていくんでしょ?
今日は久しぶりに張り切っちゃうからね。」
そう言って、母は客間を出て行った。
「まぁ、なんというか…。
皆、お前のことを心配してるんだ。」
「親父?」
「もとはといえば儂らのせいで女性との付き合い方がうまくいかなくなったわけだし。」
「…………。」
「お前に無理やり梶原の家を背をわせたことも今は後悔している。」
「今更です。」
「そうだな、言っても詮無いことだった。
すまん、今のは忘れてくれ。」
「親父…。」
「だがな、これだけは忘れるな。
子の幸せを願わぬ親などいないってことを…。」
「…………。」
親父はそれだけ言ってもう一度茶をすすった。
俺はその言葉に返事ができず、ただただ俯くだけだった。
****************************************************************
翌日、俺は松江城近くのホテルにいた。
そのホテルの一番大きな宴会場。
そこが今回の同窓会の会場だった。
「おお、雅じゃないか?」
「元気にしとったか?」
「ああ、ぼちぼちだ…。」
「それよりお前…。」
高校時代の悪友たちが声を掛けてくる。
どうやら、俺の離婚を知っているようで、皆憐れむような視線が含まれていた。
俺は自嘲気味に笑って適当に交わした。
「梶原君?」
「伊勢谷か…。 久しぶり。」
それは首席で卒業した生徒会長の伊勢谷真澄だった。
「ええ、久しぶり。」
「やっぱり来ない方がよかったか…。」
「なんで?」
「腫れ物にでも触れるような扱いをされている。」
「まぁ、それは仕方ないでしょ?
前回してた指輪がなくなってるんだから…。」
「はは、そうだな…。」
「誰かいい人いないの? 会社の後輩とか。」
「実は気になってる女性はいるんだ。」
「そう、良かった…。」
「え?」
「ほら、梶原君が女子に敬遠されるようになった原因の一旦って私だから…。」
そう言って伊勢谷は苦笑いをする。
俺は何のことだかわからず首を捻る。
「そうだったか?」
「覚えてないの?」
「ああ、何かあったか?」
「あ、その、覚えてないのならいいわ。」
伊勢谷はそれだけ言って他の同窓生たちのもとに向かった。
あとに残った俺は当時のことを思い出そうとしたが、記憶にない。
「雅、お前、ほんとに覚えてないのか?」
「あ、毅? 俺、伊勢谷と何かあったか?」
呆れたように声をかけてきたのは幼馴染の尼子毅。
毅は俺にグラスを渡しながら話を続けた。
「お前ってラグビー部の中でも一番デカくて筋骨隆々だっただろ?」
「そうだな。」
「おまけに親父さんに似て強面だし。」
「悪かったな、遺伝だから仕方ない。」
「そう拗ねるな。
あれ、高2の夏休みだったか…。
伊勢谷が『まるでヤクザみたいで同じクラスにいるなんて耐えれない。』って周りに言ってたらしくて。」
「はぁ?」
「それが変にねじ曲がって広がってなぁ。
いつの間にかお前はどっかの組長の息子だってなちまって。
他の女子たちもお前のこと怖がって近寄らなくなったんだ。」
「なんだ、それ?」
「ほら、お前って養子に出されてただろ?」
「でも、それはお袋が一人娘で跡取りがいないからってだけで…。」
「そのこと知ってるのはほんの数人だろ?
特にゴシップネタも転がってないような田舎の高校だ。
伊勢谷の何気ない言葉と雅の風貌に尾ひれがついてそんなこになったんだ。」
「そ、そうだったのか…。」
「お前、ホントに知らんかったとはな。」
「てっきり俺が熊に見えて恐れられてるんだと思ってたぞ。」
「はは、お前らしいな。
でも、伊勢谷はそんなふうに思ってなかったようだ。
特にお前がスポーツ推薦とはいえ東京のK大に進学しちまっただろ?」
「もしかしてずっと気にしてたのか?」
「お前が結婚したって聞いた時は一番喜んでたんだ。
あいつ、一人娘だから早くに婿さん迎えて3人の子供にも恵まれて幸せになってたからさ。」
「そうだったのか…。」
「でも、今回お前が離婚したって聞いて相当ショックを受けてたみたいだ。」
「………。」
俺はそこで思い至った。
彼女が俺に声をかけてきた時、妙に声が震えていたということに。
それは自分の言葉のせいで俺が女性と付き合えなくなってしまったのでは?という罪悪感からだったのだ。
俺はもう一度伊勢谷に声を掛けることにした。
「伊勢谷…。」
「え? 梶原君?」
「さっきの話…。 悪いが、毅から聞いた。」
「そう…。」
「気にしないでくれ。
というか、ずっと熊みたいに思われて嫌われてると思っていた。」
「え?」
「だから、当時の噂知らないんだ。」
