トキメキは突然に

氷室龍

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雅之視点

その男、『今元春』につき~其の伍~

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雅之視点
前編部分と『策士、奔走する』の春香との会話部分になります。
ようやく本編に追いついた
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その男、『今元春』につき… ~其の伍~

俺は年度末の慌ただしい中、引っ越しを済ませた。
と言っても、家具家電はそのまま霞に引き渡すことにしていたから荷物は少ない。
クローゼットの衣類と書斎にしてた自室の物くらいか…。

「伯父さん、ほんとに置いてっちゃうの?」
「ああ、書斎以外の物はそのままでいい。」
「うん、分かった…。」
「どうした?」
「なんかさ、ここって伯父さん名義でしょ?」
「まぁ、世帯主だからな。」
「なのに追い出されるように出ていくって…。」
「こちらから言いだしたことだ。」
「それは…、そうだけど…。
 納得いかないなぁ。」
「俺としてはここを引き渡すって話をした途端に裁判が進んだからありがたいがな。」
「霞さんも現金よねぇ。」
「仕方ないだろう。
 一度味わった生活スタイルはそうそう変えれない。」
「なんか、虚しいね…。」
「そうだな…。」

新年度になり、引っ越し先での生活が落ち着いた頃、霞との裁判が結審した。
年明けにこちらからマンションの明け渡しを申し入れたこともあってさほど拗れることなく終わった。
そして、俺はようやく例の結婚指輪を外した。
だが、それをどうやって佳織に伝えるかで悩んでいる。
そんな時、春香が新たな作戦とやらを俺に提示してきた。

「…ていう作戦で課長を落としてみてはどう?」
「それは登紀子の入れ知恵か?」
「違うよ。 幸久さんがね。
 あ、幸久さんっていうのは婚約者の山中幸久さんね。
 彼が『搦め手から攻めてはどうか』っていてくれたの。」
「で、持って来たの作戦が今のか?」
「そう。 今度こそ上手くいくと思うよ。」
「…………。」

春香が持って来た『搦め手』というのは…。
春香から俺が業務的な用があると呼び出すことで話の場を設ける。
そして、その場で思いを伝え、返事を迫る。
が、恐らく佳織は拒絶するが敢えて深追いはしない。
佳織に俺が正式に離婚が成立したことを知らせるのが目的。
その後、外堀を埋めるようにアプローチを掛ける。
あとは春香が上手く話を勧めてくれるという。

俺は顎に手をやり思案する。
まぁ、悪くない作戦か…。
年明けからアプローチすることもやめてるし、意外と効果あるかもしれん。
などと思ていたら、春香が何かに気づいたように声を上げる。

「あ…。」
「どうした?」
「指輪、どうしたの?」
「ああ、先週ようやく結審したから外した。」
「伯父さん!!」
「な、なんだ?」
「今日やりましょう!!」
「は?」

俺は呆気にとられる。
ついさっき話した作戦をいきなりぶっつけ本番でやるというのか?!
戸惑う俺のことなどそっちのけで鼻息荒く春香は告げる。

「私、伯父さんが呼んでるって言って終業後にここに来るように伝えとくから!!」
「お、おい!」
「じゃ、今度こそ上手くやってよ」
「春香!」

そう言って、春香は俺が止めるのも聞かず、常務室を出て行った。

「本気で今の作戦やるのか?」

俺は静かになった部屋で一人呆然とするのだった。

****************************************************************

時計を確認すると定時の17時を過ぎたところだった。
それとともに俺の緊張は一気に高まる。
春香が言った通りなら、間もなく佳織がこの常務室にやってくるはずだ。

コンコン

ドアをノックする音がする。
俺はの心臓が一気に早鐘を打ち始める。

「営業三課の一之瀬です。」
「ああ、入りたまえ。」

必死で緊張を抑え、平静を装う。

「ご用件は何でしょうか?」
「まぁ、そう固くなるな。」

俺は自身の緊張を悟られないようにするため、既に処理済みである書類を手にした。
ふと、彼女が息を飲むのがわかる。
俺は顔を上げ彼女に尋ねる。

「うん? どうした?」
「い、いえ、なんでも、ありません…。
 そ、それより、ご用件を…。」

俺は彼女にその先を言わせなかった。
彼女は恐らく俺の左手の薬指に指輪がないことに気付いている。
だから動揺したのだろう。
これはもう、そこに漬け込むしかない。
俺は彼女の唇を自らのそれで塞いだ。

「な、なんですか?!」
「キスしただけだが?」
「だから、どうした、そんなことになるんですか?!」

彼女は早口で抗議の声を上げる。
羞恥で顔は真っ赤になっている。
俺はその姿に嗜虐心を擽られる。

「君の唇が美味しそうだったから?」
「はぁ?!」
「なんてね。」
「常務!!」
「分かってるからここに来たと思ったんだがね。」
「私は…。」
「あの時の返事、まだ無理なのかい?」
「…………。」

佳織が俯いた。
その顔は悲しみと苦痛に歪められている。
そして、強く唇をかみしめていた。
だが、敢えて俺は追い打ちをかける。

「気づいたと思うけど、先日離婚が成立した。」
「…………。」
「これで俺には何の障害もなくなった。
 それでもまだ返事はくれないというのか?」
「常務…。」
「定年間近のバツイチおっさんが相手じゃ嫌なのか?」

自分で言って傷ついてしまうが、今は形振り構っている余裕はない。
俺はジッと佳織の瞳を覗き込む。

「そ、そういう訳では…。」
「佳織…。」

俺は敢えて彼女の耳元で名前を囁く。
彼女が身を固くしたのがわかる。
恐らく、あの夜のことを思い出したのだろう。

「あの時は可愛らしく啼いてくれたのにな。」
「雅之、さん…。」

俺は彼女をさらに引き寄せる。
彼女の戸惑いが大きくなるのがわかる。

「佳織?」
「ごめんなさい。
 何度も言いますが、常務の申し出にはお答えできません。」
「何故?」
「今の生活を乱されたくないんです。」
「佳織…。」

俺はも一度その名を呼ぶが、彼女は答えない。
そして、深呼吸すると彼女は俺の腕を振りほどいた。

「要件がそれだけなら失礼します。」
「佳織!」

佳織は一礼すると俺の制止も聞かず、出た行った。

「ふぅ…。 とりあえずこんな感じでいいのか?」

俺は一つ息を吐いて、春香にメールで佳織とのやり取りを簡潔に報告した。
で、俺は営業部時代の部下や同僚たちを誘って飲みに出かける。
離婚したことを社内に広げるためだ。
そのおかげで翌日には俺の離婚は周知のこととなった。

そこから俺の怒涛のアプローチが始まった。
お互いの年齢のこともあるし、何より俺は子供が欲しかった。
だが、焦りは禁物。
それで前回失敗したわけだし。
兎に角、逃げれられないように包囲網を徐々に狭めていく。
そうして、GWが明ける頃には完全に射程圏内に入れたのだった。

彼女の心も体も手に入れるまであと少し。
今度こそ必ず手に入れてみせると、強く決意するのだった。
************************************************
いよいよ次回は後編の雅之視点です。

ようやくゴールが見えてきました。(苦笑)
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