「そ、それって…。」
「だから、もう気にしないでくれ。」
「そう、だったのね。 良かった…。」
伊勢谷が安堵の表情を浮かべている。
「梶原君、気になる女性がいるって言ったよね?」
「ああ、そろそろ本腰入れて交際を申し込むつもりだ。」
「そう…。 あなたの思いが叶うといいわね。
良かったらこれ持って行って。」
差し出されたのは御守りだった。
それも縁結びの…。
「出雲大社の御守りよ。
今度こそ良縁でありますように…。」
「伊勢谷…。」
こうして同窓会はつつがなく進み、お開きとなった。
ちょうどホテルを出たところでスマホが鳴った。
それは春香からのメールだった。
『明日の午前中、出雲大社にお参りに行くそうだよ。
お昼は教えてもらったお店に行くって言ってたから、頑張ってね♪
成功を祈ってま~~~す!(^O^)/』
俺はそのメールを確認するとスマホをポケットに納める。
そして、決意を新たにする。
いよいよ、明日佳織を手に入れる。
俺は気合を入れるように拳を握りしめたのだった。
************************************************
おかしいなぁ。
強面オッサンをもう一人投入予定だったのに嫁の尻に敷かれるちっさいオッサンになってしまった。
そして、サラッと流すはずだった同窓会がガッツリになってしまい。
またしても新キャラ投入。
尼子毅氏は次回も登場予定。
伊勢谷真澄は…。
どうすっかなぁ?
そのうち出てきたらクスッと笑ってください。
前編と後編の間の雅之の出来事。
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その男、『今元春』につき… ~其の陸~
春香の作戦は順調だった。
日増しに佳織が俺のことを意識してくれているのがわかる。
そんなある日のこと。
「課長が奥出雲に一人旅に行くように仕向けたから。」
「は?」
「だ・か・ら! 偶然を装うチャンスよ!!」
「なんだ、それ?」
「だって、伯父さんもうすぐ同窓会でしょ?」
春香に言われて思い出した。
そうだ、春香の結婚式の前に高校の同窓会があるんだった。
どうしようか渋っていたが、霞とのことも片付いたから出席することにした。
「ああ、そうだったな。
それと何か関係あるのか?」
「課長をうまく誘導して日程合わせるのよ。」
「なるほど…。」
流石は登紀子の娘だと感心する。
俺にはない発想だ。
というか、できないな、俺だと…。
「だからさ、向こうの馴染みの店とかない?」
「良く行く喫茶店くらいか?」
「あるの?」
「ああ、まだやってると思う。
そこ、日替わりランチが美味いんだ。」
「分かった。 調べとくわ。」
「あんまり無理はするなよ。」
「そこら辺の匙加減は任せといて!
結果はまた連絡するから。」
そういって、春香は去っていった。
一時間と待たずに結果の連絡がきたのは言うまでもない。
相変わらず、仕事が早い。
数日後には佳織の旅行日程を事細かに書いた添付ファイル付きのメールが送られてきたのだった。
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――――――――六月某日――――――――
俺は実家の門の前に立っていた。
正直、気が重い。
兄・崇之から『同窓会で戻ってくるなら家に寄れ!』と親父の伝言を聞き、戦々恐々の思いでやってきたわけで…。
敷居をまたぐ前から逃げ出したくなっていた。
「あら? 雅之じゃないの?」
そんな俺に声をかけてきたのは母だった…。
一番見つかりたくない人に見つかってしまった。
「お袋…。」
「そんなところに立ってないで入りなさい。」
母親の有無を言わせぬ視線に俺は無言で家に入った。
で、通されたのは客間。
非常に居たたまれない。
というか、ここに通されということは十中八九あの人の説教が待っているということだ。
俺は緊張のあまり目の前に出されたお茶に口をつける。
すると、廊下の障子が開く。
入ってきたのはこの家の主である父・大江広之と母の有希子だった。
そして、俺の正面に親父が胡坐をかいて座り、お袋は廊下側に正座する。
二人の視線が痛くて、俺は俯いて小さくなる。
すると、親父は一つ深い溜息を吐く。
「雅之…。」
「ご、ご無沙汰しております…。」
「挨拶はいい。」
「………。」
「まったく…。 亡き梶原のご両親に跡継ぎの報告できると期待しておったというに…。」
「も、申し訳ありません。」
てか、親父が俺に武道やらラグビーやら教えたんだろうが!
ついでに、『体を大きくしろ!』と言ってきたのも親父だ。
と、内心毒づくが今この場で反論するのは得策ではない。
なので、表情を読まれないよう再び下を向く。
「あなた、あまり雅之を責めるもんじゃないですよ。」
「だがなぁ~。」
「ようは、この子の覚悟が足らなかったということです。」
あ、お袋がバッサリ切ってきた。
相変わらずこの人は死神の鎌をその背に隠し持っておるようです。
俺の背中は冷や汗タラタラです。
「だが、これじゃ登紀子の顔に泥を塗ったも…。」
「所詮、登紀子が紹介してくる女など雅之の相手が務まるはずがなかったのです。」
「いくらなんでもそれは言い過ぎ…。」
母がギロリと父を睨む。
父は誤魔化すように湯呑を取り、茶をすする。
「それはさておき…。」
母が話題を切り替え俺はドキッとする。
「春香から話を聞いてます。」
「え?!」
俺は顔を上げる。
ここで春香の名前が出てきたことに驚いたから…。
「何でも春香の上司の女性をものにすべく策を弄しているとか…。」
「いや、策を弄してるのは…。」
再び、母のレーザービームのような視線が飛んできて、俺はすぐに口を噤む。
八岐大蛇も真っ青な睨みです。
「聞けばその方あなたの元部下だそうですね。」
「は、はい…。」
「今は春香の上司でそこいらの男どもなど相手にならないキャリアウーマン。
42歳独身…。」
ひぇ~、お袋はどこまで調べてるんだ?
怖いです。
もしかして、佳織のことを諦めとでもいうのか?
「雅之!!!」
「は、はいぃ!!!!」
母の一喝に俺は声が裏返った。
そして背筋をピンとさせて前を向く。
「あなた、分かっているのですか?」
「分かっているのかとは?」
「42での出産となれば危険を伴い、命を落とすこともあるのですよ。」
「命を落とす?!」
母の突然の言葉に俺は愕然とする。
そんなこと思ってもなかった。
『高齢出産って大変だ』その程度の認識だった。
それがいかに甘い考えであるかを思い知らされた気分だった。
「雅之、あなたはそれでも彼女と添い遂げたいと。
そういう覚悟があるのですか?」
「覚悟…。」
「あなたもすでに52。
生まれてくる子供将来を考えればこれがラストチャンス。」
「有希子、それはいくらなんでも…。」
「だまらっしゃい!!!」
「ひぃっ。」
「雅之はそれ位の覚悟で臨まなくてはならないのです!」
「お袋…。」
鼻息荒く説教するお袋が懐から袱紗を取り出した。
それを俺に差し出す。
「これは?」
「開けてみなさい。」
「はい…。」
俺は恐る恐るそれを手に取り開ける。
中に入っていたのは赤い帯締めだった。
「帯締め?」
「雅之、千日回峰行者を知っていますか?」
「えっと、比叡山の高僧が数年がかりで挑む荒行、でしたか…。」
「その通り。 そして、その修業に失敗は許されない。
故に失敗はすなわち死を意味します。
ですから、そのために彼らは常に自害用として麻縄を首に掛け、短剣を腰に差しているのです。」
「それとこの帯締めがどう関係するのですか?」
「この帯締めはその麻縄の代わりです。」
「え?」
「つまりはそのくらいの覚悟で彼女を口説き落としなさいってことです。」
「お袋…。」
「いいですか。
彼女を口説き落とせなかったときは二度とこのうちの敷居は跨げないものと思いなさい。
それほどの覚悟をもって向き合いなさい。
わかりましたね。」
「は、はい…。」
俺は再び背筋を伸ばし、返事をした。
それに納得がいったのか、母は一つ頷き、息を吐く。
「さ、お説教はここまで。
泊まっていくんでしょ?
今日は久しぶりに張り切っちゃうからね。」
そう言って、母は客間を出て行った。
「まぁ、なんというか…。
皆、お前のことを心配してるんだ。」
「親父?」
「もとはといえば儂らのせいで女性との付き合い方がうまくいかなくなったわけだし。」
「…………。」
「お前に無理やり梶原の家を背をわせたことも今は後悔している。」
「今更です。」
「そうだな、言っても詮無いことだった。
すまん、今のは忘れてくれ。」
「親父…。」
「だがな、これだけは忘れるな。
子の幸せを願わぬ親などいないってことを…。」
「…………。」
親父はそれだけ言ってもう一度茶をすすった。
俺はその言葉に返事ができず、ただただ俯くだけだった。
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翌日、俺は松江城近くのホテルにいた。
そのホテルの一番大きな宴会場。
そこが今回の同窓会の会場だった。
「おお、雅じゃないか?」
「元気にしとったか?」
「ああ、ぼちぼちだ…。」
「それよりお前…。」
高校時代の悪友たちが声を掛けてくる。
どうやら、俺の離婚を知っているようで、皆憐れむような視線が含まれていた。
俺は自嘲気味に笑って適当に交わした。
「梶原君?」
「伊勢谷か…。 久しぶり。」
それは首席で卒業した生徒会長の伊勢谷真澄だった。
「ええ、久しぶり。」
「やっぱり来ない方がよかったか…。」
「なんで?」
「腫れ物にでも触れるような扱いをされている。」
「まぁ、それは仕方ないでしょ?
前回してた指輪がなくなってるんだから…。」
「はは、そうだな…。」
「誰かいい人いないの? 会社の後輩とか。」
「実は気になってる女性はいるんだ。」
「そう、良かった…。」
「え?」
「ほら、梶原君が女子に敬遠されるようになった原因の一旦って私だから…。」
そう言って伊勢谷は苦笑いをする。
俺は何のことだかわからず首を捻る。
「そうだったか?」
「覚えてないの?」
「ああ、何かあったか?」
「あ、その、覚えてないのならいいわ。」
伊勢谷はそれだけ言って他の同窓生たちのもとに向かった。
あとに残った俺は当時のことを思い出そうとしたが、記憶にない。
「雅、お前、ほんとに覚えてないのか?」
「あ、毅? 俺、伊勢谷と何かあったか?」
呆れたように声をかけてきたのは幼馴染の尼子毅。
毅は俺にグラスを渡しながら話を続けた。
「お前ってラグビー部の中でも一番デカくて筋骨隆々だっただろ?」
「そうだな。」
「おまけに親父さんに似て強面だし。」
「悪かったな、遺伝だから仕方ない。」
「そう拗ねるな。
あれ、高2の夏休みだったか…。
伊勢谷が『まるでヤクザみたいで同じクラスにいるなんて耐えれない。』って周りに言ってたらしくて。」
「はぁ?」
「それが変にねじ曲がって広がってなぁ。
いつの間にかお前はどっかの組長の息子だってなちまって。
他の女子たちもお前のこと怖がって近寄らなくなったんだ。」
「なんだ、それ?」
「ほら、お前って養子に出されてただろ?」
「でも、それはお袋が一人娘で跡取りがいないからってだけで…。」
「そのこと知ってるのはほんの数人だろ?
特にゴシップネタも転がってないような田舎の高校だ。
伊勢谷の何気ない言葉と雅の風貌に尾ひれがついてそんなこになったんだ。」
「そ、そうだったのか…。」
「お前、ホントに知らんかったとはな。」
「てっきり俺が熊に見えて恐れられてるんだと思ってたぞ。」
「はは、お前らしいな。
でも、伊勢谷はそんなふうに思ってなかったようだ。
特にお前がスポーツ推薦とはいえ東京のK大に進学しちまっただろ?」
「もしかしてずっと気にしてたのか?」
「お前が結婚したって聞いた時は一番喜んでたんだ。
あいつ、一人娘だから早くに婿さん迎えて3人の子供にも恵まれて幸せになってたからさ。」
「そうだったのか…。」
「でも、今回お前が離婚したって聞いて相当ショックを受けてたみたいだ。」
「………。」
俺はそこで思い至った。
彼女が俺に声をかけてきた時、妙に声が震えていたということに。
それは自分の言葉のせいで俺が女性と付き合えなくなってしまったのでは?という罪悪感からだったのだ。
俺はもう一度伊勢谷に声を掛けることにした。
「伊勢谷…。」
「え? 梶原君?」
「さっきの話…。 悪いが、毅から聞いた。」
「そう…。」
「気にしないでくれ。
というか、ずっと熊みたいに思われて嫌われてると思っていた。」
「え?」
「だから、当時の噂知らないんだ。」
「そ、それって…。」
「だから、もう気にしないでくれ。」
「そう、だったのね。 良かった…。」
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「梶原君、気になる女性がいるって言ったよね?」
「ああ、そろそろ本腰入れて交際を申し込むつもりだ。」
「そう…。 あなたの思いが叶うといいわね。
良かったらこれ持って行って。」
差し出されたのは御守りだった。
それも縁結びの…。
「出雲大社の御守りよ。
今度こそ良縁でありますように…。」
「伊勢谷…。」
こうして同窓会はつつがなく進み、お開きとなった。
ちょうどホテルを出たところでスマホが鳴った。
それは春香からのメールだった。
『明日の午前中、出雲大社にお参りに行くそうだよ。
お昼は教えてもらったお店に行くって言ってたから、頑張ってね♪
成功を祈ってま~~~す!(^O^)/』
俺はそのメールを確認するとスマホをポケットに納める。
そして、決意を新たにする。
いよいよ、明日佳織を手に入れる。
俺は気合を入れるように拳を握りしめたのだった。
************************************************
おかしいなぁ。
強面オッサンをもう一人投入予定だったのに嫁の尻に敷かれるちっさいオッサンになってしまった。
そして、サラッと流すはずだった同窓会がガッツリになってしまい。
またしても新キャラ投入。
尼子毅氏は次回も登場予定。
伊勢谷真澄は…。
どうすっかなぁ?
そのうち出てきたらクスッと笑ってください。
1
